第36話 金髪

「で、その里とやらはこの山の先にある、ってわけ?」

「ああ。そうらしい。この山は一見なんの変哲もないように見えるんだけど、実は彼らを守るための聖獣が住み着いてるらしいよ」

そういって古文書から顔をあげ目の前の細い山道を見やった瞬間頭がクラッとして倒れかける。


なんとか踏みとどまったが危なかった……。


「タグ、大丈夫?無理しちゃダメだよ」

「そうですよ。睡眠も充分にとれていないんですし……」

そういって心配そうな顔で僕の顔を覗き込んでくるベジとグレーテル。


そしてそんな二人とは対照的に

「一晩寝てないくらい大丈夫でしょ。ベルサノンでは指名手配書が出回ってる頃だろうし。とっとと入りましょう」


そう面倒くさそうにいってスタスタと山道へ入ってくセレナ。

そんなセレナの態度にイライラしてたら自然と先程までの力が抜けるような感覚もなくなる。


「ああ、そうだね。少しでも先に進まなきゃね」

怒りを噛み締めながらそういって歩き出す僕。


「なによ、歩けるんじゃない坊や」

「当たり前だろ。さっきは少しふらついただけだから」

そういうとセレナを追い越す僕。

「あら、私の先をいこうっての?そんなの百万年ははやいわよ」

「よくいうよ。」

呆れてそういいながら、僕は自然と歩くスピードを速めた。




今僕たちは、"銀の里"へ向かっている。

銀の里っていうのは歴史上途絶えたとされている銀の一族が住むとされている里のこと。古文書を読み解く限りそこに〈翡翠の玉〉があるらしい。


そもそも銀の一族とは何かというとエルフの旧王族のことを指している。

現在のエルフの王国ベルサノンでは金髪のエルフが絶対政権を敷いているが、昔は銀髪のエルフが王族として政権をふるっていた。

金髪のエルフは銀のエルフを追い出すことで王族になった……。

いわば紛い物のようなもの。


金髪のエルフからの仕打ちが原因でだろう。

銀髪のエルフはある日を境に歴史から忽然と姿を消している。

そんな銀髪のエルフが生きていて、しかも里まであるなんてにわかには信じがたい話だけれど……。


「銀の里は全部が銀色なのかなあ」

不意に後ろにやってきたベジがそうつぶやく。

その横で

「どうでしょうね。ベルサノンは金色だらけでしたからね」

と答えるグレーテル。


僕とセレナはお互いに自然と歩を遅める。


「銀髪のエルフは自己主張が激しくないし温和だしきっとすごく素敵なところなんじゃないかな」

そういうと少し複雑な心境でメガネをクイッと上に押し上げる僕。

「そうねえ。銀のエルフは金のエルフとは大違いだからねえ」

そう嫌みたらしくいうセレナにも、事実だからなにも言い返せない。


金のエルフは小賢しいっていう認識は、金のエルフが大きな政変を起こした時から人々の意識に根強い。

僕自身も、知っている。

金のエルフが本当に小賢しい一族だってこと。


王族と血が繋がった貴族である僕がエルフの都ベルサノンでなく全ての種族が一挙に集う世界の中心ともいうべき都市に住んでいたのもそういう小賢しい理由からだ。


王族と血が繋がったものを全種族が集う首都に住まわせることで、金のエルフの力をより強く誇示するためーー。




この世界には気づけば暗黙の了解ができていた。

金のエルフには逆らっていけない、と。

彼らは小賢しく、自分たちに反抗するものには容赦しないと。

だからこそあれ程までに栄華を誇っていた銀のエルフが根絶やしにらされたのだ、と。





僕自身、王族と連なるものに生まれたことを喜んだことはない。

けれど、この真実を知ってからは王族と連なるということがひどく恥ずかしいことに思えてきた。





ベジの好きな絵本の中のエルフの姫のことも銀髪だって知ってなんだか納得がいったんだ。


そっか。それは好きになるよね、って。


セレナの元仲間のエルフの姫が銀髪だったっていう話も聞いててなるほどなと思った。




もちろん、金髪のエルフにもいい人はいる……と思う。


ラビダの弟なんかは姉と大違いの性格で他と一線を画したとても心の優しい少年だったし、同じく王族と連なるティアナだってとても心優しく明るい。


ただそういった人はごく稀でほとんどの人が権力を握っていることに奢っている。

だから、歪んでる。



金髪のエルフの中ですら権力争いはある。

みんなが想像するような権力争いはもちろんのこと、濃い金髪であればあるほど濃く王族の血をひいているとされそれによってランクまが決まっている。


ほんとどこまでいっても面倒くさい一族だと思う。




そういうモヤモヤした思いを抱えて落ち込んでくる気持ち。


そんな気持ちを察してくれたのか、

「……悪魔を虐殺した時の王族は銀のほうだった」

というセレナ。


その衝撃の事実を知って一旦思考が停止する僕。

「そう……なのか?」

「ええ。だから、私、その元仲間のエルフの姫さまのこと大っ嫌いだったのよ。もちろん今も大っ嫌いだし、ね」

「……そっか……」

「そうよ。……もう片方の仲間のエルフは金髪だったし」

「えっ?!そうなのか?!」

「そうそう。しかも初代」

「初代?!」

「あんたいちいち反応がオーバーで面白いわね」

「いや、だってこんな……」

「金髪のエルフが生まれたすんごくくだらない理由わけ、聞きたい?」

「うん!聞きたい!聞きたいに決まってる!」

「そう。……ある日のこと銀のエルフの王様と城の侍女の間に子供が生まれました。」

「ジジョって?」

後ろでそう不思議そうに訪ねるベジに

「お城で働く召使いのことですよ」

と答えるグレーテル。


まあ昔からそういう話は絶えないよな、なんて思いつつセレナの次の言葉を待つ。


「前例もありました。前例であるその時は、王と侍女との子が後継者として次期王となっていました。……けれど、この時は違ったのです」


セレナは流暢な物語調で話を進めていく。


「その時の王妃はとても嫉妬深い人でした。それ故に王に妾や愛人を作ることは固く禁じていました。そして彼女には元々体も弱くなんとか産んだ子は女の子で男児を産めていないことに常々焦りを感じていました。そんな時でした。侍女の娘に実は王の血をひく男の子がいると知れたのは」


険しい山道のはずなのに、セレナの話に集中しているせいか全く苦に感じない。


「王妃は凄まじい剣幕で怒りだしました。終いにはその者の一族全員を呼び出し処刑しようとしたのです。」

「そんな……」

後ろで小さく漏れるベジの悲しげなつぶやき。

「しかし王妃は考えました。死ぬだけでは生温いと。生き地獄を、生涯、いいえ先祖代々受け継がれるような苦しみを与えようと」

「ひどいですね……」

今度はグレーテルが悲しげな声を漏らす。


僕も二人と同じ気持ちで話に聞き入る。


「そこで王妃はその者の一族全員に呪いをかけたのです。エルフの王国では、金色が罪と罰の象徴でしたから、彼女は一族全員を罪と罰の髪色にするという呪いを、かけたのですーー」

「そういう……」

じゃあ、この髪は罪と罰の証……なんだ。

そう思うとあの王族たちと血が繋がっていることよりずっとずっとそのことのほうが悲しく辛く思えてきた。


「もちろん、王と侍女の間にうまれた男児も例外ではありませんでした。彼らは皆一様にエルフの恥とされ迫害を受けました。物を投げられ汚物を浴びせかけられ食べ物もろくに食べられずに。彼らはエルフの王国で最も最下層の身分へ落ちていったのです。」


胸が苦しくてうまく息ができなくなる。


「一般市民たちはどんなに貧しくても彼らよりはマシだと思えます。王族貴族は彼らをゴミ扱いして好き勝手できます。金のエルフは誰にとっても使い勝手のいい駒でした。」

そういうセレナの表情も悲しみとも憎しみともとれない感情をうつしだしてる。

「それでも金のエルフは生き延びました。いつの日か自分たちをこんな目にあわせた銀のエルフに復讐するために」

「……それで、その復讐は立派に果たせたわけだ」

「ええ。その通り」


不思議だな。

セレナが一族の仇をとるためエルフの王国ベルサノンを大火事にした時は気持ちはわかるがやりすぎなのではないかと思っていた。


なのに自分のご先祖様が酷いことをされたという話を聴いただけで自分がされたわけでもないのに憎しみが湧いてくる。


すでに復習は果たされていると知っていてもこんなにも憎いんだ。

セレナは僕には想像しきれないような憎しみをずっと一人で抱え込んでいたんだな……。わかっていたつもりだけど改めて痛感させられる。


「それで、その初代金のエルフがセレナさんの仲間……だったんですよね」

と恐る恐るといった口調で切り出すグレーテル。


そうだ、すっかり忘れていた。


セレナは眉をひそめて

「ええ、そうよ。あの子は本当に苦労した……。私が一番よくそれを知ってるんだから」

とどこか含みのある物言いでいう。


「……セレナはその人のこと好きだったんだね」


柔らかな声で不意にそういうベジに僕の横で

「そ、そんなわけないじゃない!バッカじゃないの」

といって真っ赤になるセレナ。


……セレナが誰かを好きになることなんてあるのか。


しかもエルフを……。


なんて思いながら真っ赤になって怒るセレナを見つめる。


「ちょっとなにこっち見てんのよ、坊主」


不意につりあがった漆黒の瞳と目があってビクンッと心臓が跳ね上がる僕。


「別になんでも……。ただ、セレナはツンデレの傾向があるな」

途中までいったところで飛び蹴りをくらい危うく山道からはずれ森の中へ突き落とされるところだった。


「ちょっ、なっ、危ないだろ!」


「自業自得」

吐き捨てるようにそういうとプイッとそっぽを向くセレナ。


「あ、あの、お取込み中すみませんがなにか見えてきましたよ」

そんな僕らの間にタジタジした様子で入ってくるグレーテル。

そんなグレーテルの言葉に前方を見やると、どれだけ目を細めてもよく見えないずーっと先の方で煙が上がっていた。


「町でもあるのかなあ」

「いや、こんなところに町なんて……」

「案外あるのかもしれないわよ。とりあえず行ってみましょうよ」

そういうセレナを一瞥する。

まあ、今回は僕も悪かった……のだろうか。

納得はいかないがこんなところで立ち止まっているわけにもいかないしな。

そう思うと僕は歩き出したーー。

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