第72話 成長

「……ん……」


不意に目を覚ます。

辺りは真っ暗で頭はぼんやりして眠る前なにがあったのかうまく思い出せない。

そして隣を見やれば……

「ベ、ベジ?!」

思わず大声をだしてしまった自分の口を自分で塞ぐ。


けど、これは、色々と……

そう思ってチラリと見やる先には、僕の肩に頭を預けスヤスヤと眠るベジがいる。

そしてその手はギュッと僕の手を握っている。


なんなんだこの状況……まさか夢?


なんて思っているうちに頭も割りかしスッキリしてきてある体の変化に気づく。


「大きく……なってる?」


そう呟いてから暫くしてようやっとそのことを理解する僕。


「大きくなってる!!」


「ったく、うるさいわね」

怪訝そうにくぐもった声。そちらを見やれば目の前の壁にグレーテルと並んで寄りかかっているセレナが険しい表情をこちらに向けていた。


「ご、ごめん。けど……」

そういって改めて自分の姿をみやる。


ベジが寄りかかっているためあまり動くこともできず見れるのは限られた場所のみだが……。


「こんなに変わるとは思わなかった」

不意に自分で自分に呟くようにそういうとセレナは呆れたようにため息をついた。

それからセレナはなんだかひどく悲しそうな懐かしむような表情でこちらを見つめる。


「どうしたんだよ」

そういうとセレナはことさらにその表情を深め、

「別に。ただ……」

そういって一度目線をそらしてからもう一度こちらをチラリと見やる。


「ただ?」


「…………あーっ!!もう許せない!!」


唐突にそんな叫びをあげこちらに突進してくるセレナに恐怖で若干腰を抜かす。

僕の目の前にやってきたセレナは珍しくいつもの不敵な笑みが崩れてなんだかぐしゃぐしゃって感じの表情をしている。


そして不意に僕の頬をつかむとあっちへこっちへと引っ張る。


「なんであんたはそんなにもあいつに似てるのよ……!」

そんな悲痛な叫びにあることに思い当たる僕。


そういえば妖精の国でも言われたしセレナ本人も言っていた……

金髪のエルフ初代のニコーー

僕はその人にそっくりらしい。

だから今、第一成長期を終えたことでより僕はその人に似通ったのかもしれない。


「なんふぇっていふぁれても」

頬をグニグニされてうまく喋れないながらもそういう。

するとセレナはもう力尽きたのかぺたんと座り込んでしまう。

波にゆらゆらと揺られる漆黒の髪の毛に隠れてその表情はよく見えない。


「……なあ、差し支え無ければでいいんだけどそのニコのこと話してもらえないかな?」


「…………どう話したって差し支えあると思うけど」


「ご、ごめん。なら」


「いいわよ、話すわ。どうせ何千と昔のことだしもう私自身忘れかけているようなことだから」

そういうセレナは明らかに無理してる。

ニコって人はそれだけセレナの大切な人なんだな……








「ちょっ、あんたもしかして泣いてるわけ?」


「いや。別に泣いてなんか……ない」

そういう僕だけど本当は強がってるだけで涙がボロボロと止まらない。けれど今は海の中にいるわけで涙をこぼしてもそれはすぐに海水に混じって消えていく。

ニコとセレナの出会いから始まる切ない恋の話には胸を打たれて仕方ない。


「そんな……ことがあったんだな」


「ねえ、いい加減気持ち悪いんだけど。なんであんたがそんなメソメソしてんの?他人のことな」


「他人じゃない。仲間だよ」

そういって咄嗟に手を取るとセレナは一瞬驚いた顔をしたかと思ったら怒りで頭に血が上ったらしく真っ赤になる。

と思ったらその直後に強烈な頭突きをくらう僕。


「なっ!なにするんだよ」


「あんたが悪いのよ!あんたが……あんたが……」


セレナがこんなにも弱々しい様子なのをみるのは初めてだ。


いつも意地悪く高飛車な印象しかないけど本当はこんなにも……


と、そんな矢先

洞穴の外からすごい騒音が聞こえてくる。

ハッキリとは聞き取れないがなんだかガヤガヤしている。しかもそのガヤガヤは良い方ではなく悪い方……な気がする。



「セレナ、あれは?……」


「いったじゃない、この海にはお楽しみがあるって」

そういっていつもみたくニンマリと意地の悪い笑みを浮かべるセレナ。


やっぱり悪い方、か……


「で、なんなの、そのお楽しみって」


「それは見てのお楽しみ、よ。」

そういうとスッと立ち上がる(というよりは泳ぎ立つ?)セレナ。


「さ、行くわよ」


「え?僕も?」


「当たり前でしょ」


「でも、ベジが……」

そういうと僕の肩によりかかり手をつないでいるベジを見やる。

そして次の瞬間セレナは一切のためらいなくベジの頬をペチペチ叩きだす。

慌ててやめさせようとしたら

「うぅ……母……さん?……」

なんてつぶやきながらベジが目を覚ます。

なんだかこんな光景前にも見たなあ、なんて思いながら苦笑いを浮かべる。


「おはよう、ベジ」


「あ、うん、おはようタグってあれ?タグ、なんか……」


「?」


「大きくなったね。すごい、すごい!」

そういって僕の頭をペタペタ触ってくるベジには複雑な心境になる。

完全に成長期を迎えた息子とその母親の図になってるよ、これ。

と思ってたら

「す、すいません。僕声が聞こえると起きちゃって」

というグレーテルの声が聞こえてくる。


「それは前にも聞いたわ」

そうどこか呆れたようにいうとため息をつくセレナ。

どうやらまだ寝ていたグレーテルを起こしてしまっていたらしい。


「グレーテル、大丈夫だよ」

優しくそう声をかけると

「え、あ、ありがとうございます」

と慌てたようにいうグレーテルには思わず笑みがこぼれてしまう。

バッと下げた顔があげられるとその表情にパアッと明るいものが広がっていく。


「タグさん、すごい……!」


「ああ、これ?ほんと、ビックリしちゃうよね」

そういってすっかり見違えた体を見つめる。

相変わらずひょろっこくて力無いけれど……。


「はい!ほんと、カッコイイです!!」

そう叫ぶグレーテルにはビックリだ。

カッコイイ、なんて初めて言われたや。

グレーテルのとなりで先ほどにも増して不快そうに溜息をつくセレナ。


「まさか『タグさんみたいになりたいです〜』なんて言わないわよね。」


「タグさんみたいになりたいです!」


「あ〜あ」

そんなやりとりをみて、笑顔も苦笑いに変わっていく。

そんな時握られていた手に優しい力がこもるのでそちらを見やればこちらに優しい笑顔をまっすぐ向けるベジの姿がある。


「私は、前のタグも今の大きくなったタグもみんなカッコイイと思うよ」

そういってからどこかハッとしたように

「あ、ごめんね。急におかしなこといって!」

といってパッと手を離し立ち上がる(というか泳ぎ立つ?)ベジ。


僕はそんなベジの背中を見つめながら少しポーっとする。

というのもハッとした時に見せたベジの表情が今まで向けられたことのないものだったから。

気のせい、だったのかな……。

なんて思いながらも頬が少しずつ熱くなっていくのがわかった。


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