第25話 決闘に向かって

 今朝もひかりは学校への登校の道を歩いていく。

 昨日は真理亜と出会うというハプニングがあったものの、今日は何のイベントも起きることなく学校に着いてしまった。何か物足りない。

 学校の喧騒の中を黙って通り過ぎ、自分の席に着く。


「おはよう、ひかり」

「おはよう」


 隣の席に来た紫門と言葉を交わし、チャイムが鳴った。

 一時間目の授業も何事もなく普通に続いていく。いつも通りの平凡な日常。昨日の慌ただしさが嘘のようであった。

 今日は真理亜が来なかった。紫門に訊けば良かったのかもしれないがよそのクラスの一年生が朝一番からこの二年生のクラスに来ないから何だというのか、同じクラスの友達と仲良くし始めてるんじゃないかと思うと、何となく訊くのをためらってしまった。

 便りが無いのは良い証拠とも言う。自分の教室の授業に集中することにする。


「師匠! 失礼します」


 昼休みになると真理亜は来なかったが狼牙だけがやってきた。ひかりは彼女と同じ一年生の彼に訊く。昨日は一緒にいたから知っていると思って。


「真理亜ちゃんは何をやっているの?」


 訊ねると、彼の答えはこうだった。


「あいつ朝からヴァンパイアを倒す準備をするって欠席しているみたいですよ。転校したばかりで学校をさぼるなんて不真面目なんじゃないですかね」

「そんなことを……」


 勝負には日曜日を選ぶべきだっただろうか。そう思っていると対面で弁当を食べる狼牙が訊ねてきた。


「気になるようでしたら、俺も授業を休んであいつの動向を探ってきましょうか? 師匠の為ならやりますよ」

「いやいや、授業をさぼっちゃ駄目よ。学生にとっては授業に出ることが一番大事だからね」

「分かりました、師匠」


 上級生の委員長として言ったひかりの言葉を狼牙は素直に聞いてくれた。

 弁当を食べ終わってから彼は立ち上がった。


「昼休みの間にあいつの動向を探ってみます。失礼します」


 そして、狼牙は風のように去って行った。ひかりは隣の席にいる紫門にも訊くことにした。彼の妹のことを。


「真理亜ちゃん、何かやってるの?」

「さあな。あいつのやることは俺にも分からない。ただヴァンパイアを倒すと張り切っているのは確かだろうな。気を付けろよ、ひかり」

「うん」


 昼休みが終わって午後の授業が始まる。

 終わり間際に来た狼牙の報告では真理亜は学校の中にはいなかったとのことだった。今どこにいるのだろうか。

 気にしても分からないので黙って窓の外を見た。空は青く晴れ渡っていて町は平和そのものだった。変わらない日常。それを実感する。

 そして、今日の授業も全て終了し、放課後となった。気持ちは嫌が応にも高まる。

 いよいよ決闘の時刻が近づこうとしていた。




 放課後の学校は何だか騒がしいムードだった。生徒達が学園祭を前に浮かれているようなそんな空気が感じられた。

 祭りはもう終わったのだが……帰って夜まで休憩するか。ひかりがそう思って鞄を持って教室を出ようとすると、クラスメイトから声を掛けられた。


「夜森さんは残らないの?」

「え?」


 何か残るような用事があっただろうか。これから決闘があるのに居残りをさせられても困るのだが。

 ひかりが考えていると、クラスメイトが言葉を続けてきた。


「あたし達みんな真理亜ちゃんとヴァンパイアの勝負を見るつもりだから夜まで残るつもりでいるんだけど。他のクラスでもそうする人が多いみたいだよ」

「…………」


 なんてこった。いつの間にか見世物みたいなことになっていた。学校中に感じる今の空気はそれか。

 昨日の野次馬の集まりっぷりを思い出すと予想できたことかもしれない。みんな真理亜とヴァンパイアの戦いを楽しみにしている。

 出場する側のひかりが観客席でみんなと一緒にいるわけにもいかないので、


「わたし、明日の宿題をやりたいから」

「夜森さんは真面目ねえ。さすが委員長」

「えへへ……それじゃあ」

「うん、ばいばーい」


 適当に誤魔化して帰ることにした。真面目と言われても困ってしまうひかりだった。




「ただいまー」


 何事もなく家に到着する。これから真理亜と勝負する夜の時間まで自分の部屋に籠って瞑想でもするか。瞑想している自分、漫画みたいでかっこいいと思っていると母に呼び止められた。


「ひかり、お爺ちゃんが来てるわよ。あなたに話があるって」

「お爺ちゃんが?」


 自室に行こうとした足を止めてリビングに行くと、確かに祖父が来ていた。彼と会うのは辰也と決着を付けて王として認められて以来だ。

 あの時の彼は先代のヴァンパイアとしての威厳に満ちていたが、今日の彼はひかりの見慣れたいつもの優しい田舎のお爺ちゃんとして来ていた。


「良い野菜が採れたのでな。届けに来たのじゃ」

「そうなんだ。ありがとう」


 彼の用事はそれだけでは無かった。祖父の瞳が鋭さを増す。先代のヴァンパイアとしての威厳を持って言ってきた。


「最近町で良からぬ者が動いているようじゃ。わしはもう引退した身。前線に出て力を貸すことは出来んが……気を付けるのじゃぞ」

「うん、分かってる」


 真理亜のことを祖父はそこまで危険視しているのだろうか。ひかりは気を引き締める。そして、今の町の魔物の王者として言った。


「これから決着を付けてくるから。だからお爺ちゃんは安心して見てて」

「うむ、後の事は任せよう。わしも知恵なら貸すことが出来る。何かあれば相談してくれ」

「はい」


 ひかりは元気よく答え、決戦に臨む。自分の部屋で瞑想をしようと思っていたが、よくやり方が分からなかったので結局漫画を読んで過ごした。

 夜はやがてやってくる。晩御飯を食べ終えて準備を万端に整えたひかりは、


「クロ、行くよ」

「はい、ひかり様」


 使い魔のクロを従えて、夜の町へと飛び立った。

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