第20話 優先すべきこと
「危なっ…!!」
俺は、
勢い余った敵の体は、そのまま部屋の壁に激突する。ものすごい勢いで突っ込んだため、壁に亀裂が入るのは当然だ。しかし、その亀裂は時間と共に元の正常な状態へ戻るのであった。
衝撃を吸収したという所か…。仕組みがわからない以上、無暗に壊すわけにもいかねぇし…
俺は、その様子を目で確認しながら、今後の事を考える。
『…あんたらの所も、なかなかやり手の奴がいるんすね』
「結界類が得意なソルナをうならせるくらいだから…そう簡単にはいかねぇか」
その場で一人呟くと、同時に大きなため息が出ていた。
この空間を自分でどうにもできない以上は敵の要求通り、対戦相手に勝ってから出るしかない。しかし、敵は自分の知人である澤本
「っ…!!」
すると、
咄嗟に両腕を構えたから顔には当たらなかったが、相手は蹴り技だったため、腕に小さな亀裂と激痛が走る。そして、そのまま壁際へふっとんだ。
因みに、相手は
まぁ、全部投げ出して楽になる……っていう最終手段もありか…
腕にできた亀裂をまじまじと見た俺は、苦笑いをした。
自分が負ければ、澪も奏も助かる事はまずないだろう。しかし、“聖杯”を探して手に入れるという任務をこなさなくて済む。元々俺は、自らの意志で“聖杯”を探している訳ではない。“己”より前に生きている世代に関係するが、これを人間でいう“一族”と比喩するのならば、”一族の悲願“のために探しているに過ぎない。いわゆる、”宿命“という奴だ。敵の思い通りになるのは癪だが、
「
「なっ…!!?」
突然、右耳の方に見知らぬ声が響いてくる。
慌てて視線を映したが、そこには誰一人としていない。当然のことながら、この場にいるのは、俺と敵の
「ガラスの破片…?」
音のした方を振り向くと、壁際の地面にガラスの破片のような物が落ちていた。
一見すると硝子だが、何かのレンズのようにも見える。
「今、監視カメラを壊したから…僕らの行動を
「てめぇは…?」
先程と同じ声が聞こえた方に振り向くと、そこには人間の女のように華奢な青年が立っていた。
整った容姿と声が高めなので女のような雰囲気もあるが、相手が女であるはずがない。
「僕は、オルネラ。一応は
カナダ人を思わせる外見をしたアングラハイフは、自身の名を名乗った。
「僕はね、透明になることで姿と一緒に気配も消ける
「見張りって事か…?」
「まぁね。あと、君がもし負けたら、その
オルネラと名乗る青年は、そう呟きながら
監視カメラ…気が付かなかったが、奴の口ぶりからして
俺は、相手を見据えながら考える。何故、敵である自分を助けるような真似をしたのか、それだけはわからないからだ。
「…まぁ、“もしやられそうなら手助けしろ”っていう命令の方が、僕にとって本来の優先事項だし…ね」
「あ…?」
オルネラが小さな声で何か呟いていたが、はっきりと聞きとる事ができなかった。
俺に見られている事に気が付いた茶髪のアングラハイフは、クスッと嗤う。
「ひとまず…僕は思う所があって、ルシアルト・ファミリーを抜けたいと思っているんだ。目的を果たすには、
笑みを浮かべた相手の
この野郎、ポーカーフェイスが崩れる様子もねぇ…。本心を探るのは、難儀かもな…
そう思った俺は、それ以上の詮索よりも先にすべきことがあると再認識する。
「そんじゃあ、まぁ…今はそういう事にしておいてやるよ。正直、俺もさっさと終わらせて帰りてぇからな」
そう告げた俺は、再び
そして、真相はわからずとも味方を得た事から、苦戦した相手に立ち向かう事ができたのである。
※
ヤドが再び戦い始める数分前――――――
「なっ…!!?」
目の前で起きた出来事に対し、その場にいる全員が驚いていた。
何が起きたんだろう…?
私は、画面が暗くなったモニターを見つめながら考える。
ヤドが戦う空間だけに設置された監視カメラの映像をモニターで見ていた私や
「まさか、オルネラが…!?だが、何のために…」
私の後ろでソファーに座る
「あ…ソルナ…!!」
すると、後ろでルシアルト・ファミリーのアングラハイフに拘束されている澪の声を聞いた事で、私は我に返る。
後ろを振り向くと、そこにはあちこちにかすり傷がつき、服もボロボロになったソルナが立っていた。彼は、後ろで何かを引きずっているように見える。
「ソルナ…無事でよかった!」
「あぁ…ちょっとボロボロになったっすけどね!それと、ついでにいい物見つけたんすよ♪」
体は傷だらけだが、その口調からしてソルナはある程度気力が残っている事を私は確信する。
人…?
言葉を発しながら、ソルナは自分がひきずっていたものの手を離す。それは瞳を閉じて眠っているようにも見える中年男性だった。
「成程、監禁していた場所がばれたという事か」
「監禁…もしかして、その
最初のポーカーフェイスみたいな表情に戻った
その内容を聞いた私は、彼が連れてきた人物が誰かを悟る。
「そう!俺らが探していたアングラハイフ・デュアンっすよ!奏ちゃん♪」
私の
「こんなところにいたのね…!」
澪は、不意にそう呟く。
『奴らの仕業か…』
「えっ…!!?」
澪が呟いたのとほぼ同時に、私の脳裏に見知らぬ声が響く。
それによって私は目を見開いて驚くが、周囲はそうでなかった。
「嬢ちゃん…?」
背後から
周囲の視線が私に集まっているのとその
「ベイカー…!そっか、あんたも倒したのね…!」
安堵した声で述べる澪の視線の先には、やはりかすり傷はあるものの、いつも通り穏やかな笑みを浮かべるベイカーが立っていた。
「少々苦戦しましたが…何とか、勝てました」
ベイカーがそう述べると、右手に持っていた槍が姿を消した。
おそらく、片づけたのだろう。
「ソルナ…貴方も、無事だったのですね」
「当然!!しかも、思わぬ収穫も得たっすよ!」
ベイカーは少し息切れをしながら、ソルナを見据える。
彼のすぐ側には気を失っているか眠りについているであろう、アングラハイフがいた。
あとは、ヤドが勝ってくれれば、澪を返してもらえる…!!
ベイカーが現れた事で、私は祈るように画面が暗くなったモニターを再び見つめる。
私は彼らのように体を動かしていないので肉体的疲労はなくても、極度の緊張状態が続いているので、眩暈が起きても不思議でないくらい体力は消耗していた。それを自覚していたため、もし自分がこの場で倒れてしまったら、ヤド達の足を引っ張る事になってしまう――――それだけは避けたかったのである。
それから、数分後―――――――――
「ヤド…!!」
ヤドがその場に現れた事で、すぐにその名を読んだのが私だった。
彼もやはりベイカー達ほどではなくても、体のいたる所に傷や亀裂のようなものが見える。
「さて、非常に悪趣味な
ヤドは、鋭い目線で相手を睨み付けながら、そう促す。
この時、私は彼の目の前にいたために解らなかったが――――
「…いいぜ。返してやるよ」
大きなため息をついた
「わっ…」
すると、アングラハイフによって押し出された澪が、前に出てよろめいた。
ただし、彼女は腕を縛られたまま放り出されたので、そのまま体勢を崩して転げそうになる―――――が、倒れる前にソルナが瞬時に駆け寄ることでぶつけることなく終わる。
「…嬢ちゃんも、行きな…」
「あ…」
後ろから声が響いてきたので、私は思わず振り向く。
私を見下ろす
「奏…」
「ヤド…」
ゆっくりと歩き出し、私はヤドの目の前にたどり着く。
「あの後、どうやって勝ったのか」等、彼に聞きたい事はたくさんある。しかし、今は目の前にいる青年が無事という安堵した気持ちでいっぱいのため、言葉がうまく思いつかなかった。
「…じゃあ、俺らはさっさと帰らせてもらうっすね」
その後、ソルナが吐き捨てるように
ソルナも多分本当は、
私は、ソルナの後姿を見据えながら、ふと考え事をする。
彼の側には、澪が立っている。しかし、弱っているせいかソルナから肩を借りて歩いているようだ。弱っているであろう澪を帰らせるために、自分の都合を後回しにしたのが見てとれる。その恋人同士みたいな関係を垣間見た私は、不意にヤドが名前を呼んでいた“彼女”について考える。
あんなに必死な
そう思いながら、ヤドの背中を見つめる。
また、彼の横にいるベイカーは、ソルナが見つけたデュランを肩に担いでくれていた。
「くそ野郎が……」
「え…?」
突然、後ろから
声を聞いた私は、不意にその場で立ち止まる。
「
「なっ…!!?」
その
「てめぇ…もしかして、今回の一件…!!?」
そして、その先を口にしようとした。しかし―――――――――――――
「あーーーあ。もう少しで完璧だったのに、ネタばらしちゃうとは…ね」
私の背後から、聞き覚えがある声が響く。
聴こえた途端、私の背筋に悪寒が走る。同時に、息苦しい感覚がしていた。
「奏…!!」
「っ…!!?」
少し離れた場所で澪の声が聞こえた事で、私は自身の状況を悟る。
「香園……てめぇか…!!」
そう述べたヤドの瞳には、明らかに殺気が宿っていた。
突然、背後から現れて私の口を手で塞いだのは、ここにはいないはずのアングラハイフ―――――――香園だったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます