第112話 原材料で九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 二人はディレクターの申し出により、南国のニート島「ナウル」へやって来た。


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「ふへぇ、すげぇプラントだな」

「あれがかつてこの国を支えていリンを算出していたプラントですね」


 海にせり出して伸びる鉄骨の構造物。果たしてそれがどういう工業的な意図をもって伸びているのかはわからないが、南国の海風にさらされたそれらは、見るも無残に錆びて崩れ落ちている。


 風雨にさらされるがまま整備もされずに朽ちている、この国の一時代を築いた建造物の姿は、まさしくこの国の現在の姿と重なって俺には思えた。


 せりあがった岩の多い海岸線を、低速の水上バイクで器用によけながら、俺たちは当初の企画通りに島一周にチャレンジしていた。

 意外と回りだしてみると自然が豊かでのどかなところである。

 ところどころに高射砲やらなにやら、ものものしいものがあるのは気にはなったが――まぁ、当初想像していたディストピアからはほど遠い。


 普通の南国ののどかな空気と景色がナウルにはあった。


 海岸線沿いにぐるりとめぐらされた道路。

 そこから無線を飛ばしてこちらを追いかけてくるワゴン車を振り返る。

 その中からこちらに向かって手を振るアシスタントディレクターさんを確認すると俺は前を向く。

 後ろを走るカメラマンを引き離すと、前方を走っていたのじゃ子の隣へと出た。


「なんだか思った以上に簡単に終わりそうだな」

「のじゃ、水上バイク速いのじゃ。全周20kmもない島なのじゃから、半日仕事なのじゃ」


 半日もかからないと思うがな。

 まぁ、それくらいのんびりしてもいいだろう。旅を急いだところで、何もいいことなどないのだから。


 ふと、その時だ。

 前方に見える海岸線かいがんせんで、男が何やら真剣な表情をして、空に向かってなわを投げているのに気が付いた。

 そのなわがからめとったのは、一羽の鳥。


 間抜まぬけにも縄で捉えられたその黒い鳥を、しめしめという感じに男は持ち上げると、どうしたことか近くに置いてあった袋からえさを取り出して餌付えづけしはじめたではないか。


「なんだあれ」

「のじゃ、きっとこっちの鵜飼うかいみたいなものなのじゃ。あの鳥さんが、海から魚を取って来てくれるのじゃ」

「んな馬鹿な。鵜くらい大きけりゃ話は分かるが、あんな小さい鳥で漁とか、効率が悪すぎるだろう」


 なにやってるんだ、と、こういう時のアシスタントディレクター頼み。

 無線で彼女に聞いてみると、ちょっと待ってくださいねと、なにやらカタカタとPCのキーボードを鳴らしている。


 どうやら、これは彼女も知らない文化らしい。

 しばらくすると打鍵音だけんおんは止み、おまたせしましたとアシスタントディレクターのうきうきとした声が帰って来た。


「あれはきっとグンカンドリ狩りですね」

「狩り?」

「あの鳥、ぶくぶくに太らせて食べちゃうのじゃ? 恐ろしいのじゃぁ」

「いえいえ、こちらの国の伝統的な遊びでしてね。あぁやって、鳥を捕まえて餌付けするんですよ。もともとグンカンドリは人懐っこい鳥らしくて、餌を与えてあげると懐いて逃げなくなるそうなんです」


 ほう。妙な文化があるもんだな。

 そういわれてみれば、男の居るあたりには、その鳥以外にも何匹か似たような鳥がたむろしている。

 まったく男を警戒していないところを見るに、それらは既に餌付けされているということなのだろう。


「のじゃ。人間も鳥ものんびりとした島なのじゃ」

「だなぁ。財源の問題さえなければ、こんな国がひとつくらいあってもいいんじゃないかって気はするよな」


 なんのうれいもなく鳥とたわむれる男。

 その姿はなんだかとても人間的で、ありとあらゆる苦悩から解放されているように見えて――実際にはそうではないのだろうが、俺にはまぶしく感じられた。


 別に、働かなくてもいいじゃないか。

 人生は楽しむためにあるのだから。


 この世に楽園というのはないのだろうかね。


「しかし、海鳥なんているんだな、このあたり」

「なに言ってるんですか。んですよ」

「――どういうことだ?」


 今一つ、言っている意味が分からない。

 まぁちょっと食事時にはきつい話かもしれませんが、と、前おいて、アシスタントディレクターが咳払いをする。


「そのですね、この島でとれるリンの材料は、この海鳥なんですよ」

「はぁ?」

「どういうことなのじゃ? やっぱり鳥さんを捕まえて、それに加工してしまうのじゃ? なんてひどいことをするのじゃ、人間は残酷なのじゃ」


 お前ら狐だって、鳥くらい捕まえて食うだろう。

 まぁ、流石にそんなものが採れるなら、もっと必死の形相で、あの男も鳥をつかまえているだろう。なにより効率が悪すぎる。


 なんにせよ、真意しんいを知っているのは、パソコンでググることができるアシスタントディレクターさんだけである。

 もじもじとした歯切はぎれの悪さを感じさせる彼女に、もったいつけるなよとせかすと、彼女は小さくその答えを俺達に告げた。


「そのですね。ここ、ナウルはグアノというサンゴしょうをベースにした堆積地たいせきちでして」

「グアノ?」

「何がサンゴに堆積たいせきしたのじゃ?」

「それがその――」


 フン、なんです、と、彼女は言った。


 フン。

 お食事時にあまり聞きたくない単語で、この音に当てはまるものは一つくらいしか思いつかない。


 フン

 つまり、う○このことである。


「このサンゴしょうにやってきた鳥たちが、長年にわたってここにふんをしていったんです。それが堆積たいせきしていつかサンゴをおおいつくして、出来上がったのがこの島なんですよ」

「――なんだって」

「――のじゃぁ、ここはう○こ島なのじゃ!?」


 おっとそれ以上言ってっはいけない。

 それ以上いうと陸を踏めなくなってしまうではないか。


「海鳥のフンが硬化してできた鳥糞石ちょうふんせきというのがあってですね、それに豊富なリンが含まれているんです。それで、ここはリンの一大産地だったんですよ」


 ほかにも似たような島はいっぱいありますよ、というアシスタントディレクター。


 おそるべし海鳥。

 まさか、こんな海のど真ん中に、島を作ってしまうほどとは。

 生命の神秘か、はたまた地球の神秘というべきか。この世はまこと不思議なことがあるものだ。


「のじゃ、海鳥さんすごいのじゃ」

「どっかの誰かさんと違って、国を傾けるだけじゃなく作っちまうんだからなぁ」


 男の手を離れて空を舞うグンカンドリ。

 気持ちよさそうに翼を広げて青空を舞うそれを、俺とのじゃ子はどこか呆然と見上げたのだった。

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