彼女の好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本 奏多

第1話 まだ何も始まらないし終わりもしない

 夕焼けほど儚さを感じさせるものはないのではないだろうか。


 これからすぐにでも闇に染まるだろう空は、オレンジと紫のグラデーションで彩られている。


 そこに無機質に伸びる飛行機雲。

 昼間は煩かった遊園地内の喧騒も、今では嘘のようだ。


 普段ならひどく気になるであろうゴンドラの軋みも、今は心地よく感じる。


 もうすぐ、か……

 少年と少女が向かい合って乗るその観覧車のゴンドラは今まさに最高点に到達しようとしていた。


 少年の向かいに座る少女は、少し茶色っぽい髪を揺らしながら、静かに外を眺めていた。


 西日のせいか、頬は紅潮しているように見える。


 少年は一息置き、あのさ……と切り出した。


 想いの丈を、彼女を想う気持ちを、少年はまっすぐに、少女へ告げた。


 少女は一瞬戸惑うような仕草を見せたが、すぐに少年を正面に見据えると、潤んだ瞳で心の底からの笑顔を咲かせた。


 ……刹那


 少年の視界は白に塗りつぶされた。

 先ほどまで視界の真ん中にあった少女の顔も、美しい夕焼けも。


 全てはその純白に、閃光に、かすめ取られてしまった。



 * * *



「あーたーらしぃーあーさがきた!きーぼぉーのーあーさーだっ!」

「うるっさいっ!」

 今のこの状況をこのセリフだけで理解できた人は天才だと思う。アインシュタインとかそういうレベル。


 説明補足すると、朝、俺のスマホが突然歌い出したので、思いっきり壁に打ちつけてやったのだ。

 いや……これでもわからないな……


「やめてくださいよ!もー」

「いや、目覚まし普通に鳴らしてくれよ。なんで朝一番からお前の歌を聴かなきゃいけないんだよ」

「あ〜、照れてる照れてる〜♪」

「俺が照れる要素がどこにあんだよ」


 俺は床に落ちたスマホを拾い上げながらそれに話しかける。

 そのディスプレイには、三頭身の可愛らしいキャラクターが映っている。


 こいつはティア。俺のスマホに棲みついている自称ナビゲーターだ。


 そいつはふふーん♪とか言いながら俺の方をニヤニヤ見ていた。うざい。


「だってほら!なんか朝感でるじゃないですか。私の歌聴いたら元気出るかな〜って」

「いや出ないし。いいからちょっと引っ込んでろ」

 俺はそう言うと電源ボタンを長押しした。


 今日は4月6日。いわゆる始業式の日である。


 俺はちゃっちゃと支度を整えて、トーストを口にくわえた。これはラブコメ展開を期待しているのではなく、ただ時間がないだけだ。うん、そうだ。


 俺は乗り慣れたママチャリにまたがると、学校までの道を辿りはじめた。


 長い坂を一気に抜け、大通りに出て三つ目の信号を右へ。


「ところで馨かおるさん」

「俺さっき携帯の電源切ったんだけど……」

「電源系統のシステムをハックしました♪」

「ハックしました♪……じゃねぇだろおい」

「えー、それ私の真似ですか? 本当に心の底から気持ち悪いんでやめてもらえます?」

「そっちこそ何気ない会話で俺のHP削ぐのやめてくれる?」


 本当にこういうこと言われると傷つく。一度本気でクラスの奴らに罵倒されまくった時期もあったが、そんなのはもう過去の話だ。


「いやー、馨さん。今日は何日ですか?」

「は? 何日って……4月6日だろ?」

「そうです!そして今日が何の日かはわかりますよね?」

「4月6日……あ!新聞をヨム日だ!」

「えぇー……。何ですかその微妙な知識……。今ググりましたけど本当にあるとは……」


 こいつが言った通り、新聞をヨム日は本当にある。4月の新生活シーズンに乗っかって新規のお客さんを増やすという新聞社の策略らしいが、だからって勧誘のお兄ちゃんをいっぱい寄越すのはやめてくれませんかね?


「っていうか、私が言いたいのはそんなことじゃないんです!もっと重要なイベントがあった日でしょ!」

「4月6日……あっ!お前が来た日か?」

「そうですよ〜!それと……?」

「俺が呪いをかけられた日、とでも言わせたいのか?」

「まぁ、そんなところですかねぇ〜」


 呪い。

 俺が小6だった頃、俺の人生を変えた呪い。

 もちろん、魔女白姫を封じ込めたり、人の頭にフラグは見えたりするような大層な呪いではないのだが……


 そう思案する俺の頭上を心地よい春の風とともに灰色の帽子が飛んでいった。


 もしやこれは……いや、でも間違いない……!



 これは俺のラブコメスタートを告げるフラグだぁ!



「うおおぉぉぉぉぉ!!!!!」

 俺は衝動に任せてペダルを踏んだ。だって必死になるのもしょうがないだろ。冴えない彼女が育つかもしれないんだぜっ!


 あと……少し……!


 左手でハンドルを握りつつ、右手は帽子に手を伸ばす。


「もらったぁ!」

 思いっきり伸ばした手に帽子をしっかりと掴む。バランスを崩しながらも俺は自転車を静止させた。


 あとは届けるだけ〜♪ の簡単なお仕事である。


 俺は期待に胸を膨らませながらニューヒロインがいるであろうさっきの場所へ向かった。


「それにしても良いことをするっていうのはいいものですね〜」

「いや、お前何もしてないだろ」

「え?そうですっけ?」


 ティアがわざとらしくとぼけてみせる。


「でも、馨さんがこんなことするなんて意外ですね。いつもは知らぬ存ぜぬって感じなのに」

「ま、まぁ、たまには人助けをするのもいいかなーって」


 ふーん?という訝しげな視線をひらりと回避した俺は再び件の彼女を捜した。


「あのぉ……」

 その声はとてもか細いながらも今までの苦労を滲ませたような声だった。


 来たああぁぁぁ!!!!!


 遂に来ました俺のターン。この衝撃的な出会いから始まる純愛ストーリー!


 また、悪いオチに対する予防線も張ってある。この帽子は明らかに女物の帽子なので、振り返ればゴツい大男がいたというオチはない。


 俺は恐る恐る声の方向へ振り返る。


 そこには銀髪をたなびかせる美少女……


 ……ではなく、

 そこには白髪をたなびかせるおばあさんがいた。


 うん、こんなことだろうとは予想してた。

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