第78話 真意

「じゃ、さっそく私たちは表門から侵入だよ!でもその前にね、タグくんにお話したいことがあるの」


「えっと、なに」


可愛らしい笑顔をこちらに向け、クネッとして下から僕の顔を覗き込んでくるリリーに思わず苦笑いになる。


なんだか、こういうタイプは苦手だ。学校でも一人や二人はいたが関わったことはそんなになかったし、ましてや二人きりだなんて……


どうしよう。あまりぎこちなくなってないといいけど。


「私、タグくんのことが好き。」


「…………は、はあ?」


「それをいいたくてね」


照れたようにそういうリリィはやはり可愛いと思う。


けれど、それは一般的な可愛さ、であって、ベジに感じるような胸があたたかくなってギュッと締め付けられるようなものとはまた別物だ。


上目遣いでこちらを見ながら少しずつこちらに近寄ってくるリリィに思わず後ずさりし続けけていたらやがて背中にトンッと岩壁が当たる。


「ねえ、タグくん」


すり寄るように、僕の目線にやってきて、逃がさないというというように左右の岩壁に手を置くリリィ。


「な、なに」


そっぽを向きできるだけ顔の距離を遠ざけるようにしながらそういうとこれでもかとグッと顔が近づいてきてそっちを見ざるをえなくなる。

途端鼻先すれすれまでやってくるリリィの顔。


「ちょ、な」


何をしようとしてるのかなんとなくわかって慌てて思い切りリリィを押し返す。


「な、な、なな、なにするんだよ」

羞恥と混乱で真っ赤になりながらそういうと

「いったーい。そっちこそなにするのよぅ、タグくん」

と返してくるリリィ。


「き、君が悪いんだろ。そんな、いきなり初対面の相手とき……き……」


「キスしようとしたこと?」


リリィがひどく平然とした様子でそういってのけるものだから僕はもうやけになって「そうだよ!」と叫ぶ。


「うーん。だって、好きなんだもん」

ひどく純粋にそういうから慌ててる僕がなんだか馬鹿みたいに思えてきて、

「僕は好きじゃない。そもそも会ったばかりじゃないか」

とひどく冷たい口調で言ってしまう。


言い終えてからキツかったかな、もう少し優しくいえばよかった、なんて考えだす。


でもリリィは案外平気そうだ。


「そっかぁ。じゃあ、タグくんも、相手が好きな人だったらするの?」


「そりゃまあ、もちろん」


そう答えてからモヤモヤと、ベジとキスする、という絶対にありえない夢のような状況が頭に浮かんできてボッと頬を赤く染める僕。


なんだか恥ずかしい……

こんな破廉恥なこと考えてベジにも失礼だ。


「そっか。なるほどね。じゃあ、ティアナちゃんには?」


「え?ティアナ?」


「する?しない?」


「しないけど……」


「なんで」


「なんでって、ティアナはそういうんじゃないから。」


「……そういうんじゃない、ねえ。」


先ほどまでひどく高かったリリィ独特の声のトーンが一気に下がり驚く僕。

何かまずいことをいったろうか?


「さぁ〜てと、茶番も疲れてきたからネタバラシ〜」


なんだか人が変わってしまったみたいにリリィの様子が先ほどと打って変わっている。


無邪気で元気な可愛いらしい少女はもうそこにはおらず、ただ無の表情をたたえる少女とも…………少年ともとれない……

そうぼんやりと思いながら、いや少年ってなんだよ、と自分の中でツッコミを入れようとする。

でもそんな隙なかった。

途端目の前に現れたのは、というか、先ほどまでそこに確かにリリィがいたのだからリリィ本人だと思われるその人は、見た目的には先ほどまでのリリィをそのまま男の子にしたような、少年の姿をした人魚だった。

表情がこれ以上ないくらい研ぎ澄まされている。

まるで殺し屋のような死んだーー人をためらいなく殺してしまいそうな深い憂いをたたえた、オッドアイの瞳。

濃紺の髪は短くなって口元にはセレナともまた違う不敵な笑みが宿っている。


「あーあ、ほんと、リリィちゃんだよーとか気持ちわり。吐きそ」


「………………なにを……いってるんだ?」

呆然としながらそう問う。


「なにって?本音だよ、本音。聞いててわかんねえの?」


小生意気でそれでいてこちらを威圧してくるような雰囲気。

とてもじゃないが先ほどまでそこにいたリリィ本人とは思えない。そもそも性別だって違うし。


「君は、リリィ、なのか?」

やがてそう呟くようにいうとその人は面倒そうに頭をポリポリとかいてから

「たりめえだろ。なに見てたんだよ。て、まあ、はリリィじゃねえけど……」


はリリィじゃない?」


「あーったくめんどいな」

そういうとイライラしたように、

「この体の中にはリリィと俺。二人いんだよ」

という。


「え……。じゃあ、さっきのはリリィで今の君は」


「そ。俺はリリっつー別人格。わかったか、ボンボン」


「ボ、ボンボン?」


「お前いかにもボンボンって顔してるし似合いじゃねえか」


「……はあ……」


先ほどまでのリリィはリリィで苦手だったがこちらはこちらでとても苦手だ。

「悪いけどさあ、お前は俺と一緒に汚れ役な」


「は?」


「は?ってなんだよ。作戦のことだろうが」


「あ、ああ」


「なんだよ、お前。ほんとマヌケヅラだな。こんなやつがティアナの……とかマジありえねえ」


「え?」


「なんでもねえよ。とにかくさっきの。リリィのやつがやってたのが報酬ってことで、な」


報酬もなにも、これは作戦なんだし僕は傭兵でもなんでもないんだからといいたくなる。

しかも、リリィのやつがさっきやってたの、ってあのこと……キスしようとしたことだろうか?考えただけでも恥ずかしい。


「こんなことお前に教えたくねえけど俺、人形をぶっ倒すのは得意なんだよ」


「……はあっ?!」


どうしよう。さすがの僕もこの怒涛の展開は飲み込めない。

今まで物語だって文献だって数え切れないくらい読み込んできた。その中で急な展開もの

もよく見たし唐突な展開にもある程度追いつけるとなんとなく自負している自分がいた。

けれどさすがにこの展開はおいつけない。


「んで、ついでに言えば、リリィのやつは元姫な。だからさー、ここ、俺の故郷でもあるわけよ」


「…………ちょ、ちょっと待ってくれ。一旦整理させてくれないか?」


「はぁ?めんどくせえな。早く済ませろよ」


「君はリリィとリリ、二つの人格と性別を持っていて、リリィはこの青の海の王家に連なるものってこと……か?ついでにいえばー白閃ルイティア約束ホーライズの一員でもある……と」


「足りねえ」


「え?何か言い忘れたか?けどとりあえずは」

そこまでいったところでリリの顔がすぐそこまでやってきて息を飲む。

これはただ単に恐怖からだ。けど、やはり男になっても見た目は可愛いらしい。性格に見合わず……


「足りてねえっていってんだよ」


リリのおでこが僕のおでこにグリグリと擦り付けられ髪の毛が擦れて痛い。

けれどなにより、なにが足りていないのか全くわからない。

僕の数少ない長所のうちのひとつは記憶力がいいこと……だったんだけどそれすら訂正しなくちゃいけないらしい。


「……ごめん。色々驚いてて忘れたみたい……」


やがてそう口にするとリリは僕からやっと離れ、離れたかと思ったらこれでもかというくらい長い長いため息をついてみせた。


「な、なに」


「そもそも言ってねえ!」


「は……はあ?……」


な、なんなんだよ、こいつ。

ソウみたいに、いやソウ以上におかしいぞ。


「いってなかったらわかるわけないだろ!」


やけになってそう叫ぶと

「たりめえだ!」

という。


ほんっとに意味がわからない。


彼いや、別人格であるというリリィは本当に王族に名を連ねていた人物なのか?

そう言えば名を連ねていたって過去形なんだよな……

さっき人魚をぶっ倒すのが得意だのなんだのと話していたけどそれが原因で……?


「タッくんはねいつも眉間にしわよせててね」


そんな甲高い声……なによりそのセリフに驚いた。

それは僕がティアナに再三言われてたことだから。

癖だから、といっても、あとになっちゃうよーそしたらタッくん若いうちからシワの数が増えちゃうんだよ、なんて真剣な顔していってきて。


最初のうちは嫌だったけど、なんでこいつはこんなにも、たった一つや二つのしわ、しかも自分のことじゃないのに、真剣なんだろうっておかしくなって最終的には笑ってしまったっけ。


「俺、ティアナちゃんのことが好きだから」


「……え?」


そんなティアナの、僕しか知らないようなモノマネをしたあと、そいつは唐突に元の声に戻ってぼそりとそういう。


ティアナを?……というか、ティアナって……


「お前には絶対渡さないぞ、ボンボン!」

そういって、ぼくよりひとまわりふた回り小さな体なのに僕より大きなハートをもった彼はこちらを大げさに指差してきた。


「はあ……」


やがて僕の口から吐き出されたのはそんな覇気のない弱々しい言葉だった。

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