戦争

★帝歴2501年 10月1日午前10時 ヒューパ領境 ホラ男爵 (イエルク・フォン・ホラ)


「イエルク様、敵の陣地が確認されました、これより約1km先の街道に約300、ほぼパイク長槍兵。陣地には障害物と馬防柵がほどこしてあり、騎士殿の接近を阻んでおります」


 領境のホラ領内の村から今朝発って、昼前にヒューパ領に入って早々、行軍中のホラ男爵の元へ、斥候からの報告が入ってきた。

「わかった、下がって良い」


 一度斥候を下がらせ、報告のあった敵陣が目視できる500m程手前で、軍を停止させ、自陣を開く。

 500m離れたヒューパ陣には、ヒューパ男爵家の旗がはためいている。獲物はここに到着しているようだ。


 ホラ男爵は陣営の天幕に騎士5名とヤーコプ神父を集めて、地図を見ながら軍議を始めた。

 以前少しおかしな動きをしていた騎士のライナーとベルトルトは、城の守備のためにここにはいない。ヤーコプ神父が嫌な感じがすると進言して、留守番部隊に入れられたからだ。


 ホラ男爵は、地図と自分自身がその目で見た地形を合わせながら、ヒューパの陣容を予想してみるが、恐らく目の前の馬防柵と障害物だけで守る陣容ではなく、左に見える崖側に何かの伏兵をおいているのではと考えていた。


 ホラ男爵は自分の考えを整理するためにも、参謀のヤーコプ神父の意見を聞いてみることにする。


「ヤーコプ神父、この地図を見て、どう思うか?」


「はっ、地形を見るに、崖と川に挟まれた狭い隘路に陣地を設営しておりまするな、これは兵力差があり兵数の多い軍を相手に戦うのに有効な陣構えです。我々の軍勢を狭い場所に誘い込み、包囲されないよう数の差を封じ込めるつもりでしょう」


「うむ」


「目に見える範囲ですが、二重に作られた馬防柵や障害物等、第一防衛ライン、第二防衛ラインと敵のいる場所まで距離があります、単なる騎兵への足止め対策とは考えにくいですな、飛び道具を注意する必要があります。以上の事から、反対側の崖の上に弓兵等の伏兵を配置すれば、馬防柵や障害物を乗り越えている間に弓矢を降らせ、我々ホラ軍を相手に互角の戦いとされてしまうのではないかと予想されます」


「それは、厄介だな」


「はっ、では、伏兵の確認と敵の強さを量るために、少数の傭兵と貧民兵を使って威力偵察を行ってみるはいかがでしょうか。威力偵察の結果次第では、迂回路を取る事を進言いたします」


「なるほどな、では威力偵察の件は却下する」


「えっ」


「敵陣の旗を見よ、わざわざヒューパ男爵自身までやってきて全勢力をここに結集しているではないか、狭い場所で叩き潰してしまえば、たった一回で全ては終わる。確かに手強い陣構えだが、これは逆にチャンスだ。貧民兵を突入させ、馬防柵や障害物を取り除かせろ。奴らを一気に叩くぞ」


 ホラ男爵は、学問を収めてはいないが、幼い頃から数多くの喧嘩や、長じてから多くの実戦に参加してきた実績がある。勝負勘所は、決して悪くはなかった。


 ヤーコプ神父もホラ男爵の勝負勘に少々驚きを持ちながら、その意図を汲み取る。

「かしこまりました、では貧民兵が敵の正面まで取り付く事ができたら、イエルク様他騎士の皆様には、最も危険で最も華々しい役割をお願い致しましてもよろしいでしょうか」


「うむ」


 ホラ男爵は、自分の真意を汲みとったヤーコプ神父の深謀にニヤリとうなずき、作戦の許可を出した。


「全軍に指示を、貧民兵を率いる傭兵頭に通達、全貧民兵500を前進させよ、馬防柵及び、障害物の撤去と敵最前線への攻撃を命ずる。騎士殿達と傭兵200は私の指示があるまで、ここの陣営で待機」



 先鋒、貧民兵500が前進を開始した。



★帝歴2501年10月1日午後1時 ヒューパ領境 ヒューパ男爵 (アルベルト・フォン・ヒューパ)


http://17585.mitemin.net/i205285/ (戦図:ミテミンUpload)


 前日夜、アルベルト男爵は、ホラからの敵軍出発の報から丸一日で領境の防衛陣地まで到着すると、すぐに防衛陣地構築を任せていた騎士トードから現地の状況などを確認した。


 騎士トードの報告では、パイクを持たせた住民たちの士気は悪くなく、自分たちの土地を守るために戦う気は満ちている。


 朝には、ホラ軍の動きを監視していたムンドーが陣地に到着し、ホラ軍の進路は予想通りここへとまっすぐやってきていたのを確認、そして弓兵100をムンドーに預けて、崖上へと通じる山道を使って上からの援護射撃を指示する。


 今のところは、予定通り進んでいて問題はない、後方からの支援の体制もティアが予想外に頑張ってくれているおかげでなんとかなりそうだ。

 後は、この場所で防衛に徹し、ホラ軍を一ヶ月程度付けにしてしまえば、敵の主力部隊の傭兵団は略奪も行えず、配下への給料の支払いが膨大に膨れ上がって、自然とホラ軍は瓦解するだろう。

 兵力差はあるが、ホラ軍の弱点は資金にある、正面から殴りあうだけが戦争ではない、敵の弱点を上手く付けば戦いになるだろう。



 昼過ぎにはホラの軍勢も布陣を済ませ、お互いの睨み合いから敵のホラ軍が動き出す。

 まず最初に動いたのは、盾と短槍を持っただけの貧相な装備をした軍だ、よく見ると人族もいるが獣人や亜人が多く、その姿は痩せ細っている。

 ムンドー達弓兵が上から、通常の弓矢を敵の頭上に降らせて倒していくが、敵は、最初から矢が降ってくるのを予想していたのか、盾を上に向けて移動していたため、思ったほどの戦果はでていない。手をこまねいている内に、そのまま第一防衛ラインの馬防柵へと取り付かれてしまった。


 敵が、馬防柵を取り除く作業をしていた時は、さすがに、上からの弓矢を防ぐ事が難しく、どんどん倒れていくが、彼らは粘り強く作業を続け、第一防衛ラインを突破してしまった。


 第一防衛ラインと第二防衛ラインの間の障害物も同様に排除されていく。上から降ってくる弓矢の中での作業で、最初は約500程いた敵ホラの部隊は、3分の1を犠牲にして300人程度まで減りながら、第二防衛ラインにいるパイク長槍兵の前まで迫ってきた。

 ホラ兵士の後ろにいる傭兵らしき指揮官が叫んでいる。よく見ると、逃げ出そうとした兵士を切り捨てて、恐怖を推進力にして前に出てきてるじゃないか。

 ろくでもない方法で兵を運用してやがる。


http://17585.mitemin.net/i205286/ (戦図:ミテミンUpload)


 最初の予定とはかなり違っているが、いくさは予定通りに動いた試しが無い。一度動き出したら、その勢いをどう自分のものにするのかが戦の要点だ。

 今回の動きはちょっとマズイ方向に動いていたが、まだこちら側のパイク長槍のリーチが長いおかげで、馬防柵に取り付いた敵を簡単に倒している。

 市民募集の兵隊にしては、粘り強い戦いをしてくれていた。


 これは勝てそうだと、アルベルトは思った。

 敵軍は、自分から兵力を無駄に損耗させてくれている。後方の傭兵約200と騎士達はまだ動いていない。

 むしろ傭兵達がそのまま残って、維持すればするほど、ますますホラの必要とする資金は減っていく。

 一番恐ろしい騎士は、今目の前の馬防柵にとりついているホラの兵士達が邪魔で、騎士が動けるスペースが生まれる頃には、今目の前に来ている集団は軍としての体をなしてないだろう。



 敵は、軍同士の連携が全く取れてないので、それほど恐れる必要もなく、アルベルトは、淡々と指示を出して行く。


「よし、爺さん達8番隊、予備兵力と交代だ」

 今回の戦争は、長期戦が目的だ。余裕のなくなった場所へ予備兵力を投入して、交代と休息を与える。


「爺さん、年なのによく頑張ってくれた。一端下がって休憩してくれ」


「何の殿様、ワシらはまだまだ大丈夫じゃわい」「そうじゃ、まだやれるぞ」


「ははは、頼もしいな、だが爺様達、この戦いは長期戦で戦うからな、休める時にしっかり休んでくれ」


 兵士の疲れや、損耗具合を見て前線を入れ替えていく。今は怖いぐらい予定通りに進んでくれている。もう少し粘れば、敵主力の経戦能力も挽回不能な線を超えるだろう。

「勝ったな」


 アルベルト男爵が、戦況を楽観視した時、ヒューパ軍の左翼に異変が起きていた。


「アルベルト様、左翼の川を敵が渡ろうとしています」


 クルツァ川側には、川の中を通って抜けてこられないよう一番兵力を分厚く当てていたが、敵はここに兵力を集中して突破する事に賭けたのだろう。

 確認をすると、攻撃を受けている左翼への圧力が、高くなっている。下手をすると突破される。


「よし、予備隊2つを回す」


 一端予備隊が尽きるが、後方で休ませている50の兵がまだいる。もう少し休ませても大丈夫だろう。



 これはある種のスキ、油断であったのだろう、歴史上の優秀な将軍でも魔に取り憑かれる瞬間がある。この時のアルベルトがそうであった。


 油断が、一瞬の魔の時間を生み出してしまった。



 地響きが聞こえてくる。


http://17585.mitemin.net/i205287/ (戦図:ミテミンUpload)


 ドドドドドドド、wgだdたt…やめて…れー…glだmっlj…うわー


 何か様子がおかしい、敵の後方から地鳴りと叫んでいる声がヒューパ軍の後方から指揮をしていたアルベルトの元まで届いてきた。


 異変に気がついて、音の方向を見た時にはすでに遅かった、敵の騎士は自分たちの兵士の上を踏み潰しながら6体の騎士が並んで最前線へと突き進み、後ろからの圧力で馬蹄に押しつぶされた敵兵ごと、精霊魔法の乗った魔石槍で馬防柵を吹き飛ばす。

 騎士を止める馬防柵が無くなり、ホラの騎士隊がヒューパ軍の中へと飛び込んで、ヒューパの戦列に大穴を開けようとしていた。


「しまった、予備兵力をっ……」


 予備兵力によって穴を塞ごうとしたが、その予備兵力が無い。

 最悪だ。


 それにしても、奴らは鬼かっ!


 密集した味方を後ろから踏み潰して道を強引に作り、味方の肉体ごと馬防柵を吹き飛ばす、その酷薄な用兵にアルベルトは戦慄をしながら、次の一手を考える。



 騎士の乗る馬は、通常のサラブレッドのような競走馬と違い、巨大な体躯で金属鎧に身を包んだ騎士を乗せて走るため、品種改良により強く大きくなった。

 この巨大な馬に乗った騎士が、味方の軍勢を踏み潰しながら最前線へと突き進み、その後ろからは、傭兵隊200が続いていた。



 崖の上にいるムンドー達からの弓矢が降り注ぐが、さっきまでの勢いはすでにない。矢の補給が間に合わず、多くの弓兵は矢を撃ちたくても撃てない状態になっていた。最悪のタイミングに最悪の状態になっている。



 馬防柵を吹き飛ばし、乗り込んできた騎士の勢いの前に、ヒューパのパイク兵は対応が間に合わなくなる。

 離れた相手に密集状態で突き出される長槍の威力は、集団の接近戦において非常に有効な攻撃手段ではあるのだが、一度戦列を突破されると、長い槍のため、急な方向転換ができず、あっという間に騎士の馬蹄の下敷きになり、兵士たちは挽肉に変わって行く。

 騎士のこじ開けた隙間からは、傭兵たち約200が殺到してくる。


 こうなると、硬く強固だった防御ラインもあっという間に崩壊して、兵士たちは散り散りに逃げ出す。

 ヒューパの騎士たちの戦線に留まるよう指示する声も無視して、狂憤に駆られた兵士たちは、パイクを投げ捨て、鉄兜を放り投げてバラバラに走って逃げ出す。


http://17585.mitemin.net/i205288/ (戦図:ミテミンUpload)


 この頃になると、ようやく、崖上のムンドー率いる弓兵達への補給が間に合い、弓矢が降り注ぎだしたが、時はすでに遅く、前線の崩壊は決定的になっていた。

 それでもムンドーは、ヒューパの兵士を襲っている騎士を狙い、魔石付きの矢で狙撃をしていくが、倒しきる事はできず、ホラの騎士たちは悠々と後方へと下がっていった。

 ホラの騎士達は、後方へ下がったが、崩壊した戦線を大量の傭兵隊が食い荒らす。


 断崖からは、味方の撤退を支援するためムンドー達弓兵が必死で矢をつがえ続けていた。



 下では、ヒューパ男爵アルベルトが、前線から少し離れた場所で休息をしていた兵士たち約50名をまとめ、散り散りに逃げようとする味方の撤退支援の殿軍を行おうとしていた。

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