第14話 生徒会長の屋敷にて
どれほどの時間気を失っていたのだろうか。
ひかりは気が付くと見慣れない屋敷の部屋のベッドにいた。時刻は夜で電気の落とされた部屋は暗い。
自分はタイムスリップでもしたのだろうか。自分が寝るにはあまりに不釣り合いな貴族のような豪華なベッドから起き上がろうとすると、扉を開けて誰かが入ってきた。
「目が覚めたか」
「生徒会長?」
入ってきたのは会長であり竜帝の孫である辰也だった。となるとここは彼の家なのだろうか。
ひかりは自分の姿を見下ろして、自分がパジャマに着替えさせられていることに気が付いた。
「ここはどこ? って言うかこの恰好……!」
驚くひかりに構わず、辰也は近づいてきた。
「俺の屋敷だ。お前が気を失っていたので連れてきた。体は大丈夫か? 随分と力を使っただろう」
「ええ、まあ、平気です」
人間は30パーセントぐらいの力しか使えないと言われているのに、調子に乗って1000パーセントぐらい使ってしまった気がする。
それでも付いてきてくれたのはさすがヴァンパイアの体と言ったところだが、戦場で気を失うなんてよっぽどだ。
これからは力の使い方にも気を付けようと思うひかりだった。
辰也は暖かい笑みを向ける。
「安心しろ。ここまでは誰も襲ってはこない。俺がいるしな」
「はあ」
目の前の人が一番襲って来そうなんだけど、とは言えない雰囲気だった。堅物の生徒会長はとても真面目な顔をしている。ひかりは迷ったが、意を決して発言した。
「あの、もう夜遅いし、家族が心配しているので……」
「家には連絡をしておいた。お前のことをよろしくと言われたぞ。今夜はゆっくりしていくといい」
「お母さん……」
きっと相手がしっかりとした生徒会長でお金持ちだから、信頼しているのかもしれない。
でも、ひかりにはそんな気は無いので、やっぱり帰ろうと思った。
「あのやっぱりわたし家に……」
ヴァンパイアの力を発動させれば辰也も止めることは出来ないはずだ。ひかりはそう思って体に力を入れようとしたのだが、逆に力が抜けてふらついてしまった。
倒れかけたひかりを辰也のしっかりとした手が受け止めてくれた。
「無理をするな。お前はフェニックスとの戦いで限界以上に力を使い切ったんだ。今は何も心配せずに休んでおけ」
「うん……」
もうどうにもならなかったので、ひかりは素直にベッドに戻ることにした。
「あの、わたしの着替えは誰が……?」
「箒だ」
「ああ、それなら安心……じゃない!」
箒は何を企んでいるのか分からないような人だ。ある意味一途な堅物の辰也よりも信頼出来ないような気がした。
悪気は無くともいたずらぐらいはされているかもしれない。身の回りをさっと確認したぐらいでは見当たらないし、本人の姿も無いが。
辰也は不思議そうに目を見開いた。
「そうか? あいつとは古い付き合いだが、信頼出来る奴だぞ。俺にはどうも服の事はよく分からんのでな。あいつにやってもらった」
「そうですか」
確かに信頼は出来るのだろうが。と言うか、わりと口喧嘩していたのに信頼していたのが意外だった。
そう思っていると念を押されてしまった。
「今言ったことは箒には言うなよ。調子に乗るからな」
別に断ることでも無いので頷いておく。
何を気にしても無駄そうなので、ひかりは休むことにした。
ベッドにごろんと横になる。男がすぐ傍にいても気にしない。
辰也が訊ねてくる。
「何か食べるか? 欲しい物があるなら作ってくるぞ」
「生徒会長が優しい」
「俺はそんなに厳しいことをしてきたか? そうだな。お前をあなどっていたことは詫びよう。お前は立派なヴァンパイアだ。勝負も正々堂々とするべきだったな」
「それはもう終わったことだから……」
フェニックスに負けそうになった今のひかりにはもう分かっていた。強い相手と戦うのは恐ろしいことだ。
人によってはただの一敗かもしれないが、王者にとってはその一敗が重い。
そんな自分を脅かそうとする強大な敵が現れれば何とか手を打とうと焦るのは仕方のないことだった。
「それにわたしが勝ったから。100パーセントの勝ちでね」
「フッ、言ってくれる」
優しい落ち着く気分の中でひかりは眠くなってきてしまった。
瞼が落ちてくる。
「おやすみ、ひかり」
辰也の穏やかな微笑みと声を最後に聞いて、ひかりの意識は閉じていった。
「本当に泊まってしまった……」
朝になって目が覚めて、ひかりは今頃になってドキドキしてきてしまった。
すぐ傍に辰也がいたのに寝てしまうなんて不用心にも程がある。
まあ、あの弱者のことは歯牙にも掛けない会長のことだから、普段のひかりのことなんて気にもしないだろうけど。
ひかりは諦めて起きようとする。
「よりによって生徒会長の家で寝てしまうなんて……起きよう……って学校!?」
慌てて時計を確認する。まだ全然大丈夫な時間だった。
「良かった。一度家に帰るか」
終わったことを気にしてもしょうがない。ひかりは部屋を出ることにした。
廊下に出ると良い匂いが漂ってきた。そう言えば昨夜は何も食べていなかったことを思い出す。ひかりは誘われるように匂いの元へと向かっていった。
食堂に行くと辰也が料理をしていた。
「会長」
ひかりが声を掛けると、彼が振り返って答えてきた。
「ひかりか。もう起きたのか。料理が出来たら起こしに行こうと思っていたのだがな」
「料理、出来たんですか?」
「俺を誰だと思っている? 自分に出来んことがあるのは気に入らんのでな。いろいろと家の者達に教えてもらった。まあ才能があるかどうかは保証せんがな」
辰也は出来た料理をテーブルに並べていった。
「どうした? 座れ。食事にするぞ」
「は……はあ」
意外と豪華で眩しさすら感じる料理にひかりは戸惑ってしまうのだが。辰也が近づいてきて椅子を引いた。
「椅子を引いてもらわないと自分で座れもしないのか。仕方のない奴め」
「いや、あははあ。じゃあ、食事にしましょうか。いただきます」
どうも逃げられそうにないので、ひかりは誘われるままに食事をすることにした。
一口食べて目を見開く。
「おいしい」
「そうか? 誰かにそう言ってもらえるのは嬉しいものだな」
「誰かに食べさせたりはしないんですか?」
「箒の奴は何でもおいしいと言うからな。あいつは信用できん」
「そうなんですか」
昨日は信用できると言っていたのに。
ひかりは苦笑を抑えるよう努めながら箸を進める。辰也は視線に力を強めて言ってきた。
「勝負は力だ。お前はここにいる誰よりも強い。箒や俺よりもな。だからこそ俺もこうして敬意を払っているのだ」
「そ……そうなんですか」
ひかりとしてはそんな敬意を払われても困ってしまうのだが。
料理はおいしいのですぐにどうでも良くなって、箸を進めていった。
辰也が訊ねてくる。
「あの小僧とはどうなっている?」
「紫門君のことですか?」
辰也が気にする少年といえば彼しか思いつかなかった。辰也は肯定した。
「箒に聞いたのだが、奴はお前を倒すためにこの町へ来たらしいな。俺達の勝負に割り込んでくるほどの奴だ。腕は立つのだろうが……大丈夫か? などとお前に訊くだけ無駄か」
「ええ、勝ちましたよ」
ひかりは胸を張って答えた。料理がおいしくて気分が良くなっていたし、自慢できるポイントだ。自慢しておこうと思った。
辰也もそれを聞いて気分が良さそうに笑っていた。
「そうか。それは良かった。俺がお前を倒すまで誰にも負けるんじゃあ無いぞ」
「はは……」
そう言われるとひかりの気分は少し冷めて、笑顔が引きつってしまうのだが。
食事を終えてひかりは辰也と一緒に学校へ向かうことになった。
一緒に歩きながらひかりは恐縮してしまう。
「あの、わざわざ送っていただかなくても」
「気にするな。どうせ同じ道だ」
同じ学校に通っているのだから、一緒の道を歩くのはひかりにも分かるのだが。
周囲の視線が気になる。辰也も気が付いたのか、声を掛けてきた。
「奴らの視線が気になるか?」
「まあ、ほどほどには」
「気にするな。お前に敵意を向けてくる奴はいない。気になる奴がいれば俺に言え。俺がぶっ飛ばしてやる」
「はは……」
ひかりは苦笑いするしかなかった。
何を気にしても無駄そうなので、せいぜい身を小さくして目立たないようにしようと思った。
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