ヴェノーヴァ

 ある日の休日。奏斗かなと音哉おとや鳴海なるみりつの仲良し四人組は、奏斗の家に集まっていた。


「なぁみんなさ、吹部に入った時の第一希望の楽器ってなんだった?」


 会話が途切れ、クッキーをつまみながらふとそんな話題を切り出したのは鳴海。


「僕はパーカスだったよ。小学生の時見たマリンバの演奏に憧れてたから」

「俺もパーカスだった。管楽器はうちみんなやってるから避けたかったんだよなー」

「俺もチューバだった。最初に音が鳴った楽器だったから」

「うっそ、マジで? みんな第一希望が今の楽器だったわけ?」


 どうやら、このメンバーの中で第一希望と実際になれた楽器が違ったのは鳴海だけらしい。そんな鳴海の第一希望だった楽器はというと。


「俺第一希望サックスだったんだよなー。どう頑張っても音が出せなくてあきらめたけど」

「サックスは人気もあるしねー」


 サックスは知名度の高いトランペットやフルート等と並んでどこの学校でも人気のある花形パートだ。運指がリコーダーと同じ、という理由もあるかもしれない。

 しかし鳴海の希望は叶わず、まったく希望していなかったトロンボーンになり、三年生の引退によって低音が減り、そこでようやくユーフォニウムと運命の出会いを果たしたというわけだ。


「んじゃあ吹いてみる?」

「吹いてみるって……サックスを?」

「いや、サックスっぽい楽器」


 奏斗の台詞に意味が分からず、鳴海と一緒に音哉と律も首を傾げる。

 そんな彼らを無視して奏斗はよっこらしょという掛け声とともに立ち上がり、クローゼットを開けて中をあさる。三人がその背中を見つめる中、数秒後に奏斗は「あったあった!」とうれしそうな声を上げた。


「これこれ」


 奏斗が取り出したのは黒いケースで、ふたを開けると中にあったのは白いプラスチックでできた楽器のようなものだった。それが楽器だと断言できないのは、三人とも見たことがないものだったからだが、クラリネットやサックスに似たマウスピースにリガチャーが見えたから。


「なんだこれ」

「ヴェノーヴァっていう楽器」


 ケースからヴェノーヴァと呼ばれるそれを取り出すと、奏斗は早速構えて吹き始める。曲はAKB48の「365日の紙飛行機」。

 さすが音楽一家に生まれたからか、なんなく吹きこなしている奏斗にみんな見惚れていたが、確かに音色はサックスに近いかもしれない。


 演奏が終わると三人分の拍手が沸き起こり、奏斗は困ったように笑ってぺこりとおじぎをしてみる。


「こんな感じでリコーダー感覚で手軽に吹ける楽器だよ」

「そんな楽器もあるんだね」

「すげー……」


 はー、と感嘆のため息を漏らしている鳴海に早速、はい、と奏斗はヴェノーヴァを手渡す。困惑した表情で、でも楽器は反射的に受け取った鳴海が奏斗の顔とヴェノーヴァを交互に見やる。その表情がおもしろくて、音哉は小さく吹き出した。


「いや、でもさ、これってさ、結局さ、サックスの音が出なきゃこれも出なくねえ?」

「まあそうだね」


 あっけからんと言う奏斗に鳴海は大げさにがくっと崩れ落ちる。


「じゃ無理じゃん!」

「そう言わずにやるだけやってみたらいいじゃん」

「そうだよ。今なら音が出るかもしれないし」

「そーそー」


 律と音哉にも背中を押されて、おそるおそる鳴海はマウスピースをくわえる。



 その後も三人がゲームで遊んでいる中、ひとり奮闘していた鳴海だったが、結局その日は音が出ずに終わったのだった。

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