第4話 転生人

地上は見渡す限り、焼野原が広がっている。

ほとんど隠れる場所がない空中で、火の玉や雷が容赦なく俺たちを襲ってきている。


ここまで無事なのは一重にマリナの技巧によるところだろう。

チッ!!

「イタッ!!」

何かの破片が頬をかすめる。触ると血が出ていた。

「……あれ、ダメージないんじゃないの?」俺はスマホに映っている英美向けて話しかけた。


「ああ、言い忘れてたけど、ダメージを負わないのは転生人からの攻撃のみ。その異世界に元々住んでいる住人からの攻撃は普通にもらうわ。」


「おいおいおいおい、聞いてないんですけど!!じゃあ、普通にドラゴンとかに喰われたら死んじまうじゃんか!?」


「頑張れ」


ここで根性論を出してくるか英美よ。よし決めた、一生心の中で恨もう。

「で、どうやって転生人と倒せばいいんだよ?まさか殴り合いとかじゃないだろうな?」


「まさか。…ポーチの中に武器が入っているの。それを出して」

ポーチの中をみると確かに銃身の長い拳銃が一丁入っていた。

「C(コントロール)・バレッド。転生人のチートスキルを無効化する弾・消滅弾が入っている。それを……だ…け…撃つ…」


ジジッ!!

「おい英美、なんか電波が!」スマホの画面がプツンと途切れる。


彼方に陣を構えるように群衆が見えた。


「あれです!!」


「マリナさん、ちょっと待っ…」


「行きます!!」


「うそぉん」


マリナはワイバーンを操り、一路、敵陣目がけて突撃した。


ドォォオオオン!!ワイバーンが地上に降り、火を噴いて転生人側の兵士を攻撃した。

マリナもそれに続き、周りの兵士と交戦し始めた。


「雷鳴よ轟け!!サンダーボルト!!!」


目がくらむような雷光が天から差し込み、一瞬にしてワイバーンは消し炭になってしまった。


「なっ!!?」


呪文のような言葉が聞こえた方に目をやると、そこには中肉中背で30歳は超えたようなおかっぱの男が立っていた。

まったく似合わない白いローブを身にまとい、大きな木の杖を携えている。おそらくはこの男が岡田康男本人なのだろう。


周りには魔王軍側の女性たちだろうか。首輪を付けられ、岡田の下で奴隷同然に扱われている。

「ライハ姉さん!!」マリナが声を荒げる。

「マリナ…すまない…」奴隷のような扱いを受けている女性の中はマリナの知り合いと思われる人物がいた。

「おい、お前何勝手に喋ってんだよ。ほら、電撃くらわすぞ」

「あああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」ライハと呼ばれた女性に雷が浴びせられる。

「ライハ姉さん!!…岡田、きさまぁ!!!!」激高したマリナが槍を持ち、岡田に走っていく。

「ふん、女騎士の生き残りか。…凍り付け、フリーズ・ルーム!!」


「あぐぅ!!」マリナの身体の7割が氷漬けにされる。岡田はどうやら一瞬で魔法のようなものを使えるらしい。



「あんたが岡田康男でいいんだよな?」俺はその暴虐武人な男に話しかけた。


「あ?なんだよ、君。僕のこと知ってるのか?」


「なんか、あんたが悪さをしてるから逮捕しろって上の人間から言われてんだけど。大人しく捕まってくれません?」


「ぶっ!ぶっわっはっはっは!!何言ってんの、お前。捕まるわけないじゃん。こんな力が使える異世界、パラダイスだよ」


「お前など、大魔法の力さえなければただの凡人だ!!」マリナが声を上げる。


「あ?お前、何僕の許可もなしに勝手に喋ってるんだよ!!はい、罰ね!!」

岡田の杖から光の矢が飛ぶ。矢はマリナを向かって一瞬で飛んで行った。


「マリナさん!!」マズイ、追いつかない。


ズギュ!!!!!!


「ぐっあぁああ!!!!!!!!!!!!」



「…ライハ…姉さん」光の矢はライハという女性の背中に突き刺さった。背中からは夥しい血が流れている。

「……愛していたよ、マリナ。我が妹よ」


「姉さん、姉さん!!!!!!!!!!!」



「ぺっ!!お前じゃないんだよ」岡田は動かなくなったライハに唾を吐いた。



「……おい、あんた、俺と同じ日本人だよな?今の、良心とか痛まないのか…?」



「ははっ!!痛まないね!僕は前世で酷い会社に勤めてた。所謂ブラック企業だよ、だから死んでやった。そしたら神様は俺をこの世界に転生させてくれたんだ。それって第二の人生、好き勝手やっていいってことだろ!!」


「好き…勝手…。そうか」


「あー、うるさい。お前ももういいよ、僕に歯向かう奴は皆殺しだ!!ファイヤーストーム!!」岡田は杖を振り上げ炎の渦を作り上げた。

渦は俺を巻き込んだが、暑さは感じない。というか、岡田の攻撃からは何も感じなかった。


これで死んだと思っているのか、火の渦の隙間から微かに見える岡田は腹抱えて笑っている。


俺がもっと早く動いていれば、ライハとかいう人は死ななかった。

判断ミス、この異世界では一瞬でそれが他人の命取りになる。日本では考えられないことだ。俺を勝手に送り込んだ英美のせいにもできない。この死は、俺が背負わなければいけない責任だった。


俺はC・バレッドを右手に持ち、渦から出た。撃ち方なんて知らない。何というか、これまで人を撃ったことは勿論一度もないけれど、岡田を撃つことに何の躊躇いもない自分がどこかにいた。


「は?はへ?」岡田は何が起こったのか分からないのか、動揺し、何もないところで躓いた。


「岡田ぁあああ!!!」

ズドン!!

放たれた消滅弾は岡田康男を脳天を捉えた。

「ぎぃやあああああああああああ!!!!!!!!!!」

パァァァァァァアアン!!!!!!!

弾が炸裂した瞬間、空気が振動し地面の砂が散る。岡田の身体から青いモヤとなって何かが浮き出た。

青いモヤは空気中ですぐに消えてしまった。


岡田はしばらくその場でふらつくと、口から泡を吹き、その場に倒れた。


「一撃で……あの転生人を…」マリナがそう言うと、周りの転生人の兵士たちが逃げるように戦線を離脱していった。



ピピッ。スマホが鳴る。何度も何度も何度も

「はぁ……」

スマホの画面で英美に確認を取った。

「命令無視。C・バレッドを使うときは現在いる異世界と対象の名前、そして火力の数値を口に出す。あとで文科省大臣への報告義務がこれにはあるんだから」


「悪い…」


「いえ、そうは言ってもこちらの落ち度よ。通信のサポートが出来なかった」


「岡田を倒して、この世界はもとに戻るのか?死んだ人は…」


「死者は戻らないわ。でもその世界から転生人という脅威は取り除いた」


「そうか…」


「さぁ岡田康男を拘束して。ポーチに手錠が入ってるから。転送ポイントはすぐそこの岩場よ」


「ちょっと待ってくれ」

俺はマリナの下に行った。ライハの手を握りながら、俯いている。


「…同情は無用です。私の弱さが招いた結果です」


「……」

俺は岡田を拘束し、重い身体を担ぐように岩場近くに移動した。


「どこに行くんですか?」俺の正面には槍を向けたマリナが立ちふさがっていた。


「こいつは元々は俺たちの世界の人間です……。だから勝手だけど、あっちの世界で罰を受けさせます」


「姉さんの死は私のせいです。でも魔王様の領土にいた親、子供は何十、何百とそいつに殺されました。それを黙って連れていくのを見ていろと?」


「はい。分かってるつもりです。ただ、ここで死んだら、こいつにとって幸福すぎじゃないすか?」


「幸福…?」


「この世界で好きなことやって、殺して。こいつにとって本望になってしまう気がするんです。……俺の上司は人の心を持ってないんです。だからきっと同情なんてせずにちゃんとした罰を与えます。だから、ここは行かせてください」


「……あなたを信じていいですか」


「必ず、重い罪を」

マリナは目を一度閉じ、深く頷いた。

岩場に淡い光が漏れている。歩いて行くと光の円が地面にクッキリと出来ていた。きっとこれが転送ポイントなのだろう。


「ありがとう、マリナさん」

マリナに見送られるように俺は異世界・サダルトリアを後にした。

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