儚き(端末版アスウェルエンド)

仲仁へび(旧:離久)

01 序章 観測者



 ???


 一日の始まりが騒がしい。

 それが最近のアスウェルの悩みだった。


 …。

 ……。

 朝日が窓から差し込んでいるのを感じる。

 アスウェルは目を開けた。


 パタパタとどこからか足音が聞こえ、それはだんだん近づいてきて、一瞬立ち止まる。

 控えめなノック音がしたかと思ったら、返事も待たずに檸檬色の髪の少女が部屋に入って来た。


「アスウェルさんっ、大変ですっ。バスケットに入れておいたはずのパンがなくなっちゃいました!」


 頭の上にウサギの耳のような形をした緑のヘアバンドをしている。そんな飾りが特徴の少女は、毎朝自分に朝食を運んでくる。


 少女は手にしていたトレイとバスケットを部屋にあるテーブルへと置きながら不思議そうにこちらへ話してきた。


「ちょっと目を離した隙に消えちゃったんです、途中まで籠の中にはあったのに……」


 バスケットの中身は空だ。

 なるほど、確かに中身はない。

 だが……。


「にゃー」


 むしゃむしゃ。


 少女の特徴であるヘアバンド、その上にさらに乗っかっている物に視線を向ける。

 そこにいるのはネコだった。


 浮き輪をつけて背中に羽の生えた、この世界に存在するとは思えない生き物が頭の上に乗って、もう半分ほどの量になってしまったパンにかじりついている。


 だから、アスウェルはレミィに向けて言ってやるのだ。


「手を上げて頭の上に置け」

「私は犯人じゃないですよ!」


 言葉を間違えた。


 アスウェルは少女に近づいて頭の上にいるそれをつまみ上げる。


「にゃっ」

「戻ったらこいつを鍋にでも放り込んでおけ」

「はっ、ムラネコさんっ!」


 そうして、ここ最近のアスウェルの一日は騒がしく始まるのだった。


 最初の頃にはうっとおしいと感じていた悩みだが、もう慣れつつあるのが新たな悩みになりそうだった。


 今日がそうだったのだから明日の朝もきっとこうなるだろう。

 アスウェルはそう思っていた。

 だが……。


 その時の自分は知らなかった。

 いや、そんな事が起きるとは思いもよらなかったと言った方が正しい。


 アスウェルがその時見えていた景色は平和で、幸福とも言えるもの。


 穏やかな、春の日の温もりのようなその日々の裏に、身の毛もよだつような深い闇が潜んで、逃れようのない網を張っていようとは思わなかった。思えなかった。


 明日の幸福は儚いものだ。


 当たり前に今日と同じ明日が来る保障など、どこにもないというのに。


 少女がやって来て、くだらないような話をして一日が始まる。

 そんな景色が二度と見られなくなるものだとは、この時のアスウェルは何一つ知らなかったのだ。











 ……。

 …………。


 驚いたわ。

 私以外にもこの物語を観測できる人がいたなんて、ひょっとして貴方は私と同じ観測者の素質があるのかも。


 貴方が今見たこの物語は、私と貴方、そしてもう一人のあの人を除いて誰も覚えていない事実よ。

 この記憶は、出来事はどこにも引き継がれることなく、時の狭間に消えていくったもの……。


 レミィも、アスウェルも覚えていない。


 ねぇ、お願いがあるの。

 私は貴方に、この物語の観測者になって欲しい。


 そしてできることなら手助けをしてあげて。


 貴方からは特別な特別な力を感じるから。


 だからどうか、この先もこの物語を観測し続けてほしい。


 そして、あの二人をこの永劫の日々から解き放ってほしい。


 お願い。


 レミィ・ラビラトリを。

 私の友達を。

 アスウェル・フューザーを。

 私の友達の大切な人を。


 どうか助けて。


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