第52話 危機


「くそっ……」


思わずそうつぶやく。

それくらいに色々と危機的な状況だ。

地が避けてしまいそうなほどの呻き声を上げた女王が真っ直ぐにセレナの方をゆびさし「あそこからメスの匂いがする!」と叫んだ。


どうやらセレナの魔法でもってしてもこの女王様を完璧に騙し切ることはできないらしい。


そしてその女王の反応を見て僕たちの方をバッと振り返ったかと思えば一斉に飛びかかってくる妖精たち。


「ここは一旦ひこう!でないと……」

ぼくがそう呟いた矢先にも妖精たちはもう目前に迫っている。

妖精一匹一匹は小さいもののそれが集団となると思いもよらないような強大な恐怖となることを僕は身をもって知っている。

このままじゃ三人とも八つ裂きにされる。

背中を嫌な冷たい汗が伝っていく。


「セレナ、なんとかできないのか?!」


「お生憎様。私、魔法の加減ができないからここで魔法使ったらあんたらまで被害にあうわ」


「じゃあ、どうすれば」


「あんたにやった短剣があるでしょうよ。それでメタメタにしてやんなさい」


「そんなことできるか!よくそんな言葉が吐けるな、君は」


「危機的状況なんだから仕方ないでしょうよ。」


「は、はあっ?!本気なのか、セレナ」


「本気よ」

そういっている間にも妖精たちは、僕たちにたどり着きあちこちから衣服を引っ張ってくる。


本当に八つ裂きにするつもりらしい。


「いっ。やめてくれ!」


「ごめんなさい、タグ様!けれど女王様の命令に逆らうなんてこと、私たちにはとてもできないの」


「……っ!」


どの妖精も僕たちへの謝りの言葉を吐きながら服を引っ張ったりひっかいたりしてくる。

本当に女王は絶大な力を持っているらしい。

まあ、あの容態を見れば容易に想像がつくが。



と、そんな時だった。




唐突にぼくの隣、ベジのあたりから爽やかな風が巻き起こり始める。

それはまるでベジを中心とした台風のように辺りをクルクルとまわる。

台風というほど激しくはないが、形式としてはそんな感じだ。

そしてそれはやがて爽やかなそよ風から少しずつ強さを増し始める。


「キャアーーッ!」

そんな悲鳴をあげながら服にひっついていた妖精たちが吹っ飛んでいく。

僕は懸命に冠の突起している部分を掴んだ。

セレナも懸命に冠に掴まっているのがチラリと見える。

けれどベジの姿は一切見えない。

本当にこの風はベジを中心に巻き起こっているようだ。

やがて時が経つとあらかたの妖精は吹き飛んでいっていた。


「仕方ないわ。多少欠けたってぎょくなことに変わりはないでしょう。最終手段いくわよ!ベジ、タグ、奴らは頼んだわ!」


「わ、わかった……」

そういうベジは自分の身に何が起こったのかうまく理解できていないようでクラクラして

いる様子だ。

大丈夫かな。

でも、心配している暇もない。


セレナはその手にボッを火を灯す。

それこそ業火のような、全てを燃やし尽くしてしまいそうなほどの激しい炎がその手のひらの中でゆらゆらと揺れる。

セレナの額にはたまのような汗が浮かび、唇と眉はへの字に曲げられている。

ひどくキツそうだ。

あのセレナがキツそうにしているのだから相当だろう。

どうやらその手の炎で玉と冠の接触部分を溶かすことで玉を取り外そうとしているみたいだけど……。


とりあえず僕にできることはセレナがその作業に集中できるようにすることだけだ。


「任せてくれ!」


「任せて!」


僕と、やっとボーッとした状態から立ち直ったらしいベジはそう叫ぶ。


仕方ない……。

そう思って懐から短剣を取り出そうとした僕だけど、さすがに短剣を使うのは気がひける。


ということで、手で追い払うことにした。


目をぎゅっとつむって我武者羅に手を振り回してみる。

何匹かは手に当たって落ちていくが、ほとんどは当たらずにこちらへ体当たりして来る。

けれど……。


「きゃ、いいにおい……♡」

うっとりとしたようにそういってポトポトと落ちていく子たち。


えっと……なんのことだろう。

なんて思いながら呆然とする僕。



そんな僕の横ではベジが相変わらずという感じで突風をおこしていた。

さっきから一体あれは何なんだろう……。

気づかぬ間に風の精霊と契約した、とかかな。

気づかぬ間に契約なんて普通ならあり得ないことなんだけれど僕の幼馴染であるティアナ、という前例があるのでなんとも言えない。


それにしたって制御がうまくできてないみたいだから暴走してしまった時は僕がどうにかしなくちゃな。


どうにかっていったって、何ができるのかわからないけれど。


「もうちょい……!」

後ろから聞こえてきたその声に振り返ってみれば玉があともう少しで取れそうなところまできていた。


「踏ん張んなさい!」


「君もな!」


「うわああぁぁ、風があ!」



「くそ!忌々しい雌ブタが!」

そんな矢先、先ほどまで目を押さえ呻いていた女王が目尻に涙を溜めながらこちらへ手を振り落としてきた。


「あぶっ!」

もう少しで僕ら全員、いや、妖精までもが踏み潰されるところだった。



「なにしてるんだ!もう少しで君の大切な国民が」

そうつぶやくもそんな言葉、怒りに支配された女王には一切届いていないようだ。


「ベジ!剣!!」

そんな強い声がする方を見ればもう玉を取り外し終え、でもその疲れからだろう、厳しい表情をしたセレナがいる。


「え、う、うん。でも風が」


突風の中からそんな声が聞こえて来る。


「それは翡翠の玉の力よ。あんたならその力を自由に操ることだってできるわ!自分を信じなさい、ベジ!」


そんなセレナの言葉の後

「う、うん、わかった」

という苦しげながらも強い言葉が聞こえてくる。


ベジ、大丈夫かな。

そう思っていたらブワッと僕の目の前すれすれをすごい速さの突風が駆け抜けていく。

バッとベジの方を見てみればハアハアと荒く息をしながら背中に背負った弓を手に取る姿があった。

そしてよく見てみれば僕ら三人を囲むようにして突風のドームが出来上がっている。

遠くからは女王の叫びが聞こえ、時節突風のドームはグラグラと揺れる。


「よくやったわね、ベジ。さ、その弓をこの玉にかざしなさい」


「う、うん……」


ヘトヘトな様子でそういうと弓をセレナが取り外した玉(翡翠の玉は手のひらサイズだったのに対してこちらは身の丈の何倍以上もの大きさだ)にかざす。

すると玉は光の粒子へと姿を変え弓へ吸い込まれていった。

途端ばたりと倒れこむベジ。

そうだった。以前翡翠の玉をはめた時もそれに体が順応する準備期間として何日も眠りについたのだった。


僕は慌ててベジの元へ駆け付けるとベジの腕を自分の肩に回しなんとか立ち上がった。

すでにベジの突風の防護壁は消えかかっている。


「セレナ、じゅうたんを」

そういってセレナを見やった矢先セレナもまた膝からがくりと倒れこんでしまう。


「ど、どうしたんだ、セレナ」


セレナが倒れるなんて嘘だろ

膝からくずれこむとそのまま前方にバタリと倒れるセレナ。

倒れた音だけがやけに耳に響く。

隣のベジも先ほどにも増して支えるぼくはかける体重が増え、力が入らず今にも倒れこみそうといった様子だ。

これは……


「今苦しんでいるのが雌ブタ。いいわね」


そんな言葉に顔をあげれば満足気で意地の悪い笑みを浮かべる女王の鼻の穴からなにやら緑の気体がモクモクとわきでていた。

毒か何かなのか?

だとするならはやく解毒しないと命がーー。


けれど、僕の力ではどちらか一人をかかえるので精一杯だし、セレナの懐からじゅうたんを取り出す時間だってーー。




いよいよ絶対絶命だ。

そう思った矢先ーー。






「颯爽登場!爽快で愉快な男といえばこの俺!ソウだぞう」


そんな寒々しい言葉とともに頭上から魔法の絨毯で降りてくる人。

その人は僕の前に飛び降りると仁王立ちし、女王と妖精たちを睨みつけている。


ソウーーエルフの王国ベルサノンでも颯爽と現れて僕たちを助けてくれたベジのいとこ。


「セレナ!!」

そんな悲痛な声に後ろを向けばあのイかれた天使ーーラナもいた。


この二人はなんなんだろう。

ベジのいとこと、セレナの幼馴染。

ベルサノンでも一緒にいたし、僕たちのように仲間……なのかな。

ひどくチグハグだけれど……。

まあ、ひどくチグハグな仲間、に関しては僕が大口たたけることじゃないか。



「あなたたち、うちのセレナをこんな風にしてただで済むと思ってるのかしら?」

立ち上がったラナの後ろにはゆらりと揺れてる黒い炎が見えるーー気がする。


「そうそう。ここはソウにお任せあれ、なんつって」

そういうと僕の方を見てニカーッとした笑みを浮かべてみせるその人。

この人に追いつくなんて到底無理だと思わされるようなそんな笑み。


右と左に並んで僕の前に仁王立ちしたソウとラナはすごく頼もしい。




育ちも生まれも価値観も何もかも違うチグハグな二人だけどなんだか波長があっているようにも感じる。


そしていつも僕たちのピンチに駆けつけてくれる。



僕はこの二人に関して色々考えたけど、やはり何かしらの絆があるんだろうと思った。そしてその絆は僕が一朝一夕に理解できるものではないだろう。

そして自分自身もそうだからわかる、仲間ーー絆が構築されている相手とならどんな状況でも親しい人の危機に駆けつけ、好転させられる、そう思える。だからこそ二人はきっと僕らの危機にいつも現れてくれるのかも。


二人はそんな僕の心中を察してか、こちらを見やりそっと微笑んだ。

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