第12話 衝撃

「あっ、あれ来るときに見たかも。すごいね、セレナ。私のあやふやな説明だけでよくここまでこれるね」


「まあね」


ベジの無邪気な言葉にニヤリと口角をあげる悪魔。

この悪魔の笑みはどんな時も底意地悪く見えるんだから不思議なもんだ。


「建物一つもないね」


じゅうたん下に広がるのはただっ広い草原で、点々と木々や花は咲いてたりはするものの、やはりどこまでいっても草原しかない。


「そうなの!ここら辺はウチしか家がなくてね、私、家族以外の人に会ったのはタグが初めてだったの。あー、というか、初めて話した人、かな」


どこか興奮したようにそういうベジにフッと笑みがこぼれた。

それにしても、家族以外で初めて話した人、か。なんか嬉しいな。




ータグは私の初めての友達。そしてー





はあ。まただ。また、無邪気な笑みを浮かべるアイツの姿が脳裏をよぎる。

これはアイツをおいて逃げ出した僕への戒めだろうか。

だとしたら神様はかなり頭がいいな。

これほど僕に効く戒めはないもの。




それにしても、今日はやけに静かだな、なんて思って不意に女悪魔を見やると、女悪魔は何かを考え込むような表情で真っ直ぐ前を見据えていた。

何を考えてるんだ?

イタズラを考えているようには見えないし、まぁいいか。

なんて思ってまた草原の方を見やる。

でも、僕自身なんだか薄々感づいてはいたんだ。

ベジが昨日とは違うような、そんな感じを。だから、きっと悪魔女も同じことを考えてるんだろう、なんて心の中でふと思った。




「おかしいな。ここら辺なはずなんだけど……」


「っていっても、さっきから草原ばっかり。地平線にも家の影ひとつ見えないよ」


僕がそういうとベジは考え込むような仕草をしてうーんうーんと唸りだす。


「どうしてだろう。こんなに奥じゃないような気も」


「ベジ」


女悪魔はその言葉と共にじゅうたんを止める。


「どうかした?セレナ」


「私、一つ思い当たることがあるの」


「なに?」


ベジが不思議そうにそうたずねると悪魔は何も言わずにパチンッと指を鳴らした。


「な……なんだ、これ……」


悪魔が指を鳴らした途端、何もなかった草原に何十、いや百以上はある、ドーム状をした透明の物体が現れたのだ。


「ここだったんだ。なるほどね。こりゃ、わかんないわけだわ。」


「え?……どういうこと?」


若干呆然としたように目を瞬きながらそういうベジに悪魔は真実を射抜くような視線を向ける。


「あんた、今歳いくつ?」


「えっと……」


左右の手の指をおりながら考え込むように唸るベジ。


「17、かな」


そういってからハッとしたように

「間違えた。昨日で18歳だった」

というベジに『昨日誕生日だったんだ。祝えなくてごめんね』とでも言いいたいところだがこの緊迫した状況下ではそれを口にすることもできない。


悪魔のどこか納得したような表情。じゅうたん下でふよふよとゆれているドーム状のもの達。

それら全てを繋ぎ合わせようとするけど、僕には到底わかりそうにない。


「どういうことだよ」


険しげな表情をする悪魔にそうたずねる。


「昔、昔、このメルカナと呼ばれる世界で光と闇の戦争が起こりました」


悪魔は少し楽しそうにそう語り出す。

昔話など今はどうでもいいし、その光と闇の大戦のことなら子供の頃から嫌という程聞いている。

けれど、この話を聞けばきっと答えがわかるようなそんな気がして黙って話を聞く。


「光側の中心はエルフ。狼人間や妖精、ケンタウロス、天使達が彼らに味方しました。対する闇側の中心は魔王と呼ばれた人間。ダークエルフ、ドワーフ、ゴブリン、悪魔達が味方しました」


そして100年にも及んだ大戦は、光側の勝利で終わったんだよな。

そもそものきっかけは闇側の奴らが光側の奴らを妬んで引き起こし……


「光の者たちは常々闇側のもの達を邪魔だと感じていましたからここぞとばかりに大戦を起こす理由作りをしていたのです。そんな矢先、光側のもの達に心底憤りを覚えていた魔王が怒りの狼煙をあげたのでした。そんなことから始まった100年にも及ぶ戦争は、結局勝ち負けがつかなかったのです」


悪魔が喋ること全てが僕が聞いていたこととは全く違う内容で、だけど、不思議とそれこそが真実なのだと思えた。


「そこで光側は和議を結ぼうとしました。しかし、それは大きな罠でした。和議を結ぶためと呼びだした魔王を光側は虐殺。そのうえ、彼と血の繋がる者全てに囚われと呪いの刻印を与えたのでした。そして、大将を失った闇側は大崩れ。多くのもの達は家族に至るまで虐殺または呪いをかけられたのです。光側の手によって……」


そこまでいうと一息つく悪魔。


「ねえ、あんた、今の話聞いてなにか感じなかった?」


その言葉の行き先、ベジを見やれば、ベジは複雑な苦しげな表情をしていた。


「うん、感じるよ。怒りと悲しみと憎悪を」


ベジとは到底似つかわぬ言葉がとびだしてくる。


「ベジ、あんたは」


「魔王の一族……だよね」


悪魔の言葉を遮り強い声音でそういうベジの言葉には若干の放心状態には陥る。

ベジが魔王の一族?

魔王と言えばエルフの都を潰したり多くの者を虐殺したことで知られている。本当に、あの?……。

呆然とする僕の目の前でベジは唐突に、あろうことか胸元あたりの服をひっさげる。


「なっ」


いきなりのことに驚き声をあげた僕の頬は朱に染まってること間違いなしだ。


「大丈夫よ、坊主」


普段のようなからかいが一切ない悪魔のその口調に恐る恐るといった感じで顔をあげると、ベジが服をはだけさせたそこには、紅く燃え上がっているような刻印があった。


「花?……」


「そう。これは罪、罰、囚われの身って意味があるダンデライオンという花なの。まあ、一言で言ってしまえば罪の烙印ってとこね」


そういう悪魔の顔はひどく楽しげだ。


「私、今日の朝すごく胸が痛くてなんでだろうって思ってた。そしたら、これだったんだ」


「刻印があらわれるのは大人になってから。けれど、子供でもあの見えない囚われの檻からは抜け出せない。だから、あんたの親族はあんたを、大人と子供の狭間であるまだ不安定なときに送りだした。」


「私ね……夢を見たの。みんなが元気で暮らすようにって、ソウくんが……いとこの子が今すぐそっちに行くっていう夢を。なんだかね、その夢、現実みたいで、でも私夢だと思って」


ベジは珍しく眉をひそめ悲しげに俯いた。


「みんなに会えるのがあれが最後だなんて思わなかった……」


ベジの手はギュッと固く握られていた。

本当なら泣きわめいたり怒ったり地団駄を踏んだりするところだが、彼女はただ、押し寄せてくる感情の波に耐えているようだった。


「なんとかできないのか?」


気づいたら、そう言っていた。

こんな状態のベジを放って置くわけにはいかない。

ベジには救われたと思う。

あの時の僕はこの傷みに満ち満ちた大嫌いな世界から消えることばかり考えていたけど、ベジに救われたおかげである今は不思議と消えたいと思わなくなった。

だから、今度は僕が救ってあげたい。

そう思うんだ。


「なあ」


考え込むような仕草をしている悪魔にもう一度そう呼びかける。


「そうね」


あげた顔にはなんの表情も浮かんでいない。しかし、

「伝説の力を手に入れればどうにかなるかもしれないわね」

そう言い終えた悪魔の顔にはいつもよりどこか艶やかな笑みが浮かんでいた。

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