「招き猫 くるみ 黄金」
右手の招き猫は財宝を呼び、左手の招き猫は人望を呼ぶ。
おいでおいで。
「私の名前の意味って何?」
十二、三歳頃の子供なら誰でも聞くであろう質問をされ、私は少し戸惑った。君は何の気なしに言う。まっすぐに私を見つめて。
「なーこなら知ってるでしょ?」
私でも知らない事は沢山あるよ。
「うっそだぁ。なーこ物知りなのに」
君は疑わしそうにした。信頼は嬉しいがそういう事ではない気もする。いくら私でも知らないものは知らないのだ。
「えー。どうしよう」
どうしたの?
君は口を尖らして私の前に正座する。ぐにゃんと崩れているのは愛嬌だ。
「あのねえ、小学校でね? これから《わたしのきろく》っていう、図工するの」
へえ、そうなの。
「そこにね? 名前の理由を書かなきゃいけないの」
そうかあ。それは困ったね。
「そうなの、困ったの。どうしよう」
素直にお父さんに聞いてみればいいんじゃないかな。
「私の名前、お母さんが付けたんだって」
そうだよ。沢山考えていたよ。
「お父さん、お母さんの事考えてる時、寂しそうなの。寂しい顔、させたくないなあ」
私は私の隣にある、君の母親の顔を見る。とても綺麗な笑顔だが、決して動く事はない。切り取られた一瞬はもう二度とよみがえる事はない。
でも、それは君のお父さんがお母さんの事を好きだったって事なんだよ。
「好き?」
そうだよ。好きなんだ。その気持ちを棄てないで、お父さんは、お父さんとお母さんの宝物である君を精一杯守ってるんだよ。寂しいのはお父さんが、自分の事を独りぼっちだと思ってるからだ。
「独りなの?」
君は自分の事のように、痛そうな顔をする。
かなしい。かなしいね。でも、お父さんは間違ってるんだ。
「まちがってる?」
そうだよ。独りなんかじゃないんだ。だって、
「ただいまー」
「あっ、お父さん!」
君は僕の方へかけてくる。そのまま僕に飛びついた。いつもの光景、いつもの君。
「お帰りなさい、お父さん!」
「ただいまー。疲れちゃったよー」
少し元気がないみたいだ。どうしたんだろう。
「どうしたの?元気ないぞー」
「うーん………」
君は目を逸らして、悩むようにする。
こういう時は、待つ事にしている。整理がつくまで、一旦待つ。親のエゴかも知れないが、それが一番だと思うのだ。
「あのね、お父さん」
「何?」
君は僕の目を逸らさずに見た。
「私の名前、どんな意味があるの?」
唐突に出た質問。
大方学校の図工か何かで使うのだろう。
「………そう、だなぁ」
僕はすこし詰まってから、しっかりと君の目を見て答える。
「知性、知恵」
「なにそれ?」
「花言葉だよ。真っ赤なちょっと変わった花を咲かせるんだ。あと、実だね。中を割ればハート型になるんだよ」
「––––––かわいい」
「でしょう?」
僕は君に微笑む。君は何か引っかかるようで、僕に質問した。
「お父さん、寂しくない? お母さん天国に行っちゃって、寂しくない?」
僕は君をもう一度抱き直す。
「馬鹿だなぁ。そんな訳ないよ。だってお父さんには、胡桃が居るんだから」
その言葉に。
胡桃は「なあんだ」と、へにゃっと笑った。
「そっかあ。そういう事だったのかぁ」
「お父さんわかってたよ」
君はお父さんの腕に抱かれて笑う。そう、その顔だ。その顔が一番可愛らしい。
君もいつか、その体に優しいこころを宿すんだよ。君も宝物をつくるんだ。
なんて美しいんだろう。
君の守り猫は、
右手を挙げて、
君に幸あれと。
「お父さん、なーこは何の神様なの?」
「そうだなあ、きっと家の神様だよ」
「家の神様?」
「昔から言うだろ? 右手の招き猫は、お宝を呼ぶ、ってさ」
おにゃんこ、おなんこ、なーこ。
可愛い呼び名だなぁ。
了
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