第4話 神速の女刑殺官、レイラ・チルアウト

「うわああああ! あのじいさんやっちまったあああ!!」

「やべえぞ、刑殺官が来たあぁああああ!!」

「冗談じゃねえ、早く逃げろ! 巻き込まれるぞ!!」


 女の姿が見えると、広場は逃げ惑う受刑者でパニックになっていた。瞬時にして酒の酔いが飛ばされた様に見える。

 刑殺官、それは受刑者を狩る死神。受刑者の天敵にしてレクイエムの監督役。その姿はキャリーの予想に反して、美しい細身の女性であった。


「お、おいゲルノ兄……。あんな女が刑殺官なのか……!?」

「間違いねえガルノ……。あいつがレイラだ……!」


 キャリーから見たら異様な光景だった。

 女刑殺官が細剣でハーディの持つカバンを突き刺し、その背には倒れた老人、さらに背後にはランバダ兄弟が震え、周囲の人間は必死に逃げまどっている。あまりにも現実感のない光景だった。

 銀髪の女はニヤリと笑いながら口を開く。


「はーでぃはん。あんたが犯罪者としてれくいえむに戻ってきたちゅう話は噂で聞いてはりましたけど、これは一体なんのつもりなんどすか?」


 ハーディは手に持っている鞄を微動だにさせないまま、その瞳はしっかりと女刑殺官に向けたままだった。

 一瞬たりとも隙を見せれない。ハーディからはそう読み取れた。


「こいつには用がある。それが終わってから殺せ『レイラ・チルアウト』!!」

「ハ……、ハーディ? おぬし、どうしてここにおるんじゃ……?」


 突如の出来事に尻餅をついた老人が、困惑しながらハーディの顔を覗き見た。


「ドン! てめぇはいつも厄介事ばかり起こしやがって――ッ!!」


 話の半ばでレイラはさらに細剣を押し進めた。貫通はしていないものの、細剣はギリギリとカバンに突き刺さっていく。

 ニヤニヤと笑うレイラとは対称的に、ハーディの顔には余裕が無い。


「いけまへんなぁ、はーでぃはん。今話をしとるんはうちやろ? よそ見をしてる暇なんかないんと違いますか?」

「レイラ! てめぇっ!」

「気安くうちの名前呼ばんといてくれますか? 犯罪者とお近づきになりとおないんで」

「へッ。……そうだな。その態度! おおむね間違ってねぇ」


 ハーディとレイラはニヤリと笑いあい、そして再び睨みあった。


「天下のはーでぃはんでも、武器を持たな赤子同然や。そこの老人と一緒に殺したろ」

「カバンの中じゃっ!!」


 レイラは腕を引き、一度鞄から細剣を引き抜くと、再びハーディの顔面めがけてそれを突き出した。

 同時に叫んだのは老人である。

 老人の心中を察するには十分すぎる一言だった。ハーディは手に持っていた鞄の中から二丁の拳銃を取りだし――


――ガキィイイン!!


――その銃のバレルでレイラの細剣を受けた。

 レイラの細剣を止めたのは、ハーディが左手に持ったシルバーの拳銃だった。

 左手でレイラが突き出した細剣を止めたまま、素早く右手に構えた黒い拳銃をレイラに向ける。


「あちゃあ。こらあきまへんわ」


 ハーディが容赦なく右手の引き金を引く。

 レイラは上半身を捩り、背後へと跳び、ハーディと距離を取った。その動作が終わった時、


――ダァーーーン!


 と、今度は広場に銃声が鳴り響く。

 レイラに避けられ、行き場をなくした弾丸は、マーリーの看板に描かれている黒人の眉間を撃ち抜いた。


「ま、今日のところは、はーでぃはんの顔を立てて一旦引くことにしますわ」


 一瞬遅れてハーディの腕途刑からも警告音が鳴り響き始める。刑殺官への謀反を咎める警告である。

 しかし構わず、ハーディはレイラに左右の銃口を向けたままであった。


「せやけど、うちも手ぶらでは帰れまへん」


 一瞬レイラの姿が消え、再び現れた時にはすでにランバダ兄弟の首をはねていた後だった。


「代わりにこいつらの首、持って帰りますわ。ほなはーでぃはん、お達者で」


 レイラは感じ悪くそう言い残し、屋根の上へと飛び去って行った。

 ハーディはその後ろ姿を睨み続ける。その目はどこか切なく、罪悪感を感じさせる瞳だった。

 時間にしたら、全てが瞬刻の出来事だっただろう。しかし広場は変わり果て、二人の遺体が虚しく横たわるばかりである。

 突然、ハーディは後ろからゴンッと杖で頭を叩かれる。


「いってぇなてめぇ! なにしやがる!」

「貴様! わしの大事なカバンを盾替わりにしよって! 大穴が空いたわ!」


 ハーディを杖で殴ったのは先ほどの老人、ドンであった。

 理不尽な攻撃を受けて、ハーディは怒りを露わにして叫ぶ。


「それがどうしたってんだ!? こっちは命を助けてやったんだ! 少しは感謝したらどうだ!」

「偉そうに言いおって! おまえさんなんかいなくてもどうにかなったわい! わしはそんな事一言も頼んではおらんわ!!」

「なんだとこのくそじじぃいいい!!」


 怒りに任せてハーディはドンの首根っこを掴みぶん投げた。小柄な体は軽々と宙を舞う。


「キャッ!」


 投げられたドンは、放物線を描き、そばで見ていたバニーガールに突っ込んだ。

 突然のパスに対応できず、キャリーはドンと共に地面に倒れこむ。


「いてて、あの……、おじいちゃん、大丈夫ですか?」


 心配されたドンは、ちょうど手の置き場となったキャリーの胸を二回揉んで返事をした。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


――パンッ!


 今度は広場にビンタの音が響き渡った。


   〇


 三人はその後、ポールの情報屋マーリーを訪れていた。

 不満そうなポールに構わず、それぞれが椅子に座りくつろいでいる。


「あいたた、まったく! 暴力的な小娘じゃ!! 最近の若い奴ときたら――」


 キャリーに叩かれた頬を撫でながらドンはチラリとキャリーを見やる。ドンの頬は赤く腫れていた。


「あのああのあの! ドンさんが胸を揉むのが悪いんです!」


 キャリーはたった二日間で二人に胸を揉まれている。そこだけ聞けば完全なる痴女である。姿格好を見ても完全なる痴女である。しかし中身はそうではないと信じたい。

 二人の会話にリップは呆れた。


「ほんっとスケベじじいなんだから……」

(結局こうなるじゃねえかよ。今日はもう仕事できねぇなぁ)


 ハーディは災難しか引き連れてこないと知っていたポールは、早くも今日の営業は不可能だと確信していた。

 椅子に座った五人は、ハーディを除いて、下らない会話に花を咲かす。

 ハーディはというと、二丁の銃をそれぞれバラし整備していたが、突然組み立て途中の黒い銃をドンに向けて引き金を引いた。


――カチン


 小さく、乾いた音がマーリーに響く。


「おいドン、『デイトナ』が少し重くなったな」

「たかが十グラムほどじゃ、その分強度を上げておる。『ハロルド』の方もそれに合わせて五グラムほど重くなっとるわ」


 ドンはハーディの不満にそう答えた。


「左銀のハロルド、右黒のデイトナ。刑殺官ハーディの愛銃だねぇ。俺っちは知ってるぜぇ?」

「……え。えぇー!! ハーディさん。あの、刑殺官なんですか!?」


 ポールのセリフを聞いたキャリーは、呑み込みに一瞬容し、脳が処理を終えるとびっくりして立ち上がった。やけにレクイエムに詳しい秘密が、そして人間離れした強さの秘密が判明し、納得するばかりである。


「俺は元刑殺官だが……。今はただの犯罪者だ。てめぇとなにも変わらねえ」

「恐怖の暴力刑殺官よ。んで、そっちのおじいちゃんは鍛冶屋なの。これでも武器を整備させればレクイエム一の腕なんだから」

「レクイエム一とはなんじゃ! 世界にわしを超える鍛冶屋なんておらん! まったくびっくりしたぞ。わしに銃を預けたかと思えば、急にレクイエムから姿を消しおって……。かと思えば今度はひょっこり帰ってきおる! それも受刑者になって帰ってきおった。ここにはお前に恨みを持つ奴は大勢いる。なかでもあの三人は――」

「それよりじじい」


 ハーディはドンの話をわざと遮った。老人の話は途中で止めなければ長くなると、恩師から知らされていたからだ。


「じじい、ここ最近キリシマには会ったのか? そこの女がレクイエム入口あたりで見かけたらしい」


 ハーディはキャリーをあごであおった。

 キリシマとは、キャリーを入所直後に助けた男の名前である。


「ほぅ……。そうかそうか。わしはあのサムライには大分会ってないのぉ……」

「そうか。わかった」


 ハーディは銃を組み終えると、それを手に取り席をたった。


「あんた、もう行くの?」

「俺の銃は手に入ったんだ。もうこの街に用はない」


 ハーディはマーリーの扉を開ける前に、立ち止まり、振り返りもせずに告げる。相手はポールでも、リップでも、ドンでも、キャリーでさえもよかった。ただ用件さえあいつに伝えられれば。


「キリシマを見たら伝えとけ。見つけたらぶっ殺すってな」


   〇


「まったく、相変わらず自分勝手な奴じゃのう。だからいつまでたっても半人前なんじゃ。わしの若い頃なんて――」

「キャリー。そういえばあなた、キリシマに会ったって本当なの?」

 先ほどの会話を聞いていたリップが深刻そうにキャリーに尋ねる。

「あの、キリシマさんってニホントウを持った……。なんだか変な服を着てる人ですよね?」

「それはワフクって言ってなぁ。キリシマの国の民族衣装らしいぜぇ? どうやら間違いねぇみたいだなぁ」

「あなた、まさか妊娠してないでしょうね?」


 リップはキャリーのお腹をさすった。

 突然リップがわけのわからない事を言ったので、キャリーは顔が真っ赤になった。


「おいおい、もうこれ以上面倒事は勘弁だぜぇ?」

「えっとあの! 別にキリシマさんとはなにもしてないってゆうか、レクイエムに来た時に助けられただけでそのあのあの子作りとかしていないってゆうか! 途中で気失っちゃったけど……なんでもありません!!」

「珍しいわね、あの女好きが外で女に手を出さないなんて……」


 リップはいつになく真剣な顔でそんな事を語る。


「あいつはそこのじいさん以上の女好きだぜぇ? 今度見つけたら気を付けんだなぁ」

「なんじゃと貴様! 無礼者!」


 ドンは杖でポールを殴った。

 「いてて」と殴られた頭をさすりながら、ポールはキャリーとリップに頼み事をする。


「今日は店の前でドンパチがあったからもう客は来ないかもしれねぇぜぇ。二人で今のうちに食材の買い出しに行ってきておいてくんな」


   〇


 キャリーはリップと共に町の市場へと向かっていた。普段は活気であふれている市場だが、今はがらんとしていて、営業はしているものの客は見当たらない。その理由は言うまでもなく、つい先ほどまで顔を出していた死刑執行人の存在にある。


「やっぱり……、刑殺官が来ちゃうと皆外を出歩かないわねー」

「あの、そんなに危険なんですか? 刑殺官って」

「なによ。あんたも見たんでしょ? あいつらの身体能力はもう人間のレベルじゃないわ」


 リップは両手に取ったナスを見比べながら語る。


「銃弾は避けるわ、岩は砕くわ。もうやりたい放題よ。政府から特殊ななにかを受けているのは間違いないわね」


 リップは色の良かった右手のナスをキャリーが持っていたカゴに入れながら語る。


「それよりなにより、やつらは犯罪者の事を何とも思ってないわ。虫とか家畜みたいに、さも当然って感じで殺していく。受刑者じゃない私達すら恐怖するわよ」

「あの、じゃあ刑殺官に狙われたらまず助からないんでしょうか?」

「数えるほどだけど……、例外はいるわね。ハーディだって今はこっち側だし……、あんたを助けたってゆうキリシマもそうゆう人間よ」


 キャリーはキリシマに助けられた時の事を思い出した。

 人一人を抱えて、途中までしか覚えていないものの、あの速度で走る人間である。

 思い返せば、たしかに人間離れしていると言わざるを得なかった。


「あの、キリシマさんも元刑殺官なんですか?」

「いえ、キリシマは違うわよ。あの男は単純に……。外にいたときからに強いのよ。サムライって言う太古の武道集団の末裔らしくてね。……あとドンが言おうとしていた三人もそうゆう人間よ。このレクイエムで絶対に喧嘩を売っちゃいけない要注意人物。まあ、キャリーは会うことはないと思うけど、一応名前だけ教えておくわ」

「キリシマさんやハーディさんと同じくらいの強さの人が三人もいるんですか……」

「ビズキット・メタル、

 ガストロ・クラシック、

 エルビス・ブルース」


 リップは三人の要注意人物の名を挙げた。


「こいつらの名前を聞いたらすぐに逃げなさい。刑殺官でも手に負えなくて、あたしたちも管理者に注意するように呼びかけられているほど、とにかくやばい受刑者よ」


 刑殺官と殺し合いができる人間など、ほとんどはいない。しかし、例外としてリップは三人の名前を挙げた。職員、あるいは刑殺官の殉職者さえ出した危険人物の名を。レクイエム管理部は、更なる犠牲者を増やさない為に、前もって管理者たちへ伝え危惧させていたのである。その戦闘能力の高さゆえに、刑殺官による抹殺すら諦めた政府は、この三人を死ぬまでレクイエムに幽閉すると決定し、彼らの刑期を抹消した。無期懲役と言えば聞こえはいいが、要するには政府の力をもってしても殺せなかったのである。

 リップは右手の腕途刑を店主の左手とコツンとあて、買い物を終えた。

 そのまますぐにマーリーへと戻った二人であったが、店の前に一人の人間が立っているのを見つけ店には入れなかった。マーリーの前に静かに佇み、その黒髪を後ろで結った男は、ニホントウを腰にぶら下げ、ワフクの袖を風にひらめかせていた。

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