第83話 再会と変化と



タグが変わらずに私の名を呼んでくれる。


当たり前のことなのに嬉しい。


そして、魔王でも、ずっと好きだといってくれた。


嬉しい。




そういう意味ではないってわかっているのに、嬉しい。


どうしよう。涙がでてきてしまいそうだ。

なんて思っていたら腕を優しくつかまれて考える間も無くタグの方へ引き寄せられた。



目の前にあるタグの胸は細いのになんだか逞しくてとてもあたたかい。


腰と肩にまわされた手もあたたかい。


私も自然とタグに手を伸ばしていた。


出会ったころは、私より頭一つ分小さかったタグに今はすっぽりとおさめられていることがなんだか不思議だ。


「な、仲間としての、ね。」

どこかぎこちないその言葉に私は少し心を痛めながらも

「うん、わかってるよ。」

私とタグは、仲間、だもんね。



「私もね、変わらない」

不意に、意図せず漏れる言葉。


考えるという過程をすり抜けて心の中の想いが溢れでる。


「なにがあってもずっと好きだから」


言葉にしたら一気に顔が熱くなった。


けど不思議と清々しい。



まわされているタグの手に少し力が入る。



「……それは、どういう……」


「なにやってんだよ、ボンボン」

そんな声にハッとして自然とパッと離れる私とタグ。



声のした方を見れば私に斬りかかってきたあの男の子が、肩にぐったりとしたティアナを抱えて立っていた。



「ティアナ……!」

慌てて駆け出した私だけどすぐに手首を掴まれる。


「待って、ベジ。」

そういうタグに戸惑う。


「でも、ティアナが」

そういっている私の前にでてその少年と向き合うタグ。



……なんだか、大きくなったなあ。





私の前に広がる頼もしい大きな背中に微笑ましくなる。



「リリ、どういうつもりだ」


やがてタグが紡いだのはそんな言葉。

?二人は知り合いなのかな。



「……ただ、こいつが騒がしくて」


若干渋るようにしながらそう言葉を紡ぐ少年。


……う〜ん、よく見ると誰かに似てるような。


「知られた。から、告った。そしたらリリィを返せって大騒ぎ。以上」


簡潔にそういう少年。

暫くの沈黙。


「は、はあ?それは一体」


「……ティアナはリリィちゃんがいいんだとよ。だから俺は消えるよ。ただティアナを連れ帰ってからな。んで、天使どもに頭下げて記憶消してもらうさ」


「…………天使に記憶を消してもらうと……今そう、いったのか?」


タグが半信半疑といった感じでそうたずねるとしくじったというような顔つきで

「もういいだろ。じゃあな」

という。


「なっ!まてよ!」

そんなタグの制止の声も虚しく響くだけ。


そこにはもう、誰もいなかった……。


「タグ、あの人はタグの知り合い?ティアナは大丈夫なの?」

なんて私がたずねるも返事は得られない。


「タグ?」


不思議に思ってタグの顔を覗き込むと険しい表情でなにやらブツブツと独り言をいっていた。


「セレナの記憶……もしかして……いやでも」


「タグ!」


少し大きな声を出すとタグがハッとした表情をしてやっとこちらに気がついてくれる。


「どうかしたの?あと、ティアナのこと連れてっちゃったあの人は……」


「あ、ああ。彼はリリっていって、リリィのもう一つの人格なんだ。だからつまり彼はリリィで、それで、あいつティアナのこと好きらしいからだからティアナに危害が加えられる心配はないと思う」


「……?」


「ごめん、わかりづらいよね。もっとうまく言えたらいいんだけど……」


さっきブツブツとつぶやいていたことが気になるのだろうか。

どこかボーッとした様子が垣間見えるタグ。


「そんなことないよ。ただ私がそういう小難しいのわからないってだけで」


「そんなこと」

なんていって少し間があいて二人少しの間見つめ合う。


たったそれだけのことなのにただ少しの間目が合っていただけなのに何故か胸が苦しくなって締め付けられるような、でも幸せなそんな感じがした。


「セ、セレナのところ、行こうか」

やがてどこかぎこちなくタグがそういうから私は少し小首を傾げて

「セレナはいまどこにいるの?」

と問う。


魔王のこととかタグへの想いのことでいっぱいいっぱいになってしまっていた。


「実はグレーテルを探しにいってるんだ」

そういわれてハッとする。


そういえばグレーテル途中から……


「カーラのとこにいるんじゃないかって、そういってた。だからとりあえずカーラを探して、カーラのとこに行ってみよう。そうすればわかるはずだよ」


「うん、そうだね」

なんて答えて、私たちは早速、カーラを探すことにした……。







蒼の国を出てしばらく泳ぐとやがて翠の海が見えてくる。

特に壁などもなく、カーラたちと通ったあそこが本当に嘘ものだったのだと思わされる。

翠の海を泳いでしばらく、今までどこにも人影がなかったのに不意に目の前にポツリポツリと人影が見え始めてくる。

そしてその数は段々と尋常じゃないものになっていく。


「なんだろう、あれ……」


2、3人ならまだしも10、20と増えてく人影に恐怖を覚えていると

「大丈夫。ベジは下がってて」

なんていって私の前にかばうようにさっと腕を伸ばしてくれるタグ。


頼もしいなあ。

けれど段々と、その人たちが顔が認識できるくらい近づいてくると私とタグはビックリして声を上げる。


「セレナ」


「グレーテル」


そう、その集団の先頭にいたのはセレナとグレーテル。

そしてその後ろにいたのはあの、翠の海の荒くれ者たち。


「どういうことだ?……」

しかも、セレナの隣にはカーラの姿もある。

セレナはカーラに対してすごく怒ってたのに……



やがてこちらに気がついたらしいセレナがニヤリと笑みを浮かべる。


「……なんか嫌な予感……」


隣のタグがブルルッと身震いする。

そのことがおかしくて微笑む。

それからこちらに大きく手を振ってくる少し泣きそうなグレーテルに手を振り返した。




「で、無事玉は見つけられたわけ?」

やがて会話できるくらいに距離が縮まるとセレナがそう問うてくる。


「うん!なんとか」

なんていって笑んでみせるとセレナは「よくやったわね」なんていって頭を撫でてくれる。


好きだなあ。セレナにこうやって褒めてもらうの。


けれど、なんだか胸が痛む。


それはきっとわたしの心が小さくてセレナとタグが両想いであろうことをうまく受け入れられてないから……かな。

……ううん、かなじゃない。


私、きっと嫉妬してそしてセレナには叶わないって思ってそして、嫉妬してる。


セレナはこんなに素敵で、タグもこんなに素敵で……

なんだか泣きそうになるけどその感情をむりやり胸の奥に押し込んで目の前のセレナ、グレーテル、カーラ、そしてその後ろの翠の海の人魚さんたちをみやる。


「カーラたちはどうしてここに?」

「そうだよ、一体どういうこと」

そういって厳しい目つきでカーラたちを一瞥するタグ。


「ま、詳しい話は落ち着いてからしましょ。カーラ、どっかここらに話せるとこはない」

セレナが親しげにそういうものだから余計驚いてしまう。

一体なにがあったんだろう。

「そうだね。あっちに大きめの洞穴があるはずだよ。そこならゆっくり話もできるだろう」

「わかったわ。じゃ、いくわよ、ベジ、坊主」

そういうセレナにカーラ共々翠の海の荒くれ者さんたちがついていくのを呆然と見つめる私とタグ。

ほんとにどういうことだろう。

と思ったら隣にグレーテルがいた。

「怖かった……」

吐き出すように呟いてからこちらをみやったまま固まってしまうグレーテルに小首を傾げる私。

「どうしたの、グレーテル」

優しくそう声をかけるとグレーテルの表情がみるみるうちに崩れていく。

そしてスミレ色の瞳から涙が溢れ出す。

といってもここは海の中だから涙はすぐに海水に溶けてしまっているけど。

でも、表情や声音からグレーテルが泣いているんだってことがハッキリ分かった。

「ごめんね、グレーテル」

そういうとそっとグレーテルを抱きしめる。

お母さんが子供をあやすように。

グレーテルはヒッグヒッグといいながら

「ベジさんは悪くないです。ただリリーがあそこを出るとき、僕だけ魔法で連れ出してくれなかったから」

という。

そっか。そういえば私たちはカーラのところからリリーの魔法で脱出したんだった。

「気づくのが遅れてごめんね」

不意に隣にあたたかさがやってくる。

タグだ。

優しい、それこそお父さんみたいな表情でグレーテルの頭を撫でる。

やがてグレーテルは落ち着いてくるとどこか嬉しそうにほほえんで

「なんだか二人、本当のお父さんとお母さんみたいです」

という。

お父さんとお母さんみたいかあ。

確かに私も小さい頃泣いた時お母さんに抱きしめられお父さんに頭を撫でられてたかもなあ。

なんて思ってるとタグがどこか動揺したように

「なっ!お、お父さんとお母さんなんて。そんなベ、ベジとそんな」

「?私?」

不思議に思ってタグを見やると不意に目線があって、タグはなぜか真っ赤になって、それを誤魔化すように

「さ、先に言ってるね」

といって、いってしまった。


どういうことだろう?


「タグ、怒ってるのかな……」

不意に漏れるそんなつぶやきにグレーテルはクスリと笑う。

「そんなわけないじゃないですか。その反対ですよ」

「?グレーテル、それってどういうこと?」

「それをいったら本当に僕がタグさんに怒られるのでいえません」

少しふざけた感じでそういうとグレーテルもまた、泳ぎだす。

「ベジさん、行きましょ」

「うん」

そう答えながらどういうことなんだろう、とずっとそんなこと思ってた。



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