幕末SF短編集 「人斬り伊蔵」

緯糸ひつじ

幕末SF 人斬り伊蔵

 文久3年、深夜、豪雨の京都市中。


 地面はぬかり、水溜まりが沸き立つような様が、屋敷の薄明かりで見える。


 伊蔵は、路地の暗がりに身を隠し、息を整えていた。


 耳を澄ませば、騒がしい雨音の中、遠くで飛び交う男達の声が聞こえる。

「追え!探せ! 」

 通りを覗くと、男達がバシャバシャと駆け抜けた。


 軒に入っても、雨が吹き込む。

 着物が水を吸い、重く肌にまとわりつく。

 顔を手で拭っても拭っても、雨が顔を流れ続けた。

 だらりと手に持つ抜き身の刀からは、血が滴っている。

 要人暗殺の直後だった。


「こりゃ、逃げられんかもなぁ」

 呑気に呟くも、体の疲労は抜けなかった。


『おい、大丈夫か』

 伊蔵は、小型イヤホンマイクに耳を手を当てる。

「武一さん、俺、もう無理かも。今回の敵は察しが良すぎる」


『敵さん、傭兵でも頼んだのか? もう一度、相手の装備を見てみろ』

 伊蔵はまた、通りに顔を出す。男の後ろ姿を見る。



 伊蔵は、立ち姿だけで相手が修羅場を潜り抜けた歴戦の武士と分かった。

 紺のタクティクススーツに、防刃ベスト。こちらを向いたが、笠を被っていて表情は見えなかった。

 腰に差した刀の鞘には、青いランプが点灯している。


『ランプか、認証刀だな。随分、管理された部隊だな』


 認証刀。

 正式名称を、個体認証機能付き日本刀と呼ぶ。

 生体認識を用いて、登録された所有者以外が握ると抜刀出来ないようにロックが掛かる。または管理者の権限でも、遠隔でロックをオンオフ可能だ。

 いわゆる、安全装置付きの刀である。


「そりゃ、そうだ。ならず者の浪人集団、まとめるンだから」

 伊蔵は冷や汗をかく。

 雨が弱まり、静けさが戻る。


『そうか。思ったより早い御出座しだな』

 武一は察した。



「背中に“誠”……新撰組だ」



 特殊強襲鎮圧執行部隊、新撰組。

 紺の装備を纏い“誠”を背負う、反幕府勢力を鎮圧する最強の武装集団だ。


『仕方ない、こちらも切り札を斬っとくか。ちょっと待ってろ、今、網膜走査ディスプレイに映す』

 伊蔵の視界に、仮想の碁盤の目が浮かび、赤い光点が動き回っていた。

「わぁ、何だ」


『これは、KPSで捉えた新撰組全隊員の位置情報だ』


 KPS。全京都測位システム(Kyoto positioning system)の略。幕府が管轄する京都市内の数百台のカメラが“誠”の文字を認識し追尾、地図に位置を表示している。

『幕府の技術は時代遅れなンだよ。型落ちのファイアウォールで、サーバーに侵入するのは簡単でさァ。今や、お前の目に、敵さんの指令室と同じモノが映ってる』


「なるほどねェ、あァ絶景かな絶景かな」

 自慢気な武一の声に、伊蔵は投げやりに言った。


「で、俺は何処なのよ」

『うーんと、うん。その2つの赤い点の近くだ』


「それってさ……」

「動くな!」

 伊蔵は振り向く。

 二人組のタクティクススーツ姿。

 刀に手を掛け、いつでも抜刀する構えだ。


 伊蔵は、意味ねェじゃん、と思いつつ、

「二対一で、苛める気かな?」

 と問う。


 伊蔵は距離感を測り、得意な間合いにジリジリ動く。止まり、一呼吸。


「やれるもんなら、やってみな!」

 ━━ 一瞬の抜刀。

 伊蔵は、一人に狙いを定め、一直線に首めがけ、切り抜く。

 それを察した新撰組の二人が刀を抜こうと、握った柄に力をかける━━が、


「う、おい、抜けねェぞ!」


 ━━閃光のような一太刀。


 敵の一人は力なく倒れる。二人の鞘には、刀がまだ収まったままだ。

「何だ」

 敵は狼狽えながら、手が掛かっている鞘を見ると、ランプが赤く点灯していた。

「使用不可……」

 敵は何度も握り直すが、刀の反応は変わらない。


『危なかったなぁ。こっちから遠隔で部隊の認証刀、抜刀不可にしといた。まぁ、40秒くらいで復旧するだろうな』


「やるじゃん」

 それを聞いた伊蔵は、すぐに残りの一人めがけ、上段から振り下ろす。

 ガッと音がすると思うと、敵は伊蔵の刀の横っ腹に手刀を、叩き付けていた。


「刀が曲がったァ!」伊蔵が新撰組の馬鹿力に驚く。


 伊蔵も刀を放り投げ、敵に拳を叩き込む。

 雨の中、泥にまみれた殴り合い。

 二人の、呻き声と打撃音が、雨音と虚しく交じっていく。


 伊蔵は、掴み合いから投げ飛ばされ、自分が斬った亡骸に叩き付けられた。

 亡骸の手に触れる。まだ温もりがあった。雨混じりの血が、袖に付いた。

 伊蔵は亡骸から敵に視線を移す。


 すると、リボルバーの銃口を伊蔵に向け、余裕の表情をしている敵がいた。


「それ、認証付き?」

 伊蔵は、おどけて聞いてみる。


「半端な技術に頼るから、死ぬんだよ。これは新撰組では携帯許可されない、イリーガルな銃だよ」

 敵は嘲笑する。


「だから、浪人連中は嫌い」

 そばの亡骸は冷たくなりつつある。


 敵はニヤりと嗤った。

「ほざいてろ。お前も、そっちへ逝ってこい」




 敵が引き金に力を込める、その瞬間━━


「ンなもん、勝ってから云え」

 ━━抜刀、一閃。


 リボルバーを持つ右手が、ぬかるんだ地面に落ちた。


 鞘のランプは青。

 伊蔵は、亡骸の手の平ごと認証刀の柄を掴み、抜き斬った。

「きっかり、40秒。死体でも認証されるンだな」


 伊蔵は半ば驚きつつ、立ち上がる。

 手には、亡骸の鞘から抜いた刀を持っている。


 伊蔵は、顔を歪め転げる敵に向かい、嘲笑して言う。

「これが、ほんとの片手落ち」

『上手くねェな』



 ■



 指令室の屋敷、八木邸では焦りが募っていた。

「まだ、見つからんのか」


 大広間の畳の上には、碁盤の目と赤い光点が浮かぶディスプレイが敷かれている。

 行灯に照らし出され、険しい顔の局長、権藤勇が座している。

「ん、あいつは何だ」

 ヘッドセットを付け、無線を飛ばした。

「こちら、局長。おい、No.壱壱イチイチ、一人で行動するな」


『こちら、No.壱壱イチイチ。すいやせん、仲間、見失っちゃって』


「戻れ、京都市内を出るぞ」

『すいやせん、すいやせん』

 権藤の眉間に皺を寄せる。

 もう一度、声を掛けようとすると、割り込みで無線が入ってきた。



『こちらNo.弐壱フタイチ! 新撰組、死傷者が2名ッ! その内、No.壱壱イチイチは丸裸ですよ!』


「なにッ! 俺の目の前で、堂々と逃走しやがッたな」

権藤は畳を拳で叩き、立ち上がった。

「新撰組、全員に告ぐッ!No.壱壱イチイチの偽者を引ッ捕らえろッ!」

 権藤は叫び、指を差す。



 ━━が、虚しくも既に碁盤の上から光点は消えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る