いわゆる腐れ縁ってやつですね
ぶかぶかの学ランを着て、期待と不安を胸に中学校の門をくぐった三年前の春。
中学校生活に少しずつ慣れ始めた頃、部活は何にしようか、早速できた新しい友達とわいわい話し合った。ここの野球部は練習が厳しいらしいよ、サッカー部も先生が厳しいんだって、バレー部の先生は怖いらしいよ、バスケ部も女子の先輩が怖いんだってさー、なん、てどこから聞いたのか根も葉もない噂話で盛り上がったっけ。
めんどくさがりのおれは、練習があんまり厳しくない部活がいいと口には出さなかったけど思っていた。だから練習が厳しいらしい野球部とサッカー部は、事実がどうであれ厳しそうなイメージはあったから論外だったし、巻き込まれ体質だから些細なことで誰かに目をつけられたりしたら面倒だから、怖い人がいる噂がある部活も論外。そうしていくと運動部は次第に減っていき、かといって文化部も入るもしくは入りたい、興味があるっぽいことを言ってた男子は周りにはいなかったから、文化部も候補から外していた。
――そして見学期間が終わり、仮入部期間も終わり、おれが入部したは、どういうわけか吹奏楽部でした。
「いやーお前も一緒に吹部入ってくれてよかったよ。これから一緒に頑張ろうな!
「お、おう……」
文化部には男子はほとんどいないから入りたくなかったのに、そして文化部のひとつである吹部の男女比は予想していた通り1:9で、本格的に始まる前からこんなの地獄に決まってるじゃん。
でも文化部だし、運動部ほど練習はきつくないだろう、そんな淡い期待もすぐに裏切られた。
* * * * *
今度こそは誰にも流されずに、いやおれのことだから流されるだろうけど、とにかく吹部には絶対に入らないぞと固く決心した、高一の春。
「もしかして君も吹奏楽部の見学に来たの?」
「うげえっ!?」
迷って偶然、ほんとーに偶然、音楽室に辿り着いたら、初対面の野郎に声をかけられて、おまけに吹奏楽部という単語が聞こえた気がして、カエルを踏み潰したような声が出た。
「ご、ごめんね突然。音楽室の前にいるってことはそうなのかなって思って。おれも見学に来たからさ」
「ま、まあね……」
まだ入学して一週間ちょっとだから、迷っててもおかしくないだろうし、さっき思わず出た変な声を笑わないでいてくれるってことは、素直に言ってもきっと笑わないでいてくれるんだろうけど、迷子なんてなんか妙に恥ずかしくて素直に言えなかった。
「中学でも吹奏楽やってたの?」
「う、うん……」
「本当? 楽器は? 何やってたの?」
「……トランペット」
「じゃあ同じ金管だ! おれホルンだったんだ」
「へ、へえ……そうなんだ……」
みんなが憧れるトランペットなんて、本音を言うと当時は全然やりたくなかったんだけど、なんでトランペットになっちゃったかはまあそのうち、話す時がくれば。
「中学でも吹奏楽やってて、しかも同じ金管やってた人に会えるなんてちょっとうれしいな。よろしくね!」
……と、いうか、この流れは非常にまずい。中学の時もこんなんだったんだよ。吹部に興味あるんだけど一緒に見学に行かないかって誘われて、一緒に行ってくれる人がいてラッキーって言われてちょっとほっこりしてたら、一度見学に行ったらそのままずるずると流されて仮入部からのいつの間にか本入部まで決まった。
もしかしなくともこの後「一緒に行こうよ」って言われる流れじゃん? しかも元吹部って言っちゃったし、偶然とはいえ音楽室の前にいたなんて、高校でも続けるつもりだと思われたに違いない。こうなるんだったら笑われたとしても最初っから迷子って言っておけばよかった……。
「ん? 君ら、もしかしてうちに見学に来た一年?」
他の部活に行きたいとか用事があるとか言って、とにかく音楽室に入る前に逃げないと。でも、初対面で断って印象悪くしたら……とか余計なこと考えてたら吹部の先輩らしき人がタイミング良く――いや悪くやって来た。なんでおれってこうも運が悪いんだろう。
「はい! そうです!」
元気よく答えたのはもちろんおれじゃなくて、隣の中学ん時ホルンやってたらしい奴。
「君も?」
「……そうです」
断るんだったら今がチャンスだったに違いない。運も悪いけどことごとくチャンスを潰してるのは自分でもある。NOと言えない自分が嫌だ。他人の目を気にしすぎる自分が嫌だ。いい子ぶってしまう自分が嫌だ。昔から自分の性格が嫌で変えたいと思い続けて数年、未だに変わっていない。
「二人とも中学でも吹部だったの? それとも初めて?」
「中学でも吹部でした」
「楽器は?」
「ホルンです。……えっと」
「……梓」
「後ろの梓くんはトランペットやってたらしいです」
余談だけど、見学の後にこいつも名前を教えてくれたんだけど、「
今時の変な当て字とかペットにつけるような名前と比べたらマシだし嫌いではないけど、名前みたいな苗字と苗字みたいな名前を恨んだことは何度かある。
「高校でも同じ楽器やるつもりなの? それとも別の楽器がやりたいと思ってる?」
「おれはホルン続けるつもりです。でも、他の楽器もさわってみたいなー、なんて」
「……おれは別な楽器がやりたいです」
というか別な部活に入るつもりです。とは、もちろん言えず。
……でも、よく考えたら中学で吹部だったからといって、見学に来たからといって、必ず入部しなくちゃいけないわけじゃないしな。
今日は適当にやっときゃいいか。こいつとはクラス違うし、体育の時に見かけた記憶はないから少なくとも二クラスは離れてるし、ってことは顔を合わせることはそれほどないだろうし。
「じゃ、今日は何やってみる? 今のとこどの楽器も……」
「あーっ!?」
音楽室に入った途端、先輩の声を遮るように突然聞こえたでかい声。
「梓! 梓じゃん! なんであんたがここにいるわけ!?」
「そっちで呼ぶな!」
反応してしまったのは、つい、条件反射で。
この声には聞き覚えがある。キーキーうるさいこの女の声は。
「あんたねー……先輩には敬語使いなさいよね」
「何?
「知り合いもなにも、こいつ中学の時の後輩だったんだよ……」
……やっぱりあいつだった。
今あいつが言ったように、同じ中学で同じ吹部だった一応先輩。一応、ね、一応。こんなのに先輩なんて、本当はつけたくない。
楽器は違かったのに、なぜかめちゃくちゃ強烈に記憶に残っている。というか吹部の思い出の大半がこの先輩といってもきっと過言じゃない。
「梓、あんた高校でも吹部入るつもりなわけ?」
「入るか入らないかはおれの自由じゃないですか。それとも先輩はおれに吹部に入ってほしいんですか? また一緒に楽器吹きたいんですか?」
入る気なんてさらさらねーよと言いたいところだけど、そしたら安心されそうだからそれもムカつくから煽っておく。
「あんたこそわたしと一緒にいたくて来たんじゃないの? わたしが引退してさみしかったんでしょ? 半年しか一緒にいなかったもんねー」
「お前なんかいないほうがせーせーしてたっつーの」
「……それ、誰に口きいてんの?」
こいつ――羽柴先輩を追っかけてこの学校に来たわけじゃないことは言っておく。先輩がどこの高校に行くかなんて興味なかったし、実際どこの高校に行ったかも知らなかった。まさか同じ学校受けてたなんてたったさっきまで知らなかったわ。知ってたら違う学校にしたわ。むしろそのために聞いておくべきだった。
「なになにー?
……まためんどくさそうなのが増えた。
なんで女ってこうなの? すぐ付き合ってるとか言うの? これだから女は嫌いだ。
「そっそんなわけないでしょ!? こんなチビが彼氏とか死んだほうがマシだから! そーいうの冗談でもやめてよね!
「……なにもそこまで言わなくても」
羽柴先輩と付き合うなんてこっちから願い下げだし、同じこと聞かれたらおれも同じようなことをとっさに言うと思うけど、そこまで言われるのはムカつく。
つーかチビって、羽柴先輩と身長そんなに変わんないし、おれのほうがちょっとでかいし! 羽柴先輩が女のくせにでかいだけだし!
「中学時代になんかあったの?」
「……だってこいつ、トランペットだったんだよ?」
「……それが?」
「わたしほんとはトランペットがやりたかったのに、やりたくてもやれなかったのに、梓はやりたくないのにトランペットに選ばれたんだよ? ずるくない?」
羽柴先輩が、本当はトランペットをやりたかったけどやれなくて、腕が長かったからってだけの理由でトロンボーンになった話は中一の時にしぬほど聞いた。だからやる気がないくせに希望者がいなくて最後まで残ったおれがトランペットになったのが憎たらしくて面憎いんだってさ。おれの年は入部した年は新入生が少なくて、ほぼ経験者だったからみんなトランペット以外の楽器にいっちゃって余ったの。おれがトランペットになったのはそういうわけ。
最初こそ先輩だからと八つ当たりされるたびに(めんどくさいから見かけだけは)謝っ(てるふりをしてみせ)たり愚痴聞いてあげたりもしたけどさ、ずるいずるいって言われ続けて、おれもそこまで人間ができてないから次第に反発するようになった。
しっかし未だに根に持ってるって、やっぱり女って怖い。
「それなら高校で吹部入った時にトランペットにすればよかったじゃん。同じ金管なんだから有利でしょ?」
「希望したけどダメだったんだよ……
「ああ……」
そんで結局、経験者だからとまたトロンボーンになった、と。ご愁傷様。
あとそのすごすぎるちがさき? って誰。トランペットにそんなすごいのがいるなら、余計入りたくなくなった。まあもともと入る気ゼロだったけどさ。一応トランペットやってたからちょっと気になる。
「で、でも、梓くん? だっけ? が高校でもトランペットを続けるとは限らないし……そもそも入部するかどうかも……ねえ?」
「えっ、入らないの? 吹奏楽やめちゃうの? もったいない」
トランペットにするどころか、そもそも吹部に入る気なんてさらさらありませんて。
羽柴先輩にあれこれ言われて頭に血が上ってるていで勢いでそう言っちゃえばよかったのに、ホルンの野郎がそんなこと言うからまたしても言えなかった。
せっかく楽器できるのにもったいない、って気持ちは正直おれもあったりする。……上手い下手は別として。
「そうだよねー! 見学に来ただけかもしれないしね! ま、本当に入部してまたトランペットになったらとことんいじってやるけど!」
「……迷ってたんですけど、羽柴先輩の悔しい顔見るのおれ大好きなんで、高校でも吹部入ろうかなって思います! 先輩と違っておれは経験者だからトランペットになれる確率高いですしね! 先輩の悔しい顔が見られると思うとぞくぞくするなー!」
……この時勢いにまかせて啖呵を切ったのを、あとあとのおれが後悔したのは言うまでもない。
慣れないネクタイを結んで、白いラインがかっこいい真新しいブレザーを着て、期待と不安を胸に高校の門をくぐった高一の春。
おれが入部したのは、どういうわけか、またしても吹奏楽部でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます