第188話 組織の力関係で九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 見事にクレームを処理して、社長派の白戸課長に顔を売った桜。

 白戸に睨まれることにはなったが部内での評価は確実にあがった。根本的な仕事はまだまだできないが、派遣プログラマーで培ったはったりだけは本物だ。

 がんばれ、桜、負けるな、桜。


 一方、加代はまたビルの清掃員として、妖怪窓ふきオキツネとして鮮烈なデビューを果たしていたのだった――。


◇ ◇ ◇ ◇


 さて、今回の一件で、第二営業部の業務形態が少しずつ見えて来た。

 まず第二営業部の社内での地位は思っているより高くはない。自社内の設計部門に仕事を優先して回すことができず、他社――設計事務所――に回している時点で、それは察するべきだろう。

 優先されるべきは第一営業部、あるいは、設計部とそこそこに強いパイプのある課長たちの仕事のみという所だろう。実際、全員が全員、仕事を外に外注しているのかといえば、そういう感じでもなさそうだった。


 そういう状況下で、白戸が頭角を現したのは、その外注先の多さだ。

 かつては官公庁で仕事をしていたという白戸だ。どういう省庁だったのかは分からないが、その際の知り合いが多いらしい。

 昨日訪れた設計事務所も、白戸が新規開拓してきた取引先だそうな。


 そうして、多くの協力者を持っているからこそ、多くの仕事を回せるし、多くの業績を上げることができる。

 しかしながら、人間の能力というのは実務にしろ管理にしろ有限である。


 多数の仕事を外部に任せるにしても、自分のキャパを超えた仕事はさばききれない。しかたなく部下にその取引先の一つを任せてみた――その矢先の出来事であった。

 いかんせん、使われる側だった俺がとやかく言っても仕方のないことだが、人に仕事をまかせるというのは、本当に難しいものだ。よくよく、その人の癖というのを見抜かないと思わぬドツボにはまることは多い。

 そういう所が、まだ、白戸の部下には掴めていなかったのだろう。


 まぁ、それは仕方のない話だ。


「面白いのは、今回の一件を受けて白戸課長が次長補佐役を降ろされたことだな。しばらく部下の育成に専念するとは言っていたが」


「のじゃ。第二営業部内で、副社長派が復権しようとしているということなのじゃ?」


 愛しのマイスイートホーム。

 加代を前にしてビールのプルタブを上げながら、俺は冷静に社内の状況を整理していた。


 おそらく、加代の言った通りである。

 今回の失態を利用して、第二営業部は部長である宮野を主軸として、副社長派への転換を模索している感じがする。あくまで、感じというだけだが。


 そりゃ、いい気になるなよ、なんて毒づきたくもなるだろう。

 また、俺のような得体のしれない駒を使って、白戸を引きずり下ろした宮野からすれば、これほど面白い話はない。


「なんにせよ、これから身の振り様をよく考えねばならぬのう」


「お前に言われると、重みを感じるぜ、九尾の狐よ」


「権謀術数は組織の中で生きていくには仕方のないことなのじゃ。しかし、今回の一件、見ようによってはどちらにも恩を売ったことになる」


「白戸にしても大事になって顧客を失うことはなかったわけだからな」


「宮野につくにしても、白戸につくにしても、いいきっかけにはなったのじゃ」


 どうするつもりなのじゃ、桜よ、と、加代がこちらを見る。

 お酒のかわりに豆乳を飲んでいる彼女から、ついと目を逸らすと、さてねぇ、と、俺はあえてとぼけた返事をしてみせた。


 のじゃ、隠し事はなしなのじゃ、と、加代。

 持っていたコップをちゃぶ台に置いて俺にとびかかると、彼女はまるで小動物のように俺にじゃれかかってきたのだった。


「桜よ、あくまでわらわたちは、会長さんから頼まれた、命を狙っている奴らを探すのが目的なのじゃ。そこのところ、間違えてはならぬぞ」


「分かってるっての。しかしな、どっちかの勢力と仲良くなっておくのは、悪い話じゃないと思う」


「のじゃ」


 それでもって、どうせ仲良くなるのなら、抜け目のない奴より、少しくらい手の足りていない奴の方が組しやすい。

 今回の一件をこういう形で落着させた時点から、口にはしないが、だいたいの方向性は決めていた。どう近づいていいのか分からない副社長側の人間よりも、まずは、確実につながりのある方を目指すべきだろう――と。


◇ ◇ ◇ ◇


「竹下くん。悪いんだけれどもさ、ちょっとこの仕事について教えてくれないかな」


「――いいですけど。本当に、桜さんって営業の仕事分かんないんですね」


「まぁ、前職プログラマーだからねぇ。わかんのはロジックがおかしいか正しいかくらいかと、トラブルが起きた時にどう言い訳するかくらいなもんさ」


 俺はクレームを解決した竹下と仲良くする方向でアプローチを開始した。

 自分のちょんぼをフォローしてくれた上司、それも、会長肝いりの人材と仲良くなれたというのが嬉しいのか。はたまた、もとからこういう人懐っこい性格なのか。

 竹下は随分と、俺を慕ってくれているようだった。


「この顧客さんなんだけれど、自前の発電施設の工事もしたいって言ってるんだよ。そういうのって、うちは専門外だよね」


「――あぁ、まぁ、工場系だとそういう要望もありますよね。空調周りはうち得意ですけど。あ、けど、別にうちでやらなくても、発電施設は別会社に話を通しておけば、十分商談になるんじゃないですかね」


「餅は餅屋って奴か。どこもそういうのは変わんないない」


「よくわかんないっすけど、IT屋もそんな感じなんすか。まぁ、なんにせよ、白戸さんがその手の企業のことには詳しいですよ」


「へぇ。けど、白戸さんとは、ちょっと――」


「いいっすよ、それなら、俺の方から話をしてみますんで」


 助かるよ、本当に、いろいろと。

 心からの笑顔で、竹下くんにそう言うと、俺は白戸の視線を感じながらも自分の机へと戻った。


 さてさて、これで、どう出て来ることやら。


「のじゃぁっ!! 日本コンコン生命の加代ちゃんなのじゃ!! アポイントは取ってあるのじゃ入れて欲しいのじゃ!!」


「黙れ、そんな生命保険会社はしらん!!」


「なんじゃと!? コンコン、病気かな、コンコン、狐かな、で有名な――」


「知らん!! 帰れ!!」


「のじゃぁっ!!」


 例によって、窓ふきのバイトはまたクビになったらしい。

 はよ俺も実績を上げて、あいつを秘書くらいにして雇ってやりたいものだな。そんなことを思いながら、俺は缶コーヒーのプルタブを上げた。

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