調辺高のハーピスト

「俺、弦楽器は専門外なんだけどなぁ……」


 両手で何度も弦をグリッサンドしながら、奏斗かなとがため息交じりに呟く。


 奏斗が今、弾いているのはハープ。調辺しらべ高にはないが、今度演奏する曲でどうしてもハープが必要らしく、他校から借りてきたものだ。

 しかし、楽器があっても奏者がいなければ意味がない。そこで源内先生が目をつけたのが奏斗だった。理由は、家が音楽一家であることと、それゆえどんな楽器でもできるから。


「お前にも専門外とかあるんだ」

「なんか弦楽器は向いてないっぽいんだよねー」


 などと言いつつも、次から次へと簡単な童謡を弾いている奏斗に、鳴海なるみが意外そうに目を丸くする。が、メロディと伴奏をどちらも指一本もしくは二本で演奏しているので、そう難しいことではない。おまけに一曲弾き終わるごとに指が痛いと言って顔をしかめて手を振っているので、ハープが弾けないのは本当のことらしい。


「でもさ、ハープって、きれいな女の人が弾いてるイメージあるよなー」


 鳴海のその台詞と、何人かがそれに同調するのを聞いて、無関係なのに音楽室の隅のほうでぎくりとしたのは朔楽さくら。彼の楽器はフルートで、フルートも女性のイメージが強い楽器だから。


花樹はなのきちゃんとか弾けたりしないの?」

「うーん、同じ弦楽器だけどハープは無理だなー。憧れはあるんだけどね」


 そう言う美琴みことは、確かに奏斗がハープを弾き始めてから、どこかうらやましそうにハープを弾く奏斗を見つめていた。


「ねぇねこやん、ちょっと貸してもらってもいい?」

「いいよー」


 奏斗が夏の思い出を弾き終えた時、声をかけてきたのはりつ


「りっちゃんハープ弾けるの?」

「うふふ」


 鳴海の質問に律は意味深に笑うと、奏斗に代わって椅子に腰を下ろす。


 少し考えて律が弾き始めたのは、パッヘルベルのカノン。この曲はヨハン・パッヘルベルの曲の中でも有名で、卒業式や結婚式のBGMに使用されることも多く、みなどこかで一度は耳にしたことがある曲だろう。


 奏斗と違って音もしっかりと鳴っており、友人と雑談をしていた部員たちは水を打ったように一斉にしんと静かになり、みなぽかんと口を開けて、楽しそうな表情でハープを弾いている律を見つめる。音楽室にいる全員が律を見つめ、演奏に聞き入っていた。


「うさたんってハープ弾けたんだ?」


 演奏が終わり、我に返った誰かが手を叩いたのに続いて拍手が沸き起こっている中、未だぽかんとした表情で奏斗が尋ねる。


「まあ、ちょっとだけね」

「……ちょっと?」


 謙遜とはいえ、それにしては――とは、おそらくここにいる全員が同じようなことを思っただろうが、誰も口にする者はいなかった。


「実は、親戚にハープの先生をやってる人がいて、お姉ちゃんが習ってたんだよね。それで、僕もついでに少し教わってたんだ」

「へー。そうなのか」

「なるほどな」

「そういうことなら納得」


 再び部員たちが友人同士の雑談に戻ったところで、鳴海と奏斗、そして音哉おとやだけに律がこっそりと教えてくれた。それなら先ほどの演奏も納得がいく。


「でもまあ、これで俺がハープやる必要なくなったよね。よかったー」

「え? 僕がやるとは一言も言ってないけど」

「えっ?」

「大丈夫だよ、ねこやんならすぐできるようになるって。……あ、そうだ。うちにちっちゃいハープあるから練習用に貸すよ?」

「いや、全力で遠慮します」


 ぶんぶんと両手と首を横に振る奏斗を見て、律はくすくす笑う。奏斗のスネアがなくなっても困るからね、と笑いながら言うと、律は再びハープを構えた。

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