第39話 朝陽が昇る
ひかりは空へと昇っていく。暗い空ではまだ不気味で綺麗なオーロラが一面に広がっていた。それはまるで死者の王の復活を祝い、彼の権威を象徴するかのように。
ここを異界に閉ざすわけにはいかない。今の王がさせない。古の王国の復活を阻止するために。
夜空へと飛翔したひかりは、そこで空を我が物顔で泳ぐ巨大な骸骨の蛇サラマンディアと対峙した。
二人の眼下にはこの町の景色がパノラマのように広がっている。夜景が広がり、不気味な光もまた広がっている。
かつての王は機嫌を直したかのように厳かに言った。
「長い時の間にこの町も随分と変わったものだ。今一度我の物となる。人々は思い出し、服従することになるだろう。このサラマンディアの元に!」
「そうはさせない! 今の王者がやらせない!」
「ハハッ、ぬかしよるわああ!」
サラマンディアが口を開け、体からビームを発射してくる。さらに体から骨が分離され、ブーメランのように発射されてくる。
ひかりは双剣で打ち払い、空を飛んで回避する。隙を見て接近を試みるが、その前に亡霊のように複数体の骨トカゲ兵が現れて、ひかりの進路を妨害した。
止まったヴァンパイアを見て、サラマンディアはせせら笑った。
「我が民達は幸せであろう? 王の役に立つのだから」
サラマンディアの口から極太の殺意に漲る破壊光線が発射された。自らの民達を容赦なく打ち砕き、動きを止めたひかりに襲い掛かる。ひかりは間一髪で回避した。
サラマンディアは口を閉じて不気味に笑った。
「惜しかったな。王の狩りにしては手強い獲物よ。まだ余興を続けようというのだな」
「こんなの間違ってる……」
「ん?」
「わたしはあなたを王なんて認めない!」
「クハハッ! お前が認めずともいずれ皆が認めることとなるのだ! このサラマンディアを!」
戦いが続いていく。夜空の中でひかりはよく戦った。
だが、何かがおかしかった。敵に与えるダメージが減っていく。敵の攻撃の回避が難しくなってくる。
サラマンディアが強くなった? 否。答えはすぐに否応無しに知らされることになった。徐々に明るくなっていく地平の空によって。
ひかりの体に異変が起きてきた。体が思うように動かせなくなってきた。原因はすぐに分かった。太陽が昇り始めていた。夜が終わろうとしていた。
ヴァンパイアは夜でないとその本領の力を発揮できない。長く戦いすぎたのだ。そのことをサラマンディアは知らないようだった。
ひかりの異変を古の王はただ嘲笑った。
「威勢のいいお前にもどうやら力の限界が訪れたようだな。良い余興だったぞ。お前はここまでだ! よくやったと王自らが賛美の言葉と褒美を与えよう。死ね!」
サラマンディアの口から発射される赤く巨大な光線をひかりは双剣で何とか受け止めた。だが、止めきれない。押されていく。
時間が経つほどに空は白み始め、力を失っていくひかりはどんどん押し込まれていく。サラマンディアは容赦なく光線の力を強めていく。
「ひかり様! 私の血を吸ってください! うわあ!」
苦戦の現場にクロが近づこうとするが、サラマンディアの飛ばす棘に弾き飛ばされてしまった。
サラマンディアは横目で見て、すぐに視線をひかりへと戻した。
「王が褒美を与えているのだ。横槍を入れるでない」
誰もが見上げることしか出来なかった。集まった魔物達で今のサラマンディアに敵う相手はいなかった。
「師匠! 俺はまた……!」
狼牙が悔しく拳を握る。狼男は空を飛べない。その近くで不二も空を見上げていた。
「ひかりさん……」
ヴァンパイアにいよいよ最期の時が訪れようとしている。それは望んだことのはずなのに、不二の心には言い様のない苦しみが渦巻いていた。
それを払拭する方法は無いわけではなかった。だが、それはきっと間違った行為だ。星々の神々の意思に反逆し、今まで行ってきた自分の全てを否定するほどに。
だが、それでも……不二は決断した。
「私は私の見て正しいと思ったことを実行する……ひかりさん! 受け取ってください!」
不二は空へと向かって炎を放った。炎がひかりを包み込む。
それはただの炎では無かった。体には赤い再生の炎を、剣には全てを葬送する青い炎を。それはかつてひかりを苦しめたフェニックスの炎。それが今、ひかりの体に味方となって宿った。
「不二さん!」
ひかりは地上を見下ろして叫んだ。答えるように、不二は穏やかな笑顔で頷いた。彼の瞳はいつも穏やかだったが、今までで一番の解放された安らぎに満ちていた。
ひかりの中にもう挫けそうになる意思は無かった。殺意に漲る迫る巨大な破壊光線を手にした二つの剣で切り裂いた。
サラマンディアが僅かに驚いたように後退しながら訝し気に問うてくる。
「何だ? 今何をしたのだ?」
「仲間から力をもらったのよ」
「奪い、自分の物としたということか?」
「あなたには分からない!」
「構わぬ。どうせすぐにそれも我の物となる。王に捧げよ!」
サラマンディアの胴体から複数の腕が伸びてきて掴みかかり、光線を発射していく。さらに亡霊のように浮かび上がった骨トカゲ兵の群れが襲い掛かってくる。
ひかりは剣で応戦する。空を縦横無尽に駆け巡る。もう失う力は無い。炎が力を与えてくれる。葬送の炎で敵を斬って焼き払う。
青い炎に包まれた骨トカゲ兵はもう蘇ることは無かった。邪悪の王から解放されて、彼らの魂にもいよいよ安らぎの時が訪れたのだ。
戦いの喧騒の中でひかりは僅かに手を止めて祈った。
「どうか安らかに」
そして、再び飛翔する。無数のビームを放ってくるサラマンディアへと接近する。飛んでくる骨を剣と腕で撃ち落とす。
夜のヴァンパイアは僅か明るくなってきた空を飛翔する。長くは続かない。不二が自身で言ったように、今のフェニックスの炎にかつてほどの力は無い。
すぐに決着を付けなければいけない。
「何をした? 貴様も死の術を操るのか!」
「最期の時が来たのよ。サラマンディア!」
「ぬうううう!」
ひかりは飛んでくる棘を次々と切り払い突撃する。掴もうとした腕を潜り抜け、光線を放とうとしたサラマンディアの口の中に真正面から飛び込み、そのまま奥まで突き抜けて空へと躍り出た。
「死が……我を誘っている……」
明るくなっていく空。サラマンディアの体は青い炎に包まれて消滅していった。彼に従った民達とともに。
空が青味を増し、一面に広がっていたオーロラも薄れて消えていった。
地表からも不気味に揺れていた光が消え、町の活気が戻ってきた。
今の王に見届ける暇は無かった。
ひかりはまた体力が落ちる前に、その場を素早く飛び去っていった。
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