いきなりドッキリを仕掛けられました【汗】
俺が振り向いた先には、コンビニの事務所でぶつかった制服少女が立っていた。
「ああー! あの時の!!」
「私そこのコンビニでバイトしてるエリカっていいます」
彼女はそう言って微笑んだ。
俺は確かに華やかな生活に憧れてユーチューバーになったけれど、まさかこんなかわいい子と同じ職場に通うことになろうとは。YouTube万歳! コンビニで2人きりになりきゃっきゃうふふする妄想がやめられないぜ!!
「ああ、じゃあ俺の先輩になるのかな。来週から俺もそこで働くことになったんだ」
「たしか夜勤で入ってましたよね? 私は夕方から夜までだから、あまり会わないかもしれませんね」
その一言で早くも、俺のけしからん妄想は砕け散った。だが、それを表に出してしまえば俺のバイトライフに支障をきたすと感じたので、俺は気にしないよう心掛けた。
「ま、まぁ同じ時間に出勤になったらよろしく頼むよ。俺の名前は、さ……ヨシオ」
「ヨシオ……さんですね? ところでここで何をしてるんですか?」
最近毎日動画を撮るときに、自分の事を幸と言い、さらには師匠にまで幸おじさんと言われ続けた俺は、一瞬自分の名前を間違えそうになった。読者の諸君、忘れていると思うが俺の名前はヨシオだ!
「ああ、家がすぐそこなんだよ。今帰る途中」
「へぇー! そうなんですか。あの、私もそろそろ帰ります。お気をつけて」
エリカさんがそう言って振り返ったので、俺はその背に向けて「お気をつけて」と手をひらひらと振った。見送ろうとしたが、彼女は突然振り向き、こう言い放ったのである。
「あ、言い忘れてたけどうちのオーナーYouTubeやってると怒りますよ? ばれないようにしてくださいね」
「えっ!?」
そう言い残し、エリカさんは去っていった。
俺は全身から血の気が引いた。やはり、バレているのか……。でもとりあえず、秘密は隠してくれるだろう。俺はエリカさんの優しそうな笑顔をみて直感していた。大丈夫だ、問題ない。きっと、多分、おそらく、根拠は無いが。
*
家に帰ってからも俺はずっとそわそわして、なんだか落ち着かなかった。
かわいい制服JKに話しかけられた事とか、その子は俺がユーチューバーなのを知っている事とか、俺の勤務先のコンビニはそうゆう類が禁止な事とか、かわいい制服JKに話しかけられた事なんかを思い出す。
ひとしきり考えたところで出た結論は、やっぱり、考えてもしょうがないと、今までの考察時間を無駄な時間へと変換させる結論に終わった。とりあえずそれはほっといて、今日の動画を撮らなくては。
いつも通り動画を撮ろうとしたのだが、師匠に燃料を投下し続けるように言われたことを思い出す。
また頭を使わなくてはいけないのか。
楽して稼げると思っていたユーチューバーになってからというもの、俺は今までよりよっぽど頭を使ってることに気付くのであった。
とりあえずスマホで炎上系ユーチューバーの動画を探し、そして勉強していく。過激発言、過激言動、過激企画。おおよそ過激と言う単語が絡めば動画は荒れていた。
あとは釣り動画もなかなか伸びている。決して海や川に行き魚を釣る動画ではない。
釣り動画というのはその名の通り、動画のサムネイルやタイトルを餌に、動画に興味を持った人を釣り上げるのだ。簡単に言えば過大広告である。世間でも世界一売れてる本だとか全米一の映画みたいに、これ釣りだろ……と思わせる内容の商品が溢れている。
例えば、YouTube一かわいい女性ユーチューバーとタイトルをつけ、無名なアイドルの写真なんかをサムネイルに貼れば世の男性は釣られたくまーと、クリックせざるをえないだろう。
スマホに通知が入る。師匠が新着動画を上げた知らせだ。
相変わらず師匠の動画の人気は高かった。投稿したと同時に再生数が伸びていく。動画では師匠が少女漫画の新刊をレビューしていた。俺は漫画なんか読まない。知っていてもエヴァとか北斗みたいな有名どころだ。もちろん内容までは知らない。
なぜ俺がこれらを知っているか、それはパチンコ屋で打った事があるからである。そういえばパチンコライターみたいなユーチューバーもいるんだよな……。運送会社を辞めてから俺は全然打ってないが、仕事をしていた時はよく休憩中に見ていた。
だが、この動画を作るためには店の許可が必要だ。俺にでもそれくらいわかる。舐めるな。
俺はネタ探しの為、スマホでYouTubeを漁り続け、一つの動画を開いた。よくある動画だが再生数は申し分ない。
ああ、これも伸びるよな。これなら俺でもできるかもしれねえ。
そうと決まれば準備が必要だ。俺はそれの準備をするため、その日の動画は結局簡素で見どころの無い晩飯の弁当のレビューを撮ることにした。
*
次の日、俺は早速今日の動画作りの材料集めに、駅中の雑貨屋に向かった。店内を探し回り、手に取ったのは血のり。そう、俺はドッキリ動画を撮ることにしたのだ。
ドッキリと言えばテレビでも有名である。何も知らない純真なターゲットを悪の仕掛け人が狙い、それを隠しカメラで撮るだけであるのに、異様に人目を惹く動画である。
だが、一人でドッキリなんてできるわけがない。どれほど手が込んでいようが、自分の仕掛けに驚くことほど空しいものはない。
俺はまず誰にドッキリを仕掛けるかと考え、そこからやはり師匠が思い浮かんだのだが、後が怖そうだからやっぱり他の人にしようと考え、でもやっぱり他の人なんていなかったので一周回って師匠をターゲットに決めた。何よりドッキリのターゲットは好感度が上がりやすい。winwinの関係になれるはずだ。
師匠もユーチューバーである。ネタばれしたら案外笑って許してくれるかもしれない。俺は結末も予想せず、そう楽観的に考えていた。
*
買い物を終えた俺は公園に戻り、カメラをバレないように植え込みに仕掛けて公園内を映し出した後、念入りに段取りを考えた。
俺が師匠を大声で呼んだら間違いなく殴りにくるだろう。殴られた俺が苦しそうにうずくまって、バレないよう袖から血のりを口に含んで盛大に吐血する。すると師匠は慌てて心配して……心配してくれるのか?
ここまできて、師匠は俺の事なんてなんとも思ってないんじゃないのか? という疑問にぶち当たる。どうしよう、「へえ、じゃあ私先に帰るから」みたいなリアクションされたら。血のり代が無駄になった挙句、今日の動画すらまともに完成しないまま、俺は一生消えない傷を心に刻むことになるぞ。やはりやめるべきか!?
俺は辞めるべきか、やるべきか、その選択に葛藤していると歩道に見慣れた影が歩いているのに気が付いた。
間違いない、あれは師匠だ。
ああ、もう考えるのは辞めだ! やる! やってやる!
俺はついに決心し、カメラの録画スイッチを押し、手をぶんぶん振りながら師匠を大声で呼んだ。
「おーーーい! 師匠ーーー!!」
師匠は俺に気付き、こちらに向かって走ってきた。よし! 計画通りだ。
「だから大声で呼ぶなって何度言ったらわかるんだあああああ!!」
師匠の拳は俺の顔面にクリーンヒットした! ここも計画通りだ!
俺は顔を抑え、師匠に背を向けうずくまり、袖に仕込んだ血のりを口いっぱいに含んだ。
「いい? 次呼んだらほんっとうに怒る……ん?」
いつもならすぐ起き上がる俺に師匠は違和感を抱いたようだ。俺はそのまま師匠に顔を見せないよう下を向いてうめき声を上げ続けた。
「え? ちょっと……大丈夫?」
よし! このタイミングだ!! 俺は自分の掌を上に向け、そこ目がけて口いっぱいに含んだ血のりを吐き出した。
「ブヘェッ!!」
「キャッ!! ちょっと! 幸おじさんどうしたのよ!!」
いいぞ! この調子だ! 俺は地面にうつぶせにバッタリ倒れこんだ。
間違いなくいい画が撮れてるはずだ。
口元が緩むのを抑えるので精いっぱいだぜ。
「ちょっ……イヤ! 幸おじさん! 幸おじさん!!」
師匠は横たわる俺の体を、名前を叫びながら揺すり続ける。
くっくっく。もういいだろう、そろそろネタバレしてあげるか……
頃合いを見図り、俺はゴロンと仰向けになり師匠の顔を見た。
――手だけではなく、服までも血のりで真っ赤に染め上げ、涙をボロボロ流す師匠の顔が目に入ってきた。
「あ……」
「待ってて! しっかりしなさいね! 今、救急車呼ぶからね!!」
師匠はポケットからスマホを取り出した。血のりでスマホは赤く染まる。俺は師匠の持っているスマホを奪い、そしてゆっくりと袖から血のりの袋を出した。
「え?」
師匠はピタッと泣き止み、そして固まった。俺は植え込みに隠したカメラを指さし、師匠はそのカメラと目が合った。
「ドッキリー、大成功……なんちゃって……」
顔のひきつった俺が静かにそう呟くと、師匠は俺の顔面を全体重を乗せ、踏みつけた。
「グエッ!!」
と俺が間抜けな叫び声をあげると、師匠は何も言わずカメラへと歩き出した。
これはまずい! 俺は直感した!
例え俺の体が壊れようと、ゴロゴロしてれば勝手に治るが、カメラは壊れたら何年ゴロゴロさせても治らないのだ。
やばい! やばすぎる!
「ごめんっ! ごめんなさいっ師匠!!」
俺は師匠を止めようとしがみつくが、師匠の歩みは止められず、ズズズと引きずられていく。
「おらああああああ!!!!!!」
「あ~~~~~~~~~~!!」
師匠はカメラを間合いに入れると、俺のカメラに向かって盛大に回し蹴りをした。カメラは三脚ごとふっとばされたが、運よく植え込みの上に落ちて原形を保っている。
「うわああああああああ! ごめんなさい師匠ううううううう!!」
「ごめんですむかあああああああああああああああ!!」
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!」
俺はその後も、暴れまわる師匠の怒りをなんとか収めようと奮闘していたが、突然俺と師匠の動きはピタッと止まる。
公園の外に停まった、赤色灯を回し続ける救急車を見たからだ。
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