第6章 過去と真実を知って
第22話 戦いの翌日
ルシアト・ファミリーの
外見は人間でいう40~50歳のおっさんに見えるが、アングラハイフとしての生きた年数はそう長くないのかもな…
俺は、聖杯にたどり着くための「鍵」の製造者・ラヴィンの後継種たるデュアンを観察しながら、考え事をしていた。俯いていた俺がふと顔をあげると、そこには俺の部屋のベッドにこしかけるベイカーと、壁際に寄りかかって考え事をしているヤドがいる。
また、
「その奏ってお嬢ちゃんが、サリン事件で亡くなったという澤本
「“あの娘”…?」
全員が黙り込む中、最初に口を開いたのがデュアンだった。
それを聞いたベイカーが、首を傾げながら尋ねる。
「この
「俺は、あんたが驚いたのが一重に、アホ猫…
すると、黙っていたヤドが口を開く。
その表情は、どこか重々しい。デュアンは彼に視線を一瞬向けるが、すぐに正面を向いて話を続ける。
「“聖杯”がある扉の番人・リヴリッグは、お前らが知る通り体の不自由なアングラハイフだった。そんな奴が“鍵”を作ってほしいとラヴィンに頼んだのは…人間の娘に対する“恋心”からだそうだ」
「恋……。と、いう事は…」
この時、俺は心で思った事をそのまま口にしていた。
また、“恋”という一文字は自分にも関係していると思う。俺は、奏ちゃんから見せてもらった動画の中で、拉致された澪が
「リヴリッグは、外界で普通に暮らすその娘をラヴィンが造った水晶越しで見ていた。そして、“自分もいつかは
「そんな経緯があって、“鍵”を作ってほしいという展開になったんですね…」
俺が考え事をする一方で、デュアンの話は続いていた。
ベイカーが相槌を打ちながら話を聞いている。
「じゃあ…“鍵”が奏ちゃんの体内に入り込んだのも…彼女を“自分が恋した女性”に重なって…って所っすかね」
「…そう考えるのが妥当かもな」
会話の中に俺も加わると、皮肉めいた口調でデュアンが答えてくれた。
「因みに、リヴリッグは相手の記憶を操る能力は持っていたのか?」
「…何故、そう思う?」
ヤドからの問いかけに、デュアンは首をかしげながら問い返す。
「奏は先日、香園の一味に遭遇した後を境に、記憶喪失になっていた。しかも、“俺ら”とそれにまつわるものだけという一部的なものだ。しかし、ルシアト・ファミリーの
腕を組んで考え込みながら、ヤドは答える。
所以を聞いたデュアンもその場で考えるが、何かを思いついたかのように顔を上げる。
「…その可能性はありそうだな、リヴリッグなら…。数多の能力を持っていたと聞いているしな。だとすると、当人にとって不都合だろうという気遣いのつもりなんだろうが…実際は迷惑でしかなかったという事か…」
そうつぶやくと、皮肉めいた笑みを浮かべていた。
「鍵の成り立ちを教えて戴いた所で…そろそろ考えなくてはいけませんね。彼女…奏さんを香園達らから奪還する術を…」
全員が黙り込む中、頃合いを見計らってかベイカーが話を切り出す。
「お…!」
それとほぼ同時に、俺はその場で声を出す。
周囲の視線が自分に向く中、俺は覚えのある気配を感じ取った。それは、誰かがこの場所の出入り口に触れた事を意味する。見知らぬものであれば放置するが、この感覚は“客”が来たのを意味する。
「どうやら、“客”が来たみたいっすね…。じゃあ、俺が迎えに行ってくるよ!」
「あぁ…頼む」
俺の
にしても、店の名前は教えても、こうも簡単に“入口”をあててくる辺り…今から顔を合わす客って…
俺は、壁の中を歩いて進むさ中、これから来る奴の事を考えていたのである。
「…という訳で、このスクワースが
その後、“客”を出迎えた俺は、皆に新たなアングラハイフを紹介していた。
「ス…スクワースです…」
眼鏡をかけ、頼りなさそうな青年が挙動不審になりながら挨拶をする。
「しょんべん小僧みたいなナリだが……能力は高そうだな」
デュアンが彼を一目見て、小さく呟いていた。
しかし、ヤドもベイカーも彼を見て拍子抜けしている様子はない。
案外、俺の周りは優秀な奴が多いのかもな…
外見に惑わされて能力の有無を見誤らない仲間たちを見て、安堵と共に“自分も気を引き締めなくては”という想いが生まれていた。
因みに、俺達がルシアト・ファミリーの
「では、スクワースさん。まずは、
そして、ベイカーの一言を機に、話が展開し始める。
その後、スクワースの口から、
「という事は、実働隊は俺らにやれ…ってところか」
「はい…そう
「逆に、そちらさんの要求は?」
「あの香園自身の事を教えてほしい…との事でした」
ヤドとスクワースによる会話が続く。
ずっと観察している限り、嘘…をついているかんじはなさそうっすね…
俺は念のため、このスクワースという男が嘘や俺らを騙そうとする意志がないかどうかを観察していた。人間だろうが“俺ら”だろうが、嘘なり相手を騙すなりは普通にある。
そういった意味では、ヤドは少し甘ちゃんかもしれないっすね…
俺は不意に、彼の事を考えていた。
「因みに、いくら“境に立つ者”といえども、警察は止めた方がいいっすよね」
「えぇ…。特人管理課の人達なら、人間である奏さんの事も協力してくれるかもですが…“彼ら”を刺激しかねない」
「そこは、
その後、俺やベイカーも彼らの会話に入っていく。
「あまり大人数で動けないのはわかっているが…香園が
「…俺もお前らに同行しなくてはならねぇ…って事だな?」
ヤドが話しながらデュアンの方を見ると、状況を察した中年顔のアングラハイフは答えた。
“鍵”が奏ちゃんの体内にある限りは…彼女に危害が及ぶ可能性は低く、デュアンなら彼女を探し当てられる可能性が高いから…か
俺は、彼らの対話を聞きながら、そんな事を考えていた。
一方で、今この場に澪がいない事に安堵する。それは、彼女がこの場にいれば、「私も行く!!」と言って聞かない可能性が高いからだ。
「あとは……ヤド」
「ん…?」
一呼吸置いた後、ベイカーがヤドに声をかける。
「皆の不安を取り除くためにも……教えてください。貴方と
「…っ…!!」
ベイカーの
あの言い回し…付き合いの長いベイカーすら、その事は知らなかったという訳か…
俺はヤドとベイカーは付き合いが長いというのは知っていたが、“彼らの間でもまだお互いが知らないことがあるんだ”とその時実感していた。
「俺も、少し気にはなっていた。話を聞く限り…その奏って娘の事は抜きにしても、
すると、ベイカーに便乗するかのようにデュアンも問いかける。
「僕も、
そして、とどめを刺したのが、スクワースの
その場で深刻そうな
「物事には優先順位ある……と思って、誰にも話さないつもりだったんだがな」
溜息交じりの答えが、ヤドの口からかえってくる。
割と頑固な印象が強いヤドなだけに、意外とあっさり了承してくれた事に対し、俺は意外に感じていた。
もしかしたら、奏ちゃんと関わる中で…何か変わったのかも…?
俺は、そんな事を考えながらヤドを見つめていた。
そしてその後、ヤドと香園が抱える因縁について、ヤド本人から話を聞く事となる。それは、人とアングラハイフの関わりが生み出した悲劇だと後で思い知ることになる。
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