番外編 恋とか愛とか2

ネイラさんが亡くなった。


三人で花畑に行ったあの日の翌々日のことだった。


永遠の眠りについたネイラさんの顔に浮かんでいたのは静かであたたかな笑みだった。


ニコも、私も、ネイラさんからその日が近いことを聞かされていたからまだショックは少ない方だった。

でも、それでも、やはり大切な人がいなくなってしまうことはとても辛く、悲しい。


ネイラさんがなぜ亡くなってしまたのか、病気なのかはたまた違う何かなのかは、わからなかった。


ニコはネイラさんが亡くなってから精神的に強くなった気がする。

前よりもしっかりして、そして口も上手くなった。


あれから結構な時が経った今では、イケメンで口もうまいということで村でも知らない人はおらず常に誰かしらに(若い女の子やおばさんたち)に取り合われている。


だからネイラさんから託された『あの子のことをお願い』という言葉もこれなら必要ないのでは?と思えて来てしまう。


だけれど……


「セレナ!」


女の子に囲まれて姿すら見えないニコの方を物陰からコソリと見やっていたら不意にそんな声が聞こえてくる。

キョロキョロと辺りを見回す。

あれ?今の確かにニコの声だと思ったんだけど……


「ここだよ」

なんて優しい声はすぐそこで聞こえてくる。

振り向いてみればニコはすぐ後ろにいて、振り返った拍子にその案外たくましい胸にぶつかってしまう。


「な、なんでそこに」

こんなに細っこいのに案外筋肉のある胸をしていたことに一人ドキドキしながらそういう。


「なんでって……セレナに会うため、じゃダメかな」

そういうニコには本当に困ってしまう。


私は小さい頃こそ尻尾の効果で異性を虜にしていたけれどある程度大きくなった今では素で(動作やら喋り口やらで)異性を虜にする方法も覚えた。


けれどニコはそれが全くもって効かない。

だからなんか、ドギマギしてしまう。

私らしくもない。



それに加えニコは……

私の気のせいかもしれないけれど

私と他の女の子に対する態度が少し違う気がする。

そのことを考えるとより頭の中がグシャグシャになってどうすれば良いのかわからなくなる。


ニコの前では男の子を誘惑してたぶらかす悪魔な私なんていなくなって、ただの女の子になってしまうのだ。


「ダメじゃないよ。むしろ……嬉しい」

照れながらもそう言葉を紡ぐとニコはあの甘い笑みを浮かべる。


「僕も嬉しい。今日は花畑に行かない?セレナに話したいことがあるんだ」


楽しそうにそういうから私もなんだか楽しくなってくる。


「もちろん!」








「セレナと二人でここに来るの久しぶりだね」


「そう?この間も来たじゃない」


「でもその時はラナがいたからね」


なんだか少しむくれたような口調でそういうから私は少し戸惑ってしまう。


今のは気のせいなのかな?気のせいじゃないとしたらそれって……


「ここ、座って」

そういってニコが座るよう促すのはちょうど花が咲いていないいつも私たちが座るお気に入りの場所。


「今日はラナはどうしたの?」

不意にそう言ってこちらを覗き込んで来るニコ。

端正な顔がすぐそこに来て爽やかな良い香りが鼻先をかすめる。

ほんと、ニコは憎たらしくなっちゃうくらいに魅力的だと思う。


「バァバのお手伝いをしてるの。私はもう終わったから少しだけ……」

そこまでいって言葉に詰まる。

ニコの顔を見に来た、なんていったらなんかおかしいかな。

ニコのことになると変に細かいことまで気にしちゃう。


「少しだけ、なに?」

ひどく優しい声でそういわれて、私はそっぽを向いて少し赤くなりながらも

「ニ、ニコに会いたくて」

という。


「そっか」

ヘナヘナと力が抜けてしまいそうな甘い声でそういわれて余計に赤くなってしまう私。

ほんとに、ニコにはしてやられてばかりだ。


そんな矢先、ギュッとスカートを握っていた手の上に何かが置かれる感触。

赤面した顔を隠すことも忘れそちらを見やる。

するとそこには淡い桃色をしたハンカチが置いてあった。

そのハンカチを見て暫く固まる私。

……確か、桃色のハンカチって……。


『そう。エルフの男性はプロポーズするときに女の人に桃色のハンカチを手渡すのよ』


不意に蘇るネイラさんの声。

……………………え……っと……

ってことは

「こ、これは、プ、ププ」

間抜けにも程があるが私はパニックのあまりプしか喋れなくなってしまう。


「プ、ププ、ププププ」

不意にニコの方から聞こえて来たのは堪え切れないといった感じで吹き出す音とクスクスという笑い声。


「そんなに驚くこと?僕は、いつも君を見ていたのに」


「な、なな」


「ねえ、セレナ、ハンカチを開いて見て」

そういわれて人形みたいに無機質な動きで折りたたまれたハンカチをゆっくり開いていく。


するとそこには淡い桃色によく映えるすみれ色の小さなお花がたくさんあった。


「それスターチルって花なんだよ」


「そうなんだ。綺麗」


パニックに陥ってたことも忘れてお花に夢中になる私。


「花言葉があるんだけど、知ってる?」


「え、ううん」


「私の想いをどうか受け取って」


「え」


「そういう花言葉なんだよ」


どこか楽しそうにクスクス笑いながらそういうニコ。

私の頬はこれ以上ないくらいに紅潮してくる。


「それから、あなたといると心が安らぐ」


もうどうしようもなくなってハンカチの縁をギュッと握りながら俯く私。


「最後に、永遠の愛」

頭から湯気が出るってまさにこういうことだ。なんてくだらないことを思いながらさらに俯く。

すると私の手にニコの白く細い手が添えられる。


「ダメ、かな。僕は母さんが亡くなって、本当は一人ばっちになるところだったけれど君がいてくれたから一人になることもなく、そして今こうしてここにいられるんだ。それになにより僕は君のことが好きだしこれからも一緒にいたいと思ってる」

そんな言葉を聞いているうちに徐々に頬の熱も引いてくる。

もちろん気恥ずかしさがおさまることはないけれど。

けれど今は、段々と状況を理解できてきた今は、恥ずかさよりも嬉しさの方がずっとずっと大きい。

私は顔を上げるとまっすぐにニコを見やる。


白く透明な陶器のような肌にハラリと落ちる細くサラサラした金髪。優しく細められたマリンブルーの瞳。甘い笑みを称える口元。


いつもはなかなか正視できないその姿はやはり絵画の中から飛び出して来たように美しい。


私はそんなニコにグッと顔を近づけ一つキスをする。

今まで余裕綽々だったニコが初めて表情を崩し、頬を桃色に染める。


私はそんなニコに自分の中で一番挑発的な表情をしてみせる。


「私はニコの優しいところとか変な花や虫を見ると暴走しちゃうとことか眠さが極限までくると白眼になっちゃうところとか甘いものは苦手でいつも野菜食べてるとことか皆んな皆んな大好きなの。ニコの好きなところ全部数え上げたら100個以上はあるんだから」

そういうと私は改めてその優しいマリンブルーの瞳を覗き込む。


今までずっと戸惑っては逃げて勘違いだと思い込もうとしていたけれどもうやめた。


だってもうこんなのニコのことが大好きで仕方ないから溢れてくる気持ちに決まってるもの。


「だから答えはもちろんOKよ。だけど私がニコの奥さんになったら他の女の子と会話するのも許してあげないんだから」

普段の私のような小悪魔的な口調。


ニコは暫くポーっとしてたけどやがてハッとした表情になる。


「それ僕と結婚してくれるってこと?ずっと一緒にいてくれてそして他の人をもう見ないでくれるってこと?僕だけのセレナでいてくれるってそういうこと?!」


「なにそれ」

そういってクスクス笑ってから微笑む私。


「当たり前じゃない」


するとニコは唐突に立ち上がりガッツポーズをする。

普段から温厚でホワホワしているニコがガッツポーズするなんて……。その違和感には思わず笑いが溢れる。


「やった!夢じゃない!!」

不意にそんな事を叫ぶニコに私はクスクスと笑いながら膝の上の桃色のハンカチとその上のスターチルのお花に目を落とした。


永遠の愛、かーー。


素敵だな、そう思って。






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