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いつもの時間より、早めに俺は家を出る。
夜空には満天の星が煌めき、寒かったが風は出ていなかった。
エリカに呼ばれた通り、俺は荒川公園に向かう。
その道中、眩しいばかりの電飾に装飾された民家が目に入ってきた。あの家は、毎年の様にこの日になるとイルミネーションに包まれている。
ただ単に好きなのか、子供を喜ばせたいのかは定かではないが。
きっとあの家ではクリスマスケーキや、チキンなんかも凝っちゃったりして、盛大に聖なる夜を楽しむのだろう。こちらはいつも通りバイトだと言うのに。
毎年一人でクリスマスをやり過ごしてきた俺である。せめて今年はいずくと二人でクリスマスパーティを予定していたが、シフト表はそれを許さなかった。ルミがクリスマスの生配信で、今日は休みたいと言い出したせいである。
結局俺は今年も一人で寂しくクリスマスを過ごすことになるので……
ん?
あれ?
俺、何でこの時間に家出たんだっけ。
あれ?
エリカに会うんだよな?
え!?
ちょっと待てよ!!
クリスマスにエリカと二人キリニナルノカ!?
ここに来てその事実に気付いた俺は荒川公園に向かう足を速めた。
落ち着け。落ち着くんだ俺。
クリスマスは聖なる夜であり、精なる夜でも性なる夜にしてもならない。
エリカだって今日がクリスマスだと忘れていたに違いない。きっと普通になにか用事があって呼んだだけに決まっている。
荒川公園に着くと、ブランコに揺られるエリカの姿が目に入った。
「あ! よしおさん。こんばんわ! ごめんなさい、いきなり呼び出しちゃって」
「よ、よう。エエエエエエエエリカ。ごめんな。マタセチマッタカ?」
「こんな寒いのに凄い汗! ね、熱でもあるんじゃないんですか!?」
「!?」
エリカはそっと優しく俺の額に手を当てた。
ふわっと、エリカのいい匂いがする。
なにか言い返さなくてはと、俺は慌てて本題を切り出した。
「ないないないない!! 大丈夫だって!! それよりどうしたんだ!? なんか用事でもあるのか!?」
「ええ、ちょっと渡したいものがあるんです」
エリカは手に持っていたカバンから一つのマフラーを取り出した。
それを俺の首に巻くと、満足そうに笑みを向けた。
「え?」
「クリスマスプレゼントです。この前のお礼ですよ」
ま、まさか手編み!?
と思ったが、タグが付いている。
俺がそれに目をやるとエリカは焦ったようにタグを取り始めた。
「ああ! ごめんなさい! 外すの忘れてました!」
恥ずかしそうにそれを取ると、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「えっと、あの、迷惑でしたか?」
「いや、すごいあったかい! ありがとうエリカ!!」
親以外でクリスマスプレゼントを貰ったのは初めての事である。
ましてやそれがこんなにかわいい女の子からだなんて、我が人生に一片の悔いなし!!
「俺の方こそゴメンエリカ。プレゼントとか用意してないんだけど……」
「気にしないでください! さっきも言ったでしょう? それはこの前のお礼。よかったら使ってください。それともう一つ……」
エリカは再びカバンの中を漁り出す。
俺はマフラーの暖かさをしみじみと感じながら、何も返せない自分がちょっと情けなかった。
エリカが取り出したのは一枚の紙だった。
ま、まさか。ラブレター!?
「実はよしおさんに歌を作ってきたんです!!」
「……」
「えっと、歌い手としてここまでいろんな人に見て貰えたのはよしおさんのおかげですし、それでなにか返せたらいいなあって」
「……」
「えっと、ちょっと恥ずかしいんですけど、……聞いてもらえますか?」
そんな目で俺を見るな!
断れるわけがないだろう!!
もしエリカがアメリカの大統領に当選を取り下げろとおねだりしたら、本当に取り下げかねない。女性の瞳にはそれだけの魔力が、いやエリカの瞳にはそれだけの魔力が宿っている。異世界に転移したらチート級の能力と化けるだろう。ギアスと呼んでもいい。
「お、おう。勿論だ!!」
見とけお前ら!!
これが俺の生きざまだ!!
「じゃあ、聞いてください。『よしおさん。ありがとう』」
エリカの口からデスボイスが発せられ、それが空気中に振動し、俺の鼓膜に語り掛ける。
なぜだ!! なぜそのタイトルでこの曲調になってしまったんだ!!
開始10秒で俺の頭は頭痛が走り、30秒で吐き気を催し、1ッ分で立っているのがやっとになっている。だがしかし! ここで倒れるわけにはいかない! 耳を塞ぐわけにはいかない!!
以前俺はルミにエリカに正直に音痴だと伝えろと言ったが、俺が間違っていた!! そんな事出来るわけがない!! 俺は! 俺は最後まで聞き遂げて見せる!!
余りにも長く感じたその時間。
俺の脳内には走馬灯の様に子供の頃の記憶が走り廻っていた。
だが俺はやり遂げた。やり遂げて見せた。
「……あ、ありがとうエリカ。素敵な歌だった……」
「本当ですか!? よかった!! 気に入って貰えて!!」
エリカは無邪気に笑って見せた。
その笑顔が見れただけで、耐えた甲斐があったというものだ。
パチパチパチ……
俺の後ろから拍手が聞こえてきた。
後ろだけではない。気づくと、周囲には拍手喝采が巻き起こっていた。
俺がエリカの歌に耐え忍んでいた間、その歌声を聞きつけた周辺の住民がいつの間にやら俺達を取り囲んでいたのである。
「今の声、エリリンTVのエリリンさんですよね!?」
「ライブ!? こんなところで!?」
「今の動画撮った? 本物だよ!! すごくかわいい」
「一緒に写真撮ってくれませんか!?」
突然知らない人に話しかけられ、慌てるエリカの手を俺はとった。
そのまま走りだし、ルミの家へと俺は向かった。
*
「ふぅーん。そっか。バレちゃったのか……」
「どうしようルミさん……」
「とりあえず連中がいなくなるまでエリカをここに置いてくれないか? 今外に出たらまたすぐに見つかっちまうだろう」
「それは構わないよ。なんなら泊まってく? クリスマスに一人キリってのも寂しいしね」
エリカは申し訳なさそうに頭を下げた。
「それより幸ちゃん。バイト、時間いいの?」
俺はスマホを取り出し時刻を確認した。
すでに出勤時間を大幅に過ぎている。大遅刻だ!!
「やっべ!! それじゃあルミ!! 後はまかせた!!」
「あいよー。行ってらっしゃーい」
二人を後にして俺は玄関へと向かう。
「よしおさん。色々とすいませんでした」
俺は振り返りエリカに向かって笑いかけた。
「このマフラー。すっげえあったかいぜ!! ありがとな! エリカ!!」
*
それから連日、俺達のバイト先に噂を聞きつけた人が駆け付けるようになった。あの夜、荒川公園で起きた出来事を動画に取り、ネットに上げた人間がいたのだ。
一緒に映っていた俺の動画もエリカとの関係性を尋ねるコメントが絶えず貼られ、俺はそれらを無視してやり過ごしていた。
あれから一週間の月日が流れたが、それでも勢いは止まらず、今日、12月の31日、大晦日だと言うのに、やはりいつも通りレジには長蛇の列が出来ていたのである。
更衣室に入り、涙を流すエリカに俺は話しかけた。
「エリカ。ごめんな。こんな事になって……」
「よ……しおさん……」
「俺から、山崎さんに話してみるよ。なにも辞める事はないって! 師匠も言ってたぜ! 時間が経てば解決する問題だって!! だから――」
「もう、もういいんです。オーナーの言う通りです。言う事を聞かなかったばっかりに、色んな人に迷惑をかけてしまいました。仕事は辞めます。動画も消します。今まで……ありがとうございました」
エリカはそう言うと、更衣室から走り去っていってしまった。
俺は何もできないのか。
悔しくて、呆然と立ち尽くす。
涙で滲んで、床がぼやけて映った。
「よしおさん。ちょっといいですかな」
更衣室に入ってきた山崎さんに話しかけられた。
どうやら、レジに並んでいた人たちはエリカが帰ったと思ったのか、その姿はすでに消えていた。
「山崎さん……」
「そこに……座ってください」
俺は山崎さんに言われるがまま、ボロいパイプ椅子に腰かける。
その向かいに山崎さんが座り、俺は目を合わせた。
「よしおさんは……、知っていたのですか?」
「はい。と言うより、エリカに動画の投稿方法を教えたのは俺です。俺もユーチューバーなので」
山崎さんは深くため息をついた。
「山崎さん。悪いのは俺です!! 俺は首になっても構わない!! だけど! ……だけどエリカは!!」
「よしおさん。一昔前に、ここである事件が起こったのはご存知ですか?」
「事件……?」
「うちの冷蔵庫に入り、面白がってその写真をネットに上げた人間がいるんですよ。それからの経営はひどいもんでした。私は店をたたもうとすら考えた」
昔、このコンビニでSNS絡みの事件が起きた。
俺の記憶には、はっきりとは残っていなかったが、その風評被害は大打撃だったらしい。
「その人間とは、ここで働いていた私の息子でした。とんでもない馬鹿息子でした。いたずら好きで、軽い気持ちだったんだと思います。ですが、世間はそんな息子を厳しく批判しました」
冷蔵庫に入る写真に写っていた山崎さんの息子は、顔も住所も学校もバレ、ネットだけではなく、まわりから白い目で見続けられたのだそうだ。
「あれから、息子は変わってしまった。私は、もうそんな人間を見たくないと思い、せめて従業員だけはとSNSを禁止しました。便利な半面、あまりにリスクが多すぎる。年端のいかない子供たちに、そんな危険を手に持たせておくことが耐えられなかった」
「そうだったんですか……。……すいませんでした」
「エリカさんには申し訳ない事をしました。今まで、気づいてやれることが出来なかった。優しい子だから、私達に迷惑をかけてしまったと自分を責めているかもしれません」
この人は、そこまで考えていたんだ。
俺は途端に自分が恥ずかしくなってしょうがなかった。
「すいません。俺も、責任をとって仕事を辞めます」
「はっは。責任を取るとおっしゃるのなら、夜勤に穴を開けられては困りますよ。それに、よしおさんの女装姿を見られなくなるのはつまらない」
「山崎さん!! 見てたんですか!?」
「はは。隠し事はお互い様でしょう。それより、責任を取るとおっしゃるのなら私の頼みを一つ、聞いてはくれませんかね」
「俺に、出来る事があれば!!」
「エリカさんを連れ戻してきてください。経営不振になっていた時、私はあの子に励まされ、今一度ここまで店を立て直せたのです。この店はあの子なしではやっていけません」
エリカをまたこの店のレジに立たせる。
それを望んでいたのは、どうやら俺だけではなかったようだ。
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