第一章 はやい・おっきい・やわらかい  ──または、真夏の夜の怪談

第一話


「てぃってぃてぃ〜ん!」


 ズンガラドッシャン、グワッシャ〜ン!


「にゃああああああああああ〜っ!」


 ここは、第501統合戦闘航空団のハンガー。

 今は無人のはずのこの場所に、何かがせいだいに引っくり返る音と、人間のものとも、ねこのものともつかない奇天烈きてれつな声がひびわたったのは、のどかな夏の夕刻のことだった。

 続いて。


「いちち……、ちょ、ど、どうしよ、どうしよ! ……あれ、この部品はどこだっけ? こっち? こっちだっけか……?」


 と、いう少女の声。

 たまたま、ハンガーの近くを通りかかった数人の整備兵が、このうす悪い音と声を耳にした。


「……イ、イェーガーたいたちは?」


みやふじぐんそうたちと、だいぶ前に出ていったよな?」


ほかに誰か入るのを見たか?」


「い、いいや」


「じゃあ、ここは?」


「今は無人……のはず……」


「と、すると?」


「あ、あそこにいるのは?」


ゆう……れい……とか?」


「ひいいいいいい〜っ!」


「ポルターガイスト?」


 顔を見合わせた整備兵たちは、一目散にげ出した。



  * * *



 その翌日。

 ウィッチたちは、海上でのついらくを想定した訓練のために、基地本島東側にある海岸にやってきていた。

 訓練とはいえ、ほとんどのウィッチにとっては、いききのようなもの。

 そうでないのは……。


「な、何でこんなのくんですかあ〜っ!?」


 宮藤よしと、リーネこと、リネット・ビショップ。

 二人の新米軍曹は、訓練用ストライカーを身につけた姿で、岩場の上に立たされていた。

 眼下は、打ち寄せる白い波。

 かなり深そうな場所だ。

 岩場の上で足をすくませる二人のうち、そう皇国出身、くろかみショートカットの宮藤芳佳は、扶桑海軍水上用制服に身を包んでいる。

 まだ発育ちゆう、というよりは発育以前なので、出るべきところが出てもいないし、引っ込むべきところも大して引っ込んではいない。

 たとえるなら、扶桑の伝統的な民芸品、こけしのような体形である。

 対するに、ブリタニア出身、茶色の髪を編んでリボンでまとめたリーネは、基地売店で手に入れた、フリル付きのピンクのワンピース姿。

 年々、胸が成長して、水着が合わなくなることをなげく彼女、体形だけなら、ストライクウィッチーズの将来に希望をいだかせるいつざいといっていい。


「何度も言わすな! 万が一、海上に落ちた時のためだ!」


 竹刀しない片手にえたのは、扶桑皇国海軍しよう、ベテランウィッチのさかもと

 黒髪をポニーテールにまとめ、右のがんむらさきひとみを眼帯でかくした美緒も、芳佳と同じくこんの水上用制服を着用しているが、さすがは十九歳。

 胸の部分には一日の長があるようだ。


「他の人たちも、ちゃんと訓練したのよ」


 あいに満ちた表情で微笑ほほえんだのは、ストライクウィッチーズの隊長にして、カールスラント空軍中佐、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ。

 赤みがかったブラウンの髪と瞳を持つ彼女は、知性とたおやかさをね備えた十八歳。

 体形にかなりの自信があるのか、しゆつの高い白のホルターネックのセパレーツ水着の上に、オリーヴ色のパーカを羽織ったシックないでたちである。


「あとはあなたたちだけ」


 と、ミーナに言われても、重い訓練用のストライカーユニットを身につけたまま、飛び込む勇気など、芳佳にもリーネにもない。


「つべこべ言わず……さっさと飛び込めっ!!」


「あ、あああああ〜っ!」


 坂本のせいそうてんだまし、二人の新米軍曹の身体からだは反射的に宙にった。


 ザブーン!

 海面に上がる、二つの水柱。

 そして。


「…………………………………………………………………………いて、こないな」


 ザザ〜!

 岩場に寄せては返す波。


「……………………………………………………………ええ」


 ザザ〜!

 水面に変化はない。


「………………………………………………………………………………………」


 ザザ〜!

 坂本はかいちゆう時計に目をやった。

 すでにかなりの時間がっている。


「やっぱり、飛ぶようにはいかんか」


 坂本はため息をついた。

 けんおうかんたいの一員として、扶桑からブリタニアにとうちやくする直前のこと。

 ネウロイのしゆうげきを受けた空母『あか』の上で、宮藤芳佳は初めてれるストライカーをまとって、空中戦を演じてみせた。

 坂本は、今回もぶっつけ本番で芳佳が底力を見せることを期待したのだが……。


「そろそろ限界かしら?」


 ミーナがさすがに救助に向かおうかなと思いかけた、その時。


 ザッバア〜ッ!


「うげ、がは、げべ、ごほ……」


「プハァ、ハウ、アフ、ウップ……」


 芳佳とリーネが、水面に顔を出した。

 二人は手足をバタつかせ、みず飛沫しぶきを上げて無様にもがく。


「いつまでいぬきやっとるか〜!」


 岸にしゃがみ、がなり立てる坂本。

 おぼれかける芳佳たちの後ろを、せんぱいウィッチであるペリーヌ・クロステルマンが、ゆうに平泳ぎで進む。

 きんぱつメガネ美少女、体形に関しては芳佳とさして差のないペリーヌは、自由ガリア空軍ちゆうにして、パ・ド・カレーの貴族のむすめ

 せいさ、さ、そして気位の高さと坂本少佐へのの念は、だれにも負けることがない。

 その坂本への愛情が、時おりねじくれ、芳佳への意地悪の形で表れるのが、多少問題ではあるのだが……。


「ほら、ペリーヌを見習わんか〜!」


「全くですわ」


 フロントにリボンをあしらったあざやかな青のセパレーツ水着を纏ったペリーヌは、ふんと鼻を鳴らし、スイスイと通り過ぎてゆく。


「そんな……アブブブ……いきなり……ゴボゴボ……無理……!」


 芳佳とリーネはすいほうを残し、再び海中へとぼつした。



  * * *



「よ〜し! みんな、きゆうけいだ〜っ!」


 坂本の号令で、訓練にいそしんでいたウィッチたちは息抜きに入った。

 ちなみに。


 ほかのウィッチたちの水着はといえば……。


 まさにひやつりようらん

 左右ひとふさずつばしたダークブラウンのかみをさりげなくリボンで留めた、一見お洒落しやれだが、実は絵にいたようなかたぶつのゲルトルート・バルクホルン大尉は、しつじつごうけん、泳げさえすればデザインなどお構いなしという、カールスラント軍支給のワンピース。

 一見、真面目そうだが、実態は絵にも描けないようなずぼら娘、プラチナブロンドにブルーの瞳がえるエーリカ・ハルトマン中尉も、おそらく、選ぶのがめんどうだったのだろう、ややデザインがちがうものの、バルクホルンと同じカールスラント軍支給のワンピースである。

 太陽から生まれたようなロマーニャ娘、黒い瞳に黒髪ツインテール、最年少ウィッチ、フランチェスカ・ルッキーニ少尉の日焼けした幼児体形を包むのは、白地に黒のストライプのふちりがついたタンキニ。

 およそ海水浴にはえんのなさそうなスオムス出身者、雪色の髪を無雑作に伸ばしたエイラ・イルマタル・ユーティライネン少尉は、スレンダーな胸からずり落ちないかと心配になる、白のチューブトップと水色のボトム。

 すでに暑さでへばっているオラーシャ陸軍せんとう機連隊出身のサーニャ・V・リトヴャク中尉。緑の瞳とグレイの髪を持つはつこうそうな彼女が着ているのは、ミーナのものとよく似たセパレーツだが、もちろん、色は黒である。

 波打ちぎわで遊ぶ者、すなはまでじっと座る者。

 歴戦のウィッチたちは、それぞれがそれぞれなりの休憩を取っていた。

 一方。


「はあはあ」


「ひいひい」


 飛んでいる時は羽根のように軽いストライカーユニットも、砂浜を引きるとなると、話は別だった。


「もう……動け……ない」


「私も」


 息も絶え絶えの状態で陸に上がった芳佳とリーネは、どべっと砂浜にした。


「あ、遊べるって言ったのに……ミーナちゆうの……うそつきぃ〜」


 ストライカーの横でうつ伏せになったまま、る芳佳。

 昨日の中佐の話では、訓練の後は楽しく遊べるはずだったのだ。

 だが、今の芳佳とリーネに、そんな体力は残っていない。


「すぐ慣れるさ」


 頭の方から声。


「シャーリーさん?」


 芳佳たちが顔を上げると、そこに立っていたのは、第501統合戦闘航空団最速のウィッチ、リベリオン出身の〝グラマラス〟シャーリーこと、シャーロット・E・イェーガーたいだった。


「それにな。こうやって……」


 情熱的なライトブラウンの髪に映える、しんのセパレーツ水着を纏ったシャーリーは、二人の間に大の字に横たわった。


てるだけだって、悪くない」


 芳佳とリーネも、シャーリーを真似まねて大の字になる。


「お日さま、あったか〜い……」


 顔がほころぶ、リーネ。


「うん。気持ちいい……」


 と、芳佳。


「だろ?」


 一番気持ち良さそうなシャーリーが、そう微笑ほほえむ。

 やわらかなしを注ぐ太陽。

 耳にここよい波の音。

 静かに流れてゆく時間。

 確かに、こういうのも悪くないなあ、と芳佳は思う。

 と、その時。


「……あれ?」


 かざした指のすきからのぞく太陽の前を、何かがぎった気がした。

 芳佳は、自分が目にしたものをかくにんしようと、身体からだを起こす。


「どうしたの?」


 リーネはつられて起きると、芳佳の顔を見る。


「今、太陽のとこ、何か横切った……」


 鳥ではない。

 芳佳の直感はそう告げていた。


「へ?」


 怪訝けげんな顔をするリーネ。


「何が?」


 しんけんな表情になったシャーリーも上体を起こし、空を見つめる。


「……敵だ!」


 目を細めて太陽をぎようしたシャーリーの青い瞳には、はっきりと映った。

 あれはネウロイのえいだ。


「あ!」


「ネウロイ!」


 しゆんびんなシャーリーは、芳佳たちが声をあげると同時に、走り出していた。


「シャーリーさん!」


 芳佳とリーネはすぐにその後を追おうとするが、芳佳は立ち上がりかけたところですべってコケた。


「うぇう〜」


 水泳は全身運動。

 まだ筋肉が回復していない。

 基地にサイレンが鳴りひびいたのは、芳佳がひ弱な自分に自己けんを覚えた、その直後だった。



「敵は一機! レーダーもうくぐってしんにゆうした模様!」


 警報を耳にし、岩場に設置されていた電話で本部とれんらくを取った坂本は、ミーナに伝えた。


「もう! また予定よりも二日早いわ!」


 厳しい表情になるミーナ。


だれが行く!?」


「すでにシャーリーさんたちが動いているわ」


 坂本の問いに、砂浜を走るウィッチたちの姿を見ながらミーナは答えた。


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