2の鉱夫

浜崎ユウマ

2の鉱夫 1(ver1.4)

西暦2222年2月22日。

今日は2の日だ。そんなくだらないことがそれなりに話題になる。

ここが狭く暗い炭鉱で、俺たちが鉱夫だからだ。

鉱夫といっても鉱山にはいない。

ここは明かりを消した小さな自室のベッドだ。

小さな戦車の砲塔にツルハシがくくりつけられたものを、

ここから遠隔管理している。

時刻は2時2分。次の次の休憩時間には2時22分になる。

俺たちは第2の鉱夫だ。これだけ2が揃うことも珍しい。

7だったら良かったのに。

勿論、低所得層である俺の肉体も精神も、7777年には跡形も無く消えているだろう。

かつてはどんな下流階級でも、自分の遺伝子を含む実子を残せたという。

第1の鉱夫だったらよかった。しかし俺たちは第2の鉱夫だ。

第1の鉱夫は200年以上も昔、仮想通貨、今で言う世界通貨の発見初期に、その採掘に従事した連中だ。

彼らは幸せを手にしたらしい。少なくとも、縫いぐるみが1つ買える程度の幸せを。

当時の縫いぐるみの価格がどれほどだったかわからない。

しかし少なくとも、国家から支給される貨幣で買える額ではなかったはずだ。

すでに先進国の少子化が社会問題化していた時代だった。

今ほどでなくとも、縫いぐるみや食玩は高級品だっただろう。

食玩。ああ、俺の養子が男の子だったら、食玩なら手が届くのだが。

2000年以降、急速に衰退した縫いぐるみ産業、食玩産業は、

伝統工芸に発展する前に、その技術ごと断絶した。

今では、3Dデザイナーが博物館のアンティークから立体スキャンした複製品が、

富裕層向けの法外な価格で僅かに市場に供給されるのみだ。

この国にただひとつの縫いぐるみ取扱店は、

この国にただひとつの食玩取扱店に併設され、

その二店をつなぐ広場のカフェは富裕層の子息達のサロンになっている。

高い買い物だから事前に実物を見ておきたかったが、

足を運んだことはないし、どうせ選べるほど予算もなかった。

俺はここを離れるわけにはいかなかった。俺の人生はこの採掘で決まる。

俺が養子を持てることになったのは、養子縁組の応募フォームのその他欄に、男の子なら食玩、女の子なら縫いぐるみを必ず買い与えると入力したからだ。

ああ、男の子ならなんとかなったのに。

縫いぐるみを娘にプレゼントできないとなれば、契約不履行によって養子関係は解消される。

そうなれば若い娘を家族に持つことを担保に勝ち得たこの職も、個室も、最低限の社会的地位も、

何もかも地に墜ちて失われる。娘のいない人生など考えられない。

そう決意しているとき、休憩時間の開始を告げるレディ・ガガの歌が無線イヤホンを通して耳孔に流れ込んできた。

多くの有力な資産家が寿命を無限に延長する中、ガガは一人天寿を全うして死んだ。

英雄譚を得て、ミームとして人類に遍在し続けることを選んだ最初の著名人だ。

完新世後期における有力音楽家の中で最も早く著作権を失効したガガの曲は、

こうして皮肉にも世界で最も流通している。目立ちたがり屋の彼女は望みを叶えた訳だ。

なんだってこんなに歴史のことばかり考えているんだろう。

今日が2222年2月22日だからだろうか。

まるで破滅を予感する者の走馬灯のようだ。


休憩時間の終了を告げるガガが再生される前に、手動で作業を再開した。

焦っていた。ゴールドラッシュとはそういうものだ。

世界通貨の暗号管理で資産を得ることを採掘と呼ぶその語源は、更に400年もの起源を遡る。

それはアメリカン川というかつて存在した自然川で砂金が発見され、

付近の地域一帯に大規模な砂金掘りが流行した故事に由来するとされている。

正確な情報は分からない。無料プランのブラウザと検索エンジンでは、

掃いて捨てるほどの雑多なネットメディアのノイズにまみれて、正確な文献にあたることは不可能に近い。

俺が子供の頃はまだマシだったが、その頃は判断力が足りなかったから、やはり本当のことは何も調べられないに等しかった。

賢者の石が人類に配られても、結局それをまともに活用できるのは賢者か金持ちだけだということだ。

とにかくメディア連中が金を積んで実装した自動記事作成ツールが吐き出し続けて地層のようになった文献の内容を平均すると、以下のようになる。

かつて人々は砂金を得んがため、自然の山や川、そして地表を掘り続けた。

土地や故郷、肺臓の健康すらかなぐり捨て、誰もが一生の多くを穴掘りに費やした。

誇張はあるだろうが、だからこそ幾ばくかの資産を得た者も実在したということだろう。

希望はある。そう自分に言い聞かせて、疲弊した集中力を維持するよう努めた。

去年、プレートの境界に浮かぶこの島国に史上数十回目の大震災が起きた頃、

疲弊しきった国家にあって集中力を切らさず、希望を掲げ続けた政治家がいた。

その男は劣勢の首相選の隠し玉に、意表を突く公約を掲げた。

それがプレート変動により新たに発見された鉱脈の採掘だった。

貨幣制度も代替エネルギー技術も開発されつくした現代では、

砂金や油田には、人を穴掘りへといざなうような魔力はない。

しかしその鉱脈に観測されたのは、代替エネルギー発電装置にすら搭載される、

半導体向きの希少な鉱物資源だった。つまり、それは未知の何かではなかった。

各国政府から事実上独立しつつある宇宙開発事業団が、百年計画で進めてきた宇宙開発の目玉に据える、

地球外惑星でしか採取できないと考えられていたレアメタルだった。

もう国が人類の先頭を切る時代ではないはずだった。しかし世界最大規模の事業が物にするはずだった経済地位を、

たった一つの国家が、全く合法的なやり方で横取りし、人類の王座に君臨しかねないとすれば?

この信じられない公約は、先進国の地位を失って久しい島国の国民達に、再び愛国心を灯した。

まもなく男も当選した。時を同じく、多数の企業が国内外から参画した。

採掘は歴史上最大の公共事業となり、地価が下がりきっていた地震被災地の人口は半年で地震以前を上回った。

放射能事故で完全に汚染され経済的存在意義を失っていた列島のあらゆる湾は埋め立てられ、メガフロートが乱立した。

多くの海外事業と外国人労働者が集うこの採掘地では、もはや国の公用語は通じない。

やり取りできるのは英語か、中国語か、プログラム言語だけだった。

俺にしても、公営事業の下請けとしてでなく、民間事業の傘下で採掘に参加している。

動きの遅い公営に先んじていち早く採掘態勢を整えたのは、

世界に悪名高い陸配用ドローンの配送事業だった。

この国は地震の多さから、電線が地中でなく、地上にある。

国土中の中低空域に張り巡らされた電線はさながら蜘蛛の巣で、

森のように建造物が並ぶ暗い人口密集地ほど多く見かけられるのも、やはり蜘蛛の巣に似ていた。

空配ドローンがこの蜘蛛の巣に接触事故を起こすと、どこからともなく回収業者が現れ、

電線同士をつなぐ電柱によじ登って、ドローンをさらっていく。

ドローンは回収業者と結託した自治体に引き渡され、航空安全法違反として警察を通じ持ち主を特定される。

全ては多額の賠償金請求と、高額な業務用ドローンの没収転売が目的だ。この国はもう末期だった。

こうした悪習から、大手外資事業の空配ドローン普及は難航し、今では先進国で唯一、

自由と文明の象徴であるドローンが地べたを這いずりまわるようになった。

陸配ドローンはラジコン戦車のノウハウを流用して製品化されており、稼働域の広い砲塔の突端にカメラレンズが覗いている。

頑強さとコストの低さで法改正よりも早く空配ドローンのシェアを埋めた陸配ドローンは、

150余年に渡りガラパゴス的進化を重ね、遂に砲塔にツルハシをくくり付けられ、採掘現場に導入されたというわけだ。

しかし急進派の男が首相に当選した以上、空配ドローンの法規制も今年中には緩和されるのは目に見えている。

陸配ドローンはその運命を見越して、いびつながらも、次なる進化への分岐を歩みだしたといえる。

俺はそんな珍妙で誠実な、ツルハシの付いた陸配ドローン、もとい採掘ドローンのことが好きだった。

環境の変化に適応し続ける種が生き残る、生命の原則の象徴にすら感じられた。

長い思索の時間に浸かって、俺はモニター越しに操るそのドローンに、自己を同化していることに気付く。

それはフロントビューシミュレーションゲームの主人公に対する没入感に似ていた。

ドローンはゆっくりと無作為に砲塔を上下する。その度暗い大地が穿たれて破片が舞う。

足元の地形がほんの少し変化する。俺は舐めるようにモニターを眺める。

ドローンに搭載された小さな照明を頼りに、暗い寝室で鉱石を探し続ける。

ガガの歌が休憩時間を告げた。

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