第17話 交差する思惑
「いらっしゃいませ!受付表にお名前とご利用時間を記入してください!」
店内に入ってきた私に対し、スタッフが声をかけてくれた。
私は挙動不審になりながらも、受付表に名前を書く。そんな自分の後ろには、一言も話さず、黙ったまま成り行きを見守るヤドとソルナが立っている。
あれからヤドに連絡を取った後、一か所に集まって話し合う事になった。しかし、澪さんがいない事で普段利用している空間が利用困難なため、他人に話を聞かれにくい――――ある程度防音がある、新宿駅前のカラオケボックスに来たのである。
「あーー!!物音立てないで入るのって、結構きついっすね!!」
受付を済ませて指定の部屋に入ると、ソルナが大きなため息まじりでそう口にした。
「まぁ、奏がカラオケボックスの会員証を持っていたのが、不幸中の幸いか…。とりあえず、ベイカーは今店を出たとか言っていたから、もう少しで到着すると思うぜ」
すると、スマホ片手にヤドも話していた。
彼曰く、長身のアングラハイフであるベイカーは、普段は本屋でアルバイトをしているらしい。「以前にお話ししたはずなのですがね」と苦笑いしながら教えられたのを、覚えている。
「ひとまず…ベイカーが来るまでに、話の整理をしておこう」
ヤドがそう切り出すと、私やソルナは真剣な表情へと変わったのである。
澪さんを拉致した”ルシアルト・ファミリー”は、彼女のスマートフォンを利用して、私のスマートフォンに動画のURLを送信する。相手の要求は”私”が彼らの
「問題は…連中がなぜ、
「一番考えられるのは、香園と繋がっているということだろうけど…
ヤドとソルナが話す中、私たち3人はその場で考え込んでしまう。
「案外、”わたしたちを連れてきてよい”という方が、本来の目的かもしれませんよ」
「あ…ベイカー!!」
3人が考え込んでいると、遅れてやってきたベイカーがドアの前に立っていた。
「ベイカー…。それは一体、どういう事だ…?」
ヤドが、ベイカーに問いかける。
どうやら、彼が口にしていた
「奏さんは、要求を呑ませるための保険。よって、本当はわたしやソルナ。そして、ヤド…貴方と腕比べでもしたいというのが、本来の目的かもしれませんよ?」
「成程…」
ベイカーの返答を聞いたヤドは、何となく同意をしていた。
「わたしは”ルシアルト・ファミリー”の面子は誰とも面識はないですが…ソルナ、貴方はどうですか?」
ベイカーの視線が再びソルナに向いた時、彼は体を一瞬震わせていた。
「あー……。動画見て思い出したけど、その
「…”絶対会った”とは言い切れないんですか?」
たどたどしい口調で話すソルナに対し、私は首をかしげながら問いかける。
「あんまり俺は記憶能力には優れてはいないっすからねぇー…。まぁ、面識あるとするならば、コミュニティー加入の誘いを断るくらいだろうけど!」
私の問いにソルナは答えてくれたが、どこかなげやりな風に感じられる。
「はぁ…まぁ、いい。兎に角、指定されたチャットを開いて、奴らに連絡しよう。でないと、こっちも作戦を立てられねぇからな…」
ソルナのいい加減さにあきれたヤドは、すぐに持参したノートパソコンを取り出す。
思えば、”アングラハイフ”と呼ばれる彼らが普通にパソコンやスマホをいじるのは、ある意味新鮮かもなぁ…
私は、ヤドがチャットを開くまでの準備をしている間、そんな事を考えていた。
チャットを開いた後、私が”動画確認済み。この後の指示を教えてほしい”とキーボードで打ち込み、返信を待った。そして、ヤド達が食い入るようにパソコンの画面を見ている。
「住所らしきものの表記と、この”グデジャイロ”って名前の店…。ここに来いって事か…?」
「あ…続きがきたよ!」
向こうからの返事をヤドが読み上げていると、1分も経たない内に次のメッセージが届いたのを、私が発見する。
向こうが指定したお店は、どうやら新宿区内にあるインターネットカフェのようで、各々が指定された番号のブースに入れという事らしい。オープンスペースだと他者の目があるが、おそらく指定された番号のブースは個室タイプになっている場所だろう。
「これって…如何にも罠っぽいっすよね?」
「確かに…。しかし、我々が彼らの
この要求のし方を見て、流石にソルナでも何かあるという考えにたどり着いたようだ。
「まぁ、あとは今回の一件を利用して、噂の真実とやらを確認するのもありかもしれねぇな」
「ヤド…それは、デュアンの件ですね?」
ヤドが不敵な笑みを浮かべて呟いていると、ベイカーが彼に声をかける。
その
「連中の狙いが何にせよ、俺達と
皮肉るような口調で言ってはいるが、今はかえって心強いともいえるヤドの
「“話し合いで済まない事態”になる可能性が高い場合だと、向うも“やりやすい環境”を作ってくれているかもしれないですしね」
そこに、笑みを浮かべたベイカーの一言が入ってくる。
「何か二人共、笑みが不気味っすね。特にヤド…」
それを目の前で見ていたソルナは、少し疲れたような表情をしている。
そんな彼らをよそに、私は独り考え事をしていた。
あの怖そうな人達の所へ行くのは気が進まないけど…何もしないよりはまし…だよね…!
得体のしれない
私達が澪さんを助けるための作戦を立てていたのとほぼ同じ頃――――――
「
「んー…?」
人気がない高層ビルの屋上にて、モスフェルドは香園に声をかけていた。
その近くには、同じコミュニティー仲間である桜花もいる。
「あの女…
口調はけだるそうだが、真剣な表情をしながら彼は黒髪のアングラハイフに尋ねる。
当の香園は二人に背を向けていたが、側にいた桜花は瞬きを数回していた。
「モスフェルド…。君、もしかしてあの
「え…」
その困惑した表情を確認した香園は、フッと哂っていた。
「…僕も、あの女自体はどうでもいいですが…貴方がどういった所以で僕らに監視を命じたのか、気にはなっています」
モスフェルドに助け船を出したつもりではないだろうが、そこに桜花が話に入ってくる。
その際、香園の視線が桜花にも向いたが、すぐに背を向ける。そして、眼下に広がる街の景色を見下ろしながら口を開いた。
「今回の一件が上手く進んだら、話してあげるよ。まぁ、流石に”失敗させるつもりはない”けどね…」
「報復…か…」
香園が意味深な
「まぁ、先日起きたという”酸素カプセル店占領事件”は、ある意味で好機だったともいうべきでしょうか」
「桜花…?」
桜花が呟くと、詳細を知らないモスフェルドは首を傾げる。
モスフェルドはおそらく、彼らのコミュニティー内では肉体派であり、頭脳明晰な方ではないのだろう。
「まぁ、人間にしろ僕らにしろ…何事にも”因果は巡る”ものなんだよね…きっと…」
そう呟く香園の背中を、桜花とモスフェルドは見つめる。
当の本人は、悲しそうな表情をしながら眼下の景色を見つめていた。同時に、物思いにふけっていたのである。
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