第69話 真珠の玉の記憶


「今の所イケメンに一度もあってない気がするんですが……」


「気のせいだろ」


「まあ、これから先沢山会えるわよ」


そんな会話にハッとする。

この間の玉の続きだろう。

この後に魔王と呼ばれることになるだろう男の人と、エルフのお姫様と、妖精さんと……。

三人で旅をしているようだ。


魔王はいつもその国の一番偉い人に「ヤツの計画を止めるために」とかいっていたし、今回もそれを伝えるためにどこかへ向かってるんだろうな。


楽しそうに会話している三人を見てひどく苦しい気持ちになる。


ああやって楽しく過ごしていても、いずれは殺したいほどに憎んじゃうこともあるんだ……


それは、今までずっと一緒に仲良く旅をしてきた私とセレナとタグも同じなんだろうか。


そう考えた瞬間ひどく怖くなってくる。



「あ!見てください、あれ!なんだかイケメンの気配ですよ!!」

そういって二人から離れてスーッと森の方へ向かう妖精さん。


「全く。あいつは本当に口を開けばイケメンイケメンだな」


「妖精さんなんて大抵あんなものよ」

そういってクスリと笑う女の人。


二人の間にかよう、なんだかあたたかい空気。

なんだろう、これは。


私自身も感じたことがあるような……。


それがなんなのか一生懸命考えるけれど結局わかりそうにない。


「ちょっ、二人ともはやくきてください〜〜」

焦ったように二人の元へ帰ってきた妖精さん。


「ん?どした。イケメンじゃなかったのか?」


「違いますよ!彼、とっても大きなお怪我をしてますよ!」


「怪我?ちょっと待って。今いくわ!」

そういうとその人のところへ慌てて駆けて行くエルフのお姫様。


「ったく、あいつも大抵猪突猛進だよな」

そういう魔王の心の中に広がる想いが私の胸にも広がってくる。


まだ小さいけれど、それは確かにーー。



やがて魔王もその人の元へたどり着く。


「こりゃあ、また……」

そういう魔王の目の先には、純白の羽からドクドクと金色の血を流す天使さんがいた。

意識は失っているようだけど、金髪のとても美しい顔立ちの男のひとだ。


「見てないで手伝ってちょうだい!」

そういうエルフのお姫様は額に玉のような汗を浮かべながら必死に治癒術をつかっている。


「お、おう」

そういってかがみこみ、男の人の手を握る魔王。


「何をやってるの?」

訝しげにそういうエルフのお姫様に魔王はニカーッと笑って

「俺治癒術なんて使えねえからな。こうやってやってればちっとは気が紛れるかと思ってってなに笑ってんだよ」

という。

するとお姫様は堪えきれないというようにクスクスと笑いながら

「いえ。なんだかあなたらしいなあって」

といって最後には優しい微笑みを浮かべてみせる。


そんなお姫様に魔王も少し困ったような、普段は見せないような優しい表情になる。


「……なんだかお二人から桃色の空気が漂ってきます……」

やがて訝しげな声音でそう呟く妖精さん。

それにすかさず反応するお姫様と魔王。


「は、はあ?!なにいってるのよ!」

「そ、そうだぞ!こんなやつと俺がそんなわけ……ないだろ」


「……そうやって否定するってことは思い当たることがあるってことですよねえ」


「なっ」

「う、うっせえ!」

そんな二人に妖精さんは心底呆れたように

「もうわかりましたよ。だからはやくこのイケメンさん治癒してあげちゃってください」

という。


「それは今やってるわってあっ」


「なんです?」


「今目を……」

そういってお姫様が見つめる先にはゆっくりと瞳を開いていく天使の男の人。


「私……は」

ボーッとしたようにそう呟く天使さんにお姫様は

「大丈夫ですか?あなた、血を流して倒れていたんですよ」

という。


「…………血を……そうでした、私は堕天使達に襲われて……」


「堕天使に?!堕天使ってなんて邪悪なんですか!ねえ!私達で仇討ちしましょう?!」


そう騒ぐ妖精さんに魔王は呆れた様子。


「あー、わかったよ、お前がイケメンに気に入られたくて仕方ねえってことは」


「ちょっ、そんなハッキリと言わないでください!」


「二人とも静かに。彼が喋っている途中でしょ」

そう嗜めるようにいう女の人に二人ともムスーッとしながらも黙り込む。


「あの……私のことを助けていただきありがとうございます。なにかしらのお礼をしたいのですが……」


「……あ、えっと、それだったら、キ、キキキ、キスを……」

そう小声で照れたようにいう妖精さんとは反対に

「なら天使の都ウィザード・ガーデンに連れてってくんねえか?」

とハッキリとした声で藪から棒にそう言う魔王。


そんな魔王の声に妖精さんの声はかき消されてまう。

天使の男の人はお姫様に支えられながら座り

「しかしながら、ウィザード・ガーデンは他種属が踏み入ることを固く禁じている都です。魂のみならまだしも生身の者を無断でいれることは……」

という。


「お前は真面目だなあ」


「は、はあ?」


「俺は今世界を救うために旅してんだ」


真っ直ぐな瞳でそういう魔王。


「?そう、ですか」


「これはそのために絶対必要なことなんだよ」

真っ直ぐな声でそういって天使の男の人の手をギュッと握る。


「それでもダメか?」

そんな言葉に天使さんが戸惑いながらも口を開こうとした矢先

「ちょっと、いきなり世界を救うなんてアホみたいなこといったら信用駄々下がりじゃないのよ」

「そうですよ。いきなりなに言い出してるんですか!せっかく私がキ、キ、キキキ、キスのお願いを……」

魔王を小突くお姫様と照れたように赤くなる妖精さん。


するとクスリという優しい笑い声が聞こえてくる。


「いいですよ。あなたのように真っ直ぐな熱血バカは中々に好きですから」

爽やかな声音でそういうけれどいってることは中々ひどい気がする。


「ほんとかっ?!連れてってくれるのか?!」


「まだ連れてくとは言っていませんよ」

そういうと苦笑いを浮かべてみせる。

「そもそも、なぜ生身の体であるあなた方があそこに行きたいと?まずその理由ワケをお聞かせください」


「だから、世界を」

そう途中までいいかけた魔王だけどすぐにお姫様が容赦なくその頭をおさえこむ。

それによって否が応でも黙り込む魔王。


「ラグナロクに関する預言のことはご存知ですか?」

そう問うお姫様に天使さんは柔らかな表情を浮かべながら

「ええ。もちろん」

という。


「それでしたら話がはやいです」

そういって微笑みを浮かべるお姫様。


「その預言に乗っ取りラグナロクを迎えさせ己が世界を統べる王となり、王となった暁には全ての種族を根絶やしにしようとしている者がいるんです。そして、その者の計画を、彼は止めようとしているんです」


「……なぜそのような者がいると断言できるんです?」


「そりゃあ、あいつは俺の友達ダチだかんな」

そういって無造作に頭をかく魔王。


「……それを本人が言っていたというのですか?」


そんな言葉に魔王はひどく真剣な表情になる。


「ああ。……最初はちょっとした変化でな。あいつがなんかおかしいってわかって、あいつが企んでることを少しずつ暴いていったんだ。はじめてあいつの企んでることの全貌を知った時はほんと、恐れおののいたよ。んで、俺が企みを暴いたことを知ったあいつは俺に顔を作ることも計画を隠すこともなくなって、完全に悪人になっちまった……」


「それで、そのご友人を助けたいと?」


「いや、違う。俺はあいつの計画を止めたいんだ」

そういうとギュッと拳を握る魔王。


「あいつはなんの恨みがあってかこの世界に生きる者全ての命を葬り去りたいなんて戯言をいってた。」


「…………」


「俺はそんなこと絶対にさせない。それにあいつはラグナロクを起こすため最後の時ーーつまりは光と闇の大戦を引き起こそうとしてるんだ」


「……あなたのお話を聞いている限りその方は人間のように思えるのですが、人間にそれほどの大業がなせるとは思えません」

そんな天使さんの言葉に魔王の表情がより真剣味を増す。


「けど、あいつは何かが違う……。お前も会えばわかると思うよ」


「…………なんだか面倒ごとに巻き込まれてしまいましたね」

そういって小さくため息をつくと魔王の方を見る天使さん。


「大方あなたはそのことをウィザード・ガーデンの長、大天使ミカエルに伝えに行きたいのでしょう?」

そんな言葉に魔王はパアッと表情を明るくする。


「よくわかったな!話が早くて助かるよ」


「私はこう見えて大天使ミカエルに次ぐ役職ーー大天使ラファエルですので話を取り次ぐことは可能です。助けてくれたお礼にミカエルと話ができるようにして差し上げましょう」


「本当か?!」


魔王がそういったところから視界が徐々にぼやけだす。



まだ途中なのに……。

そう思っていたら新しい情景がぼんやりとあらわれてくる。


焚き火を囲んで眠る魔王、エルフの女の人、妖精さん、天使さん。


話は終わったのかな?


焚き火はもうチロチロしていて本当に小くしか残ってないから眠りについてから随分と経っているようだ。


そう思ったら魔王がムクリと起き上がる。

寝ぼけているのかと思ったらその瞳はひどく冴えていて、鋭すぎるくらいの光を放っている。

一体どうしたのだろう。

そう思っていたら立ち上がり近くの森の中に入っていく魔王。



「やあ。僕が近くにいること、よくわかったねえ」

魔王が森の中を歩いていると不意にそんな声が聞こえる。

見ればそこには木に寄りかかり、人のいい笑みを浮かべている男の人がいた。

……この笑顔、どこかで見たことがあるような気がする。


「そりゃあ、わからねえわけがねえよ。」

男の人はなんだか不思議な雰囲気をまとっている人間で、でもどこか、同じ人間とは思えないところがあった。


あの人は誰なのだろう。

そればかり考えて会話を一切聞いていなかったら、不意に男の人と目があう。

そのことに思わず心臓がドキリと飛び跳ねる。

私はいつも幽霊さんのような位置付けでみんなのことを少し上からボーッと眺めていて、誰かと目があったことなんて一度もない。


なのにその人は、まるで私のことが見えているように真っ直ぐにこちらを見つめてくる。



「僕のことが不思議でたまらないのかい?そうか。じゃあ少しだけヒントをあげよう。僕は神から選ばれし預言を遂行する者、預言者エンペラー。そしてーー」


そこまでいったところで、場面は途切れてしまう。


心臓がバクバクいっている。

なんであの人は私が見えたの?

怖い。


それにあの人の雰囲気、なんだかすごく似ている。



そんなことを思いながら私は現実の世界へと帰っていった。

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