第20話 刀は語り銃は鳴る

「……おいてめぇ。なにしてやがる?」


 背後からガストロに突然刺されたビズキットは激昂し、振り向きざまにガストロに殴り掛かった。

 ガストロは軽々しくそれをひょいと避ける。


「てめぇ、だまし打ちか!? あ!? なんとか言えやこの能面野郎!」


――パリン


 ハーディらから視線を逸らした隙に、ガラスの割れる音がして、ビズキットがそちらへ振り向くと、カルロが民家の窓を蹴破り中に入ったところだった。


「だってきみーうそつきやもんー」

「わけわかんねえこと言ってんじゃねえええええええええええ!」


 ビズキットはそう叫び地面を思いっきり殴った。地面にひかれている石畳がはじけ、破片がガストロの体を傷つけた。


「いたーい」

「うらあああああああああ!」


 殴り掛かるビズキットの拳を軽々と避けながらガストロは淡々と話す。


「わかったてーやったるよー」


 ビズキットにそう言い去り、ガストロはキリシマに向かって走りよってきた。

 キリシマは閃光のようにガストロに斬りかかるが、それはいとも簡単に避けられる。

 ガストロは持っていたナイフを、キリシマの刀を避けながら首元に突き刺そうとしたその時、ハーディの銃がガストロを狙った。

 ガストロはさらにそれを避ける。


「てめぇの相手は俺だ。ガストロ!」

「きみーほんきでぼくにかてるおもてるなー」


 ハーディのセリフに答えたガストロは、顔はそのままにいきなり笑い出した。


「ひゃっはひゃははひゃっひゃっひゃはひゃ」

「なにがおかしい!?」

「かてるおもうならええよこっちおいで」


 ガストロはビズキットの横を通り抜け広場へと走る。

 ハーディもその背を追いかけたが、ビズキットは許さなかった。


「死ねえええええええええ!」


 ビズキットがハーディ目がけて拳を振り下ろす。

 その前を閃光が通り、ビズキットの腕から血が噴き出した。


「あんたの相手は俺だ! ビズキットさんよ!」


 キリシマはそう言うと持っていた刀をビズキットに向けた。

 ビズキットが一瞬体を引いたその隙に、ハーディはガストロを追い、二人は教会前の広場へと駆けて行った。


「なんだ? 俺には勝てねえと認めるか?」


 キリシマがそう挑発するとビズキットは落ちていたカルロの大剣を拾い、力ずくで真っ直ぐに伸ばしてみせた。ビズキットはニヤリと笑いながら近づいてくる。


「素人がそんなもん持ったって俺には勝てねえだろう」


 キリシマがそう言ったがビズキットには秘策があった。


「貴様のチンケな剣なんざ叩き折ってやらあああああ!」

「剣じゃねえ。……刀だ」


 ビズキットはキリシマに向け走りより、そして手にしたカルロの大剣を真横に切りかかってきた。


「どうだ! これなら避け場はねえだろう!」


 キリシマの持つ刀より大剣の方が当然リーチは広い。さらに横からの攻撃に避け場は無いように思えたが、キリシマの抜刀術を支えるのは初動の速さ、踏み込みである。キリシマから見て左から大剣が来るのであれば、それが到達するより先に右を通り抜ければいい。キリシマからしてみれば上からだろうが横からだろうが関係はない。ビズキットの体格で全方位に隙を作らないなど不可能な話だ。

 ビズキットは叫び大剣を振るう。


「うらああああああああああああああああああああああ!!」


 風を切りながら、キリシマの左方から襲い掛かる大剣より速く、キリシマはビズキットの右脇に踏み込んだ。刀を抜刀し、なぞるようにビズキットの脇腹を斬ったとき、キリシマは違和感を感じ、……そして動きが止まった。

 ビズキットはすでに大剣を手放していた。左腕でしっかりと刀を抑え、左わき腹に全力を込め、キリシマの刀を止めていた。

 大剣でキリシマを屠ろうなどとはビズキットは微塵も考えていなかった。短距離とはいえあの速度で動く敵である。拳ですら捉えきれないのに、大剣など、とてもだが当たるわけがないだろう。上から振りかぶったらどちらに踏み込むかわからない。だが、片方から大剣をスイングしたら、キリシマは必ず逆を通り抜けようとするはずだ。そこまでわかれば後は簡単である。己の身が斬られようと力づくで刀を止めてしまえばいい。力勝負になったらビズキットが圧倒的に有利である。まず刀は抜けないだろう。

 ビズキットにとって一番の問題はそのタイミングであった。キリシマがひとたび踏み込めば目で追う事すら難しい。だからもうそれは諦めていた。ビズキットは気付かれないように、なるべく激昂したふりをしつつも、キリシマの姿をしっかりと見すえていた。その姿が消えた瞬間に、左わき腹に全力を入れ、鋼鉄を誇る肉体を更に高度な鎧へと昇華させたのである。刀が止まったことを確認し、大剣を手離して左腕でさらに刀を抑えた。ビズキットはこうして肉を切らせてキリシマの踏み込みを絶ったのである。

 刀を止められてキリシマの顔がこわばった。自分の全力の抜刀術が止められたことなど一度もなかったからである。


「ハァッハッハァ! これで終わりだなぁ!」


 ビズキットはそう言ってキリシマの刀をへし折ろうとした。

 キリシマはニヤリと笑う。


「言ったはずだぜ」


 刀は剣と違い、物に当てて引くように斬る。キリシマは地面を思いっきり踏み込んだ。


「俺に斬れねえもんはねえ!」


 キリシマはビズキットの体から刀を引き抜いた。

「があああああああああああああ!」


 ビズキットは傷を抱えて倒れこむ。キリシマの刀はビズキットの背骨までもを両断していたようだった。

 その叫び声の後、ゆっくり振り向き、キリシマは横たわるビズキットを見下ろした。


「ハァッ、ハァッ……」


 ビズキットは苦しそうに息を荒げている。傷の深さからもう長くは持たないだろう。

 その姿を確認すると、キリシマは何も言わずに背を向け、ハーディ達の向かった広場へと歩き出した。


「ハァッハッハァ! ハッハッハッハッハッハァ!」


 ビズキットの笑い声がこだまする。その笑いは自分が全力で戦える相手に最後に会えた事に対する歓声だったのか、初めて迎えた、死を覚悟した瞬間に対する喜びによるものだったのかは、今となってはわからない。


   〇


 ガストロの跡を追い、ハーディは広場についていた。

 目をやると瓦礫の山と化した教会と、そこかしらに転がる無残な死体の山が転がっていた。

 そこにはキリシマが引きつれた捜索隊の姿はもう無かった。広場の暴徒を制圧し終わり、別の個所へと向かったのだった。

 広場にはハーディとガストロの二人だけしかいなかった。空はすでに日が暮れはじめ、昼と夜の間を思わせる。先に口を開いたのはガストロだった。


「ここでええやろほなはじ――」


 ハーディはガストロの話を聞くことなく銃を撃ち始めた。もとより話すことなどないし、話しても所詮なにも通じない相手だと考えていたのだ。


「ひどいやっちゃ」


 ガストロはそう言いながら銃を避け続け、ハーディに近寄る。間合いにハーディを捉えた時、ガストロはナイフで切りかかった。

 ハーディはそれを避け、ガストロに弾丸を撃ち込んだが、再び切りかかろうとしたナイフに当たりそれを弾き飛ばした。


――カキィイイイイイイン


 飛ばされたナイフは広場に落ちる。

 武器の無くなったガストロは転がる死体の山から短めの剣を拾った。


「これでぼくさいきょーやー」


 ハーディはその間もマガジンを替えつつ休むことなくひたすらガストロに弾丸を撃ち続ける。だが、ハーディの弾丸はガストロには当たらない。当たるはずがなかった。ハーディはなぜ当たらないのかを考えた。刑殺官クラスの人間でさえ全ての弾丸を避け続けるなど不可能である。

 銃を下ろし、ガストロを睨み付ける。


「もーおわりなん」


 ガストロが走り剣を突き出してきた。レイラの神速には遠く及ばず、ハーディはそれを軽く避けガストロに弾丸を撃ち込む。

 至近距離だというのにガストロはさも当然に避けてみせた。

 ハーディは距離を取る。

 ハーディは昔の事を思い出した。刑殺官見習いの時に銃の避け方を教わった日の事だ。飛んでくる弾を見て避けるのは人間には不可能だ。正確には自身に向けられている銃口と、相手の視線で判断する。ガストロは人間離れした動体視力を持っているのか? とハーディは考えた。


「あかんよそれじゃあぼくにかてん」


 ハーディは依然無表情でそう言うガストロを睨み付け、ある違和感に気付いた。ガストロの体には血がついている。それは勿論ガストロのだ。ハーディは思い出す。その傷がいつ付いたのかを。


「そろそろおわらそ」


 ハーディは襲い掛かるガストロに銃を撃つが当たらない。

 それとは逆に切りかかるガストロの剣はハーディの足をかすめた。血が服ににじみ出る。

 ハーディはガストロを睨んだ。そして目に入った。ガストロの後ろにある壊れた教会が。

 それを見てハーディは思い出す。ガストロの傷はビズキットがふっ飛ばした地面の破片のせいであった事。そして、たまたまハーディは一発の弾をガストロに当てている事。

 推測する結果は一つだ。お前、俺の心が読めるのか? とハーディは考えた。


「なあんやばれてもうたー」


 ガストロは初めて表情を変え笑った。

 ガストロはビズキットと同じく特異体質、いや特殊能力の持ち主だった。生まれながらに人の心が読めたガストロは人の心の汚さを嫌というほど思い知り、物心ついた時には動植物としか話せなくなっていた。

 そんなガストロを心配してると母親は言ったが、心の中では不気味だと言っているのがガストロには筒抜けだった。猛烈な嫌悪感を抱き両親を殺害後、ガストロは放浪生活を送る。

 町で出会った女性に優しくされるも、頭の中は両親を殺した指名手配犯を捕まえて有名になる、といった下劣な計画だった。ガストロは女を殺し、その家に死体ごと隠れた。ガストロにとって、もはや全人類は敵であり、心を許せるのは思考を持たない動植物だけであった。

 ガストロは横たわる女の死体を見て思った。本来食料となるべきは、下劣なこいつらのほうであると。ガストロはそれから嘘を平気でつく女を狙い、殺し、食らい続けた。続ければ続けるほどガストロは他のものが食べれなくなった。警察の包囲網ですら心の読めるガストロには脅威ではない。

 町の女をあらかた食い、ガストロは自首した。もうどうでもよくなっていた。警察はよく自首してくれたと話すが、相変わらずこの凶悪犯めと心は汚かった。

 レクイエムに入れば、似たような人間がいるかもしれないと思っていたが、変わらずガストロは孤独だった。嘘をつかれ制裁としてしてただ殺す。

 そんな事をしていたら要注意人物にまでされ、さらに人は寄り付かなくなった。そんなガストロが必要とされたのはついさっき、ビズキットに頼まれた時である。ガストロは生まれて初めて人に必要とされ、嬉しくなったが、内心ではその直後に後で殺すと考えられていた。

 相手の思考が読めれば攻撃は当たることは無い。絶え間なく打ち続けられる銃だろうと、閃光の様に速い斬撃だろうと、それがどこを狙うのか発言しながら戦われればまるで脅威ではない。

 ハーディがそれに気づいたのは偶然だった。

 ビズキットがはじけ飛ばした瓦礫から避けられなかった時点ではなにも疑問は感じていなかった。なにせあの近さである。避けろと言う方が無理だ。

 確信に至ったのは弾丸がナイフに当たった時、あの時ハーディはガストロのナイフなんか狙っていなかった。まったくの偶然である。その偶然がハーディに違和感を抱かせた。ナイフを持つのは当然ながら手である。体自体であれば避けられない場面もあるだろう。だが、手というのは人間が一番早く反応できる部位である。ガストロはなぜそれが避けられなかったのか?

 その違和感からハーディは推測した。相手の意思のこもらない攻撃は。予期せぬ攻撃は読めないのだと。出した結論はガストロは人の心が読めるというものだった。

 試しに話しかけたら馬鹿正直にガストロは答えた。勝つ気がないのか、それとも――

 ハーディはそれでも勝つ自信があるのかと考えた。


「あたりまえやきみのたまいっしょうあたるわけない」


 ハーディは弾丸を跳ね返らせる跳弾を考えた。それは意思がない攻撃であり、ガストロに読まれる事はない。


「むだやこんなひろいとこでかんたんにあたるわけない」


 ハーディはやってみなきゃわかんねえだろと考え、マガジンを抜くと背中から予備のマガジンを装填した。


「なんやひっかけか」


 ハーディは突然思考を替えてガストロ自身を目がけ、ありったけの弾丸をぶっ放した。

 だが、ガストロはハーディが実は跳弾などさせる気は無く、そう読ませておいてから直接ガストロ自身を狙い撃つことを直前に読んだ。


「あたらんよ」


 そう言い、いつも通りひらりと避けるガストロの足に、一発の弾丸が命中し貫通した。


「あれなんで」


 唖然とするガストロに近づき、頭を抑え、ハーディはデイトナを突き付ける。

 ガストロはハーディの思考を読み恐怖した。


「俺にもてめぇの考えてることがわかるぜ。死にたくない、だ」


 ハーディはそう言い放ち、ガストロの頭に弾丸をぶち込んだ。

 ガストロは笑ったままばたりと倒れ、そのまま動かなくなった。

 ハーディが跳弾させようと考えたのは真の目的を隠すためである。あの時、マガジンを替えたのは通常の弾丸ではなく、ドン特製の弾丸に替えるためだった。

 ハーディは素直にガストロ目がけて銃を撃ったが、その弾丸はハーディでさえどこに飛ぶかわからないほど精度が低い。完璧に避けたガストロは逆にその弾丸に当たることになったのである。

 緊張がほぐれ、深く息をついたハーディはビズキットの笑い声を聞いた。

 振り向くと、キリシマがこちらへと歩いてきていた。

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