第114話 まぐろ漁船で九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 マーシャル諸島にやってきてテンション上がりっぱなしの桜と加代さん。

 調子にのってふざけていたところ、偶然にも桜は前の勤め先の部長とはちあわせてしまったのだった。


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「いやぁ、桜くんが海賊に捕まってからというもの、うちの会社の経営が急に傾き出してね。というか、君の穴を埋めようと、次々に社員を現地に送り込もうとしたんだけれど、なぜか原因不明の熱やら事故やらで渡航できなくなって」


 お前、もしかして、何かしてないよな、と、俺はのじゃ子の方を見る。

 さて、なんのことやら、と、青空の方を向いて口笛を吹く彼女に、それ以上問い詰めることはできなかった。


 ながったらしく脱線だっせんの多い部長の話をまとめるとこうだ。


 俺の前にいた会社は、俺のクビを切ったとたんに、なぜか仕事がうまくいかなくなってつぶれてしまいました、と。


 会社がつぶれれば、そこの経営陣の末路たるや悲惨だ。

 優秀なスタッフはのきなみ取引先にうばわれてしまい、今や日本は売り手市場あぶれた社員もさっさと次の仕事を決めてしまう。


 残ったのは会社をつぶした無能のレッテルを張られた経営者たち。


 そんなのを引き取る会社などある訳もなし。

 加えて、その多くは五十を過ぎたおっさんたちである。


「就職先がなくってね、もうなんというか、自棄やけになってさ、マグロ漁船の船員募集に応募しちゃったわけよ」

「マジですか」

「よくそんなデスクワークの極みみたいな前職で、取る気になったのじゃ」


「ほら、二十四時間働いてました、デスマーチ死人が出る仕事にも慣れてますって言ったらさ、ウェルカムようこそマグロシップで一発採用よ」

「マジですか」


 絶対なにか黒い陰謀が裏にある気がするんだけれど。

 保険金とか、かけられてないよね、このおっさん。


 それにしたって、再就職先にそんな重労働を選ばなくってもよかったじゃないか。

 見るからにデスクワークでおとろえたその体で、力こぶなんて作ってみせてくるけど、正直そんなもん見ても不安しかない。


 前々から、向こう見ずというか、どこか変なところがある人だとは思っていたが。


「なるほど、こんな感じだから、お主の会社はつぶれたのじゃな」

「言わんでくれ。これでも結構まじめにつとめてたんだから」


 ひどいクビの切られようではあったけれども。

 新卒から十年、つとめ上げればそりゃ嫌でも愛着あいちゃくくらいはくんだよ。

 この部長にもまぁ、そこそこ目をかけてもらったわけで。


 なんとかしてやれんものかねぇ。


「あぁ、そういやのじゃ子、お前たしかマグロ漁船に乗ってたことあったよな?」

「のじゃ。わらわ近洋きんようじゃったがのう」

「なにかこうアドバイスしてやることはできんか。ほれ、ほっとくとなんというか、海の藻屑もくずと消えそうなそんな感じが」


 付け焼刃程度かもしれないけど、何かしてやれることがあればしてやりたい。

 そういう軽い気持ちで、俺はのじゃ子に聞いてみた。


 なんといっても仕事をこなしてきた数だけはいっちょ前のお狐である。


「のじゃのじゃ。しかたないのじゃ。それでは、加代さんが一つアドバイスをしてやるかのう」

「なんだかよくわからんけれども、お願いします」


 ぴっと指をたてて、のじゃ子がしたり顔をした。


「保険はちゃんと入っておくのじゃ。死亡・傷害両方ちゃんと出る奴がよいのじゃ」

「いやまぁ確かに大切かもしれんけど!! いきなりそれかい!!」

「日本コンコン生命なら、わらわが最適なプランをご提案させてもらうのじゃ」

「しれっと営業すな!! というか、お前、そこクビになってんだろ!!」

「あと、ビタミンはちゃんと摂取するのじゃ。壊血病かいけつびょうになっちゃうのじゃ」

大航海時代だいこうかいじゃないんだから――もっとこうあるだろう、マグロを釣るうえでこう心構えとか、コツとか」


 ふむ、コツとな、と、加代。

 ボケ倒しておいて神妙しんみょうな顔をする彼女。やれやれ、ようやくまじめにやる気になってくれたか――と、思いきや。


 もふり、いきなり人前で、彼女は尻尾しっぽを出現させた。


「まず、尻尾を海面にらすのじゃ。このとき九つある尻尾のうち、二つを疑似餌ぎじえにして――」

「オウダメだ。特殊とくしゅな釣り方すぎてまるで参考にならない」

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