第183話 実績がなくてはで九尾なのじゃ
【前回のあらすじ】
会長からの特命を再確認して第二営業部へと戻った桜。
社長の腹心であるという白戸課長に目を光らせていた彼は、不意に副社長派の部長に呼び出しを食らうのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日。
俺はなぜだかこのくそ熱い中、緑がうっそうと生い茂る、森へと足を運んでいた。
「ここが、特定養護老人ホームの建設予定地だ」
そう言ったのは宮野部長である。
彼は額からあふれる汗を、地味な色合いのハンカチで拭いながら、ショベルカーとダンプカーが行きかう辺りを見回して言った。
忙しそうに働いているのは、うちの建設の孫請け会社の社員だという。一応、労働環境は悪くないらしく、最強伝説に出てくるような陰鬱とした顔をした社員は見当たらなかった。
「バックオーライ、バックオーライ、はい、こっちなのじゃぁ!!」
代わりに、なんかよく見る顔のオキツネは居たが。
なんでお前またこんな所におるねん。さっきオフィスに居ただろうが。
現場監督ばりに、てきぱきと周りの作業員に支持を出して、仕事を進める加代。声のひとつもかけてやろうかと思ったが、じろり、と、部長のこちらを睨むような眼が怖くて、ついついそんなことはできなかった。
加代から視線を逸らして、俺は部長の背中に続いて歩き出す。
「こんな所に連れて来て、いったい何をさせようって言うんですか」
「馬鹿もん、君はここに何しに来てるとおもってるんだね」
「いや、そりゃ、仕事ですけれども」
見た限り順調に仕事は進んでいるように見える。営業部が手を出すような余地なんて、少しも見当たらない気がするのだが、どうなのだろう。
そもそも、現場に出て来てどうこうするのは、営業なのか。どういう組織体系化はしらないけど、工事部だとか建築部とだとか、なんかそういうところが、この手の仕事はやるんじゃなかろうか。
うぅむ、分からん、と、悩んでいる俺の前に、どうやらこの会社が使っているプレハブ小屋が見えて来た。
「どういうことなんだね!! 話が違うじゃないか!!」
と、そこから聞こえてくるのは、山彦も思わず返事をしそうな威勢のよい声である。
なるほどクレーム処理。それならば、営業の仕事といわれても納得だ。
技術屋だけどやらされた思い出はあるがな。
「君に早く実績をつけてもらいたいと、会長から直々に言われているんだ。今回のクレーム処理、うまくおさめてみせたまえ」
「みせたまえって」
「実績のない人間に耳を貸す奴が居ると思うかね。君も、社会人を長らくやってきたのだったら、そのくらいのことは分かっているだろう」
そりゃまぁねぇ。
仕事なんてのは、やりゃやっただけ、それが自信にも実績にもなるもので、逆にやらなかったり失敗すれば、それだけ目減りしていくもんだ。
マイナス側に振り切っちまった人間なんてのは悲惨だよ。突然叫んで、部屋から飛び出してった同僚なんて、俺は何人も見ている。そいつが仕事できないのが、当人の問題だったら、まぁ、しゃぁなしだけれど、それ以外のところにあったのがなんともやり切れんよね。
それはまぁ、さておいて。
やらなくちゃならんことはどの職種でも変わらないということか。
まずは実績――何かを成してそれを持って社内での発言力を高めなくちゃいけない。
「まぁ、いきなり商談しろっていわれるよりは、気が楽ですわ」
「ほう」
「訳の分からんいちゃもんつけて、改修させようとする顧客なんざさんざ見て来たのでね。プログラマーのクレーム対応能力、見せてあげますよ」
隣に立つ宮野部長に余裕の笑みを見せると、俺は彼を残す形でプレハブ小屋へと向かったのだった。
「のじゃ、みんなおつかれさまなのじゃ。お昼ごはんなのじゃ!!」
「なんだ? いつもより、弁当が盛り上がってるな」
「――これは、まさか!!」
「おっ、おいなりさん!! いや、あぶりゃーげ!!」
なにアジフライ作戦ならぬ、アブラアゲ作戦やっているんだよ加代の奴は。
現場にはよ馴染みたいのか知らんけど、あぶりゃーげって、それは、どうなんだよ。
こりゃあれだな、来週辺りには、ぼろぼろの人形抱えて、エレキテ○連合みたいなコントやってるに違いないな。
「のじゃ、のじゃ。みんな、何か、言うことはないのかえ」
「……」
「どうしていつもは白飯だけなのに、おいなりさんが入っておるのかのう。不思議じゃのう、うむ、実に不思議じゃのう」
わざとらしくおいなりさんアピールをする加代。
あっちも実績示すのに大変である。まぁ、黒沢をパロった時点で結果はお察しだが。
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