第33話 サラマンディアの出現

 変わらない夜が続いた。昼にちょっと走ってみたものの町の様子には何も変化が無くて、ひかりはもう毎日がこのまま過ぎていくんじゃないかと思い始めていたのだが。


「ひかり、学校の友達が来てるわよ」

「え?」


 珍しいこともあるものだ。友達のいないひかりのところに友達が来るなんて。

 呼ばれて出てみると、紫門が玄関先に来ていた。なるほど、彼なら友達かもしれない。

 のんびりと構えるひかりに対して、彼は何だかとても慌てた様子だった。


「ひかり! 真理亜が来ているか!?」

「え? 来てないけど」

「そうか。あいつどこ行ったんだ」


 何だか穏やかではない様子。ひかりにとっても真理亜は大切な子なので気になってそわそわしてしまった。


「真理亜ちゃんがどうかしたの?」

「分からないんだ。シャーペンの芯を買いに行ったきり帰ってこなくなって」

「シャーペンの芯……」


 ひかりには思い出すことがあった。シャーペンの芯を買いに行った時に木の化け物に襲われて自分はヴァンパイアとしての戦いに巻き込まれることになったのだ。

 これは偶然の一致なのだろうかと。


「何か闇の事件に巻き込まれているんじゃ……」

「分からない。とにかく見かけたら教えてく……れ?」


 踵を返して自転車に乗ろうとした紫門の動きが止まった。ひかりも気が付いた。

 何か不思議な波動のような物が町の方から広がって飛んできて通り過ぎていった。


「何だ今のは」

「あれ!!」


 ひかりは空を指さした。綺麗な星が瞬いていた夜空に幻想的なオーロラのような物が出ていた。

 町から霧が吹き出そうとして、揺らめく光が押し込もうとするかのように霧を地面に押し下げていった。

 まるでヴァンパイアの町の支配を別の者がのっとろうとするかのように。その気配は町の方から感じた。クロがひかりの肩に飛び乗ってくる。


「ひかり様! 何かが町の方に出現したようです!」

「うん! 紫門君、わたしちょっと見てくる!」


 この事件には真理亜が関係しているのかもしれない。その予感にひかりはすぐにヴァンパイアの姿に変身して飛び立った。


「飛べる奴は便利だな!」


 紫門も急いで自転車を漕いでその後を追っていった。




 町の中央に骨が積み上がって出来た祭壇のような玉座が出現していた。その玉座に腰かけて、一人の王が久方ぶりに感じる夜風を楽しんでいた。

 死王サラマンディア。

 骨のトカゲ人の兵士を従えた王は自身も骨のトカゲ人の姿をしていた。黒いマントを羽織り、手に装飾の施された杖を持っている。

 彼は高みにある玉座から町を睥睨する。

 霧がオーロラに押し込まれる直前に最後の力で人を避難させたのか、辺りに人の姿は無かった。

 王はただ一人、玉座の前でひざまずいた男に虚ろな目を向けて声を掛けた。


「我を呼び出したのはお前か」

「はい、サラマンディア王よ」

「お前の声は随分と前から聞こえていた。ただ誠意を見せてくれるのを待っていたのだ。これはなかなか良い贈り物だったぞ。気に入った」

「はい、気に入っていただけたのなら光栄です」


 サラマンディアは軽く玉座のひじ掛けを叩く。それは少女の犠牲の元に作られた玉座だ。

 真理亜には王に捧げるための生贄になってもらった。この玉座を築くための人柱となってもらったのだ。

 今頃はこの地下で生きながらにして力を吸われているはずだ。

 少女の能力は思った以上に優れた物だった。それをサラマンディアは気に入ったと言っているのだ。

 少女の犠牲。フェニックスは今頃になって身震いしてしまった。自分はとんでもない邪悪を呼び出してしまったのではないかと。

 サラマンディアは問う。玉座の上から尊大に。


「さて、お前は我に倒して欲しいものがいるのだったな」

「はい、ヴァンパイアを倒して欲しいのです」

「甘く見られたものよな」


 サラマンディアは深く嘆息する。フェニックスはもしや闇同士は手を組んで結託するのではと別の可能性に思い至った。だが、やはり闇は邪悪だった。

 邪悪な者は他者に対して心を許すようなことはしない。サラマンディアは上から傲慢に言い放った。


「この星に王は我ただ一人。他に王を騙る者がいるなら、ただ踏みつぶすだけよ」


 事態が自分の望んだ方向に向かいそうで、フェニックスは頭を下げながら暗く笑みを浮かべるのだった。

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