新チャンネル エリリンTV を開設しました。
「うわ、本物だ。かわいい~~」
「あの歌ってみたのエリリンでしょ? 奇跡の歌声の」
「いいなあ。一緒に写真撮ってくれるかなあ」
晩飯のおでんを購入しようと俺はバイト先のコンビニへと入る。
レジの前に作られた長蛇の列は、物を買うと言う目的で出来ているわけではなく、エリカを一目見たいと言う目的からなされていた。
エリカの姿を見て興奮する見知らぬ人々は、列に並びながら自分の番を今か今かと心待ちにしながらエリカの接客を心待ちにしていた。中には列に並びながら隠れてスマホでエリカの写真を隠し撮りしている奴もいる。
カウンターに目をやると泣きそうな顔をしながら作り笑いでエリカが接客をしていた。
「ねぇ、エリリンでしょ!? 一緒に写真撮ってよ!!」
「ごめんなさい。今仕事中なんでちょっと……」
「えぇ~。じゃあ仕事何時に終わるの? ごはん食べ行こうよ。好きな所奢るからさ」
「ちょっと……、困ります。あの、他のお客さんがいますので……」
レジに商品を出した男は、自分の後ろに作られた長蛇の列など気にせずにしつこくエリカに話しかけている。
店の奥から、オーナーである山崎さんがそれを不快そうに睨んでいた。
*
「この子は売れるからよ」
「売れるって?」
話はエリカを師匠の元へと連れて行った日に遡る。
予想と反してすんなりとOKを出した師匠に俺は困惑していた。
「私が……売れる?」
「師匠、なんでそう思うんだよ?」
「実は私とエリカちゃんは初対面じゃないのよ。よくコンビニで接客して貰ってるわ。だからわかる。この子の声は人を惹き付けるのよ。見た目もかわいいしね」
いきなりかわいいと言われエリカは赤面した。
そう言えば師匠もあのコンビニによく出入りしてるんだっけか。
確かにエリカの声は良く通る。個性的というか、澄み切った綺麗な声であった。
「私、ネットに顔を出すのはちょっと抵抗があって……」
「そうなの? じゃあエリカちゃん。どんな動画を作りたいの?」
そう言われて、エリカは口ごもった。
大雑把に人を元気付ける動画を作りたいと言っていたが、その内容の方は未だに思いついていない。だからこそ師匠に相談しに来たのだ。
「そう……。じゃあエリカちゃん、趣味とかはあるの?」
「趣味……ですか? 買い物をしたり、ご飯食べに行ったり、後はカラオケ……かなぁ。結構好きで一人でも行ったりとかはしますけど、でもそれがどうしたんですか?」
エリカのそのセリフを聞くと師匠はにんまりと笑みを作った。
「エリカちゃん。歌ってみたって知ってる?」
歌ってみた。
それは投稿者が人気曲のカバーや、オリジナル曲を披露する動画である。
歌詞を変えて面白くしたり、ラップ調にしたり、なかには原曲よりうまいんじゃないかと思わせる程、プロ顔負けの美声を披露している動画もあったりと、その内容は様々である。
ネット上で彼らのような投稿者は『歌い手』と呼ばれ親しまれている。人気の歌い手にもなれば、CDを出したり、ライブに登場したりする程の視聴者を確保している人気コンテンツだ。
似たようなくくりで『踊り手』と呼ばれる人がいる。
こっちはその名の通り、PPAPや恋ダンスなどの有名な振り付けや、歌ってみたと同じくオリジナルの振り付けを披露する、ダンスの動画を上げる投稿者達である。
「歌ってみたですか? まあたまに見たりはしますけど……」
「作る動画が決まってないならどう? ちょっとやってみない?」
「私が……、歌ってみた……?」
「いいんじゃないかエリカ? 顔を出す必要もないし、カラオケ好きなんだろう?」
「ちょっと……面白そうかも……。私の歌が世界中の人に聞かれるなんて……」
どうやらエリカもまんざらではないようで、これから作るべき動画の方向性が決まってきたようだ。
「一人でカラオケに行くくらいなら結構歌いこんでるのか? 俺もちょっと聞いてみたいぞ。エリカの歌」
「私、子供の頃は子供合唱団に入ってて、中学は吹奏楽部、今は合唱部に入ってるんですよ」
「凄いな! さぞかし上手いんだろうな」
「これは期待できるわね」
「歌うのが好きで、友達とカラオケばっかり行ってたら飽きられちゃったのかあまり誘われなくなっちゃって……。最近は一人で行ってばかりなんです」
歌ってみたなら編集が無くても動画として成立する。
カメラもパソコンも持っていないと言うエリカに、とりあえず俺と師匠は、エリカにスマホからの動画のアップロードの仕方を教え、その場を解散した。
*
俺は家に帰るとバイト着に着替え、YouTubeを見ながら時間を潰した。
見ていた動画は歌ってみただ。色々な人達が作り上げたその動画から、音楽への熱意が伝わってくる。エリカの撮る動画もこの中に入るのだろう。あれだけの経歴を持つエリカの事である。きっとすぐに人気が出るに違いない。
時間が来たので俺は家を後にし、コンビニへと向かった。
*
「あれ? どうしたんだルミ。早いじゃないか」
「お、幸ちゃん。なんか今日胸騒ぎがしてねー。ちょっと早めに来ちゃった」
コンビニに辿り着くと驚くことにルミが俺より先に出勤していた。俺がこのコンビニでバイトを始めてから初めての事である。
俺は思わずスマホで時刻を確認する。なぜならば、この女はいつも時間ぎりぎりに出勤して来るため、俺の方が時間を見間違えて遅刻してしまったと錯覚してしまったからだ。
上着を脱いで仕事着になった俺はタイムカードを押してレジに入る。先輩たちは足早に退勤を押して帰って行った。
「胸騒ぎって、何の事?」
「んーなんって言うか。ゲーマーの勘なんだけど、こう……すごく良くない事が起こるような……、嫌な予感って言うか……」
「ハハ、なんだよそれ」
「んー……、気にし過ぎか! なんでもないよ!!」
「そう言えば、今日エリカがYouTubeに動画を上げる事になってるんだよ」
俺の一言にルミが驚愕する。
「えー!! エリカが!? 前からやってみたいって言ってたけど遂にユーチューバーデビューしちゃうのか!!」
あの大人しそうな、清純そうな風貌から、エリカがユーチューバーになるなんて、ルミですら思ってなかっただろう。
そう言えば聞いてなかった事がある。俺はルミに質問する。
「なあ、ルミ。お前とエリカってどういう関係なんだ?」
「どういうって。バイト仲間? だよ。エリカの方が先輩で、仕事を教えてもらったんだ。うちは最初は夜勤じゃなかったからねー」
「なんで夜勤になったんだ?」
「時給が高いってところとー、夜、生放送に人が集まる時間にゲームの配信がしたかったからねー。エリカには本当にお世話になったよー。時間が会わなくて最近遊べてないけどねー」
どうやらエリカとルミはかなり仲が良い様だ。
一緒に遊びに行くほどの関係らしい。
「この辺遊ぶところないだろう。何して遊んでたんだ? まさか押入れのゲームみたいな――」
「んなわけないだろ!! ……エリカはお酒が飲めないからねえ。ファミレスで喋ったり、買い物行ったり、あとは……、カラオケとか……」
どうやらあの18禁ゲームの様な禁断の関係は結んでいないようだ。
楽しそうに話していたのに、なぜかルミは途中から浮かない顔を見せ、ため息をつく。
「ねぇ幸ちゃん。幸ちゃんの心の友として忠告しておくけど、エリカとカラオケは行かない方が――」
トゥルン!
ルミの話途中で俺のスマホに通知が入った。
俺としたことが、どうやらマナーモードにするのを忘れていたらしい。
慌ててスマホを取り出し、マナーモードに設定しようとした俺に画面の文字が目に入る。
【差出人 エリカ よしおさんのおかげで初めての動画がアップロード出来ました! 本当にありがとうご……】
「お! ルミ、どうやらエリカが動画をアップロードしたみたいだぞ」
「えっと……、幸ちゃん……、もしかしてその動画って、歌ってみたとかじゃないよね……?」
「え? そうだけど……。それがどうかしたのか?」
それを聞いてルミは大きくため息をつく。
ルミの感じた胸騒ぎ、嫌な予感。俺達はそれをこの後知る事になる。
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