第2話 眠らない街、オラトリオ

 廃ビルに挟まれた夜空には星が瞬いている。そのか細い明りを頼りに足を進めてきたハーディとキャリーは、一言も交わさぬまま戦闘禁止区域に指定された街、オラトリオへと到着した。

 レクイエムを囲っていた塀とは比べるまでもないが、街は高い城壁で囲まれており、門からは街の喧騒が漏れている。

 今まで話しかけることをためらい、ただ背中を見つめていたキャリーであったが、街の熱気に後押しされたのか口を開いた。


「はぁー……。あの、なんだか賑やかな街ですねぇ。人の声が聞こえてきますよ」

「この門をくぐれば戦闘禁止区域だ。いいか。誰にも腕途刑を見せるんじゃねえぞ」


 門をくぐってレンガ畳の街に入る。先程まで歩いていた廃ビル群とはうって変わって、乱立する建造物からオラトリオは中世の雰囲気を漂わせている。辺りからはあらゆる音が耳に入ってきた。楽しそうに笑いあう声、食器の音、そして男を誘う女の誘惑に、女に拒まれる男の断末魔。既に夜中だというのに片手に酒を持つ多くの人々で賑わっている。


「この人たち皆受刑者なんですかねぇ? なんだかすっごく自由ですけど……。想像してたのとちょっと違いますね……」


 キャリーが抱いた印象も最もである。

 周りには酒を飲む人、女を口説く人、路上で寝る人、喧嘩をする人。オラトリオは刑務所の中というよりは普通の繁華街のように、いや、とうに活気を失った外の世界よりも遥かに煌びやかに思えたのだ。

 キャリーは街をきょろきょろ見渡しながらハーディの背中を追う。ただ一つ抱いた違和感にすぐに答えを得た。誰一人として左腕を露出している者がいなかったのである。そこの住人はシャツの袖であったり、布を巻いたりして左腕を隠していた。

 ハーディはキャリーに構わず先を急ぎ、一棟の木造の宿屋に入った。


「あっ! あの……、置いていかないでくださいよ!」


 これだけの人混みだ。油断してるとすぐに見失ってしまうだろう。ハーディの後姿を目で追い、慌ててキャリーもその宿屋に続く。


   〇


「旦那ぁ……。い、いらっしゃい。うちは一泊一週間だがどうします?」

「それで構わない。一部屋頼む」


 ハーディはカウンターに座っていた小太りの店主に自身の腕途刑を差し出した。店主はその腕途刑を見ると、自分の右腕の腕途刑をコツンとぶつけた。


「これがカギだ。場所は二階の奥部屋ですよ」


 店主は部屋の鍵をハーディに手渡し、それを受け取ったハーディは階段を上る。二階に上がりきると一番奥の部屋へと進み、鍵穴に受け取った鍵を刺し、木製の扉を開ける。二人は部屋の中へと入り戸を閉めた。

 部屋の中を見渡すと、ベットと机、その上にはパンと一瓶の水があった。温かさを連想させる木製の壁に包まれた部屋は実に殺風景だが、寝るには十分な空間だ。小窓も設けられ、そこを覗くと宿屋前の広場で酔っぱらう人々の賑やかな様子が見下ろせた。


「あの人、右手に腕途刑してましたね。なんででしょう?」


 キャリーは部屋の片隅に立ち、窓から外を眺めながらそう尋ねた。先程の小太りな店主の腕途刑が気になったようだ。


「左腕に腕途刑をつけるのは受刑者だけだ。右腕につけている者はこのレクイエムを管理している側の人間さ。あいつは政府側が雇った人間って事だな」

「なるほど! あの、でも危なくないですか? 犯罪者だらけのこの街で襲われたりとかしないんですかね……?」


 レクイエムは通常の刑務所と違い、牢獄に受刑者を収容しているわけではない。刑務所と銘打ってはあるが、基本的に中での行動は制約されていない。寝るも食べるも遊ぶも殺すも、原則的に自由きままだ。その無法地帯にキャリーが疑問を抱くのも無理はない。しかし受刑者には暗黙のルールというべきか、守るべき秩序と呼べるものが構成されていた。


「受刑者が規則を破った場合、すぐさま刑殺官が殺しに来る。誰もそんなバカはしねぇよ。戦闘禁止区域での自分より刑期の短い者への暴行はご法度だ。ましてや刑期を持っていない管理者に手を出せる奴なんていないのさ」

「け……刑殺官? その人達もこの国を管理しているんですか?」

「刑殺官はレクイエムの監督役だ。規則を違反した受刑者は例外なくこいつらに罰せられる」

「受刑者を罰するなんて……」


 キャリーは筋骨隆々の大男を想像した。あるいは全身武装した特殊部隊か。どちらにせよ無法者を罰する人間である。生半可な腕では務まらないだろう。


「へえ……。それよりこんな良い部屋に無料で泊まれるなんて、レクイエム暮らしももしかしたら悪くないかもしれないですねえ。パンもついてくるし!」


 レクイエムの内部は世間一般に公表されていない。本来は投獄前にレクイエムの大雑把な規則は伝えられるのだが、キャリーは何も知らぬままだった。

 どちらかと言えば異常なのはハーディの方である。あまりにも内部に詳しすぎる。


「バカ、タダなわけないだろう。一週間だ」

「あの……、一週間? なにがですか?」


 素っ頓狂なキャリーにハーディはため息をつくばかりである。もしかしたら広場で酔っ払っている連中の方が、キャリーよりも危機感を抱いているのではとハーディは思わざるを得なかった。


「てめぇはなんにも知らねえんだな。この宿に一泊する為に、俺は一週間刑期を延長したんだよ」

「一泊一週間!? あの、じゃあ四日間この宿に泊まったら、えーと……、刑期が一か月も伸びるってことですか!?」

「そうだ。レクイエムの中では自分の刑期を通貨代わりに取引する。飯を食うのも、物を買うのも、宿に泊まるのにもな。管理者の仲介屋を通せば受刑者間での取引も可能だし店の経営もできる。ただし投獄時の最高刑期よりは長くはできねぇ。俺はあのクソどもを殺して三年分自分の刑期を縮めたから、今現在三年分と外で過ごしたわずかな時間分貯金があるってわけだ」


 キャリーは驚き自分の腕途刑を見る。二零という表記が赤から緑色に変わっていた。

 戦闘禁止区域内ではデジタル表記された数字が緑色に変わる仕組みだった。つまり、その数字が緑色に発色されているうちは、どれだけ滞在しても刑期が減ることはないのである。


「あの、それにしても一週間ってちょっと高すぎないですか!?」


 キャリーの意見は最もだ。いつ誰に襲われるかもわからない外の危険な空間で、一週間耐え忍んだとしても、宿屋を利用すればたった一晩の安息に消えることになる。誰も高額な宿屋など利用しないだろう。


「確かにこの宿は政府が直接運営しているから、他の受刑者が営んでいる宿よりは割高だな。ただし、絶対の安全が手に入る。部屋もまともだし寝込みを襲われる心配もねえ」


 ハーディがこの宿を選んだ理由はもう一つある。キャリーからセルゲイの情報を聞きだすのに、誰かに盗み聞きされる事を嫌ったためだ。高額なだけはあり、この宿の壁は厚かった。


「あのー、もしかしてあなたはレクイエムに来たことがあるんですか? 今思えばオラトリオの存在も知っていたみたいですし……。私は記者としてレクイエムを取材していましたが、ここまでの情報は手に入りませんでしたよ」


 初めてレクイエムに投獄された人間が地理などわかるわけがない。キャリーがハーディがただの受刑者ではないことに気付き始めたのは、寧ろ遅いくらいだった。


「そこまでてめぇに話す気はねぇよ。今度はこっちの番だ。約束通りてめぇを戦闘禁止区域まで連れてきてやったんだぜ? セルゲイについて話してもらおうか」

「セルゲイ……、オペラ氏についてですよね。わかりました……」


 キャリーは対価を求めたハーディの目をじっと見つめる。過去の記憶を口に通して耳に届け始めた。


「あの、私の出版社では以前よりレクイエムについて調査をしていました。三十年前、レクイエム制度が始まってから。レクイエムに入れられた受刑者達をみせしめに、世界の犯罪件数は激減しました。その功績から民衆はこのレクイエムを称えました。ですが、そこに入って出てきた受刑者の数は数えるほどしかいません。投獄され、判決を下された刑期からすれば、本来ならすでに出所されるような人達も、ほぼ死亡扱いになっているのを、私の出版社は疑問に感じたんです」


 確かに五年、十年という短い刑期の受刑者がいる事を考えて、レクイエムからの出所者は明らかに少なかった。受刑者の親類にも内部の事は原則告げられず、また、数えるほどの出所者も固く口を閉ざされていた。政府に操られているマスコミはともかく、キャリーが在籍していた様な小さな出版社が、独自にその事を調査するのは別段変わったことではなかったのである。


「今から十年前。私と同じく記者をしていた私のお母さん、あの……、『シシー』はレクイエムについての取材中に急遽逮捕され、レクイエムに送られました。お母さんは法に触れるような事は絶対にするような人ではありませんでした。優しい……人でした。そして今から二年前に……、死亡扱いにされました」


 母親の事を語らい感情が激しく乱れたように見える。恐らくその顔を思い出し、感傷したのだろう。目が泳いでいた様に感じる。

 それでも話は続いた。


「私はその後に、お母さんが在籍していた出版社に入り、政府が口封じを目的にレクイエムを悪用していると想定し調査を始めました。そこで出てきた名前がオペラ議員だったんです。あの……、オペラ議員はレクイエム建設を指揮し、レクイエムの最高顧問にまで上り詰めたお人です。ですが、彼が議員になる以前に所有していた武力団体は、本来であればレクイエムに投獄されるはずなんです! しかし武力団体に実刑はなく、そこに目を付けた私達の調査の結果、彼に近しい人間だけは投獄されても皆、数年で出所していた事が判明したんです」


 ハーディはキャリーの話を聞きながら机に置いてあったパンを掴んだ。武力団体に身を置いているとわかっただけでも実刑は下される。社会に害をなす存在と捉えられるからだ。その罪は決して軽いものではない。

 キャリーの話は、間違いなく裏で何かが動いていると匂わせた。


「私はオペラ議員を調査し、武力団体とまだ癒着があったとされる証拠を手に入れました。お母さんの無実を証明するために、私は真実を自白させようとオペラ議員にアポを取り、その証拠を持って彼のオフィスで待たされていたのです。しかしそこに来たのは警察でした。私は名誉棄損とプライバシー侵害で訴えられ、ろくな裁判も行われないまま、レクイエムに投獄されたんです」

「結構な苦労だが、その証拠品はもうこの世に無いだろうな」

「そうですね……。恐らくそうでしょう。ですが、こうして私がレクイエムに送られたことで、オペラ議員が不当にレクイエムを使用しているという疑惑はさらに強まりました。あの、この情報が証拠づけられ世に公表されれば、今度はオペラ議員自身がレクイエムに投獄される可能性が出てきます!」


 キャリーの話はそこで終わりだった。

 セルゲイはレクイエムを悪用している。もしそれが真実であったとすれば、事実であったとすれば、確実にセルゲイはもう外には出られないだろう。

 ハーディは手に持っていたパンを半分にちぎると、その片割れをキャリーに向かって投げた。

 いきなり投げられてキャリーはパンを落としそうになる。


「うわっとと!」

「食え」

「い、いいんですか!? あの、いただきます! 昨日から何も食べてないからもうお腹ぺこぺこで……」


 キャリーはそういうとパンをかじり始めた。麦の香りが鼻を抜け、バターも塗っていない素朴なパンであったが、久々の食事に頬が落ちそうだった。

 それを見て、ハーディは置いてあった瓶のコルクを抜き、キャリーに水も差し出した。


「水も飲め。半分だけな」


 キャリーはハーディから瓶を受け取った後、ごくごくと喉をならし飲み始めた。程よく冷たく、歩き疲れていた体の隅に渡るまで感じ取れる。


「あの……、やっぱり、優しいんですね!」

「何言ってやがんだ。ただの毒見に決まってるだろう」


 そういうとハーディは持っているパンを食べ始めた。

 政府が運営するレベルの高級宿屋では、客に不安を募らせない様にあらかじめ部屋に軽食が用意されている。最も、客の顔をみて部屋を変えるという手段があるため、ハーディはやはり信用せずにキャリーに毒見をさせたのだ。

 完全に親切だと思っていたキャリーはそれを聞くとむすっとした顔をした。


「……それ食ったら、出てけ」


 ハーディのそのセリフを聞き、キャリーの顔は曇った。短い間ではあったが、ハーディが不器用な男だと感じていた。しかしそれでも、もうお前に用はないと、冷たく言われた様に聞こえたからだ。


「そうですね……。あの、ここまで本当にありがとうございました!」


 キャリーは口に含んだパンを全て飲み込むと立ち上がりドアへと歩き出した。これ以上人に頼ることは出来ない。自分の力で目的を果たさなくては。不安は残るし、まだ聞きたい事は山の様にあったが、キャリーはそう考えたのだ。


「待て。てめぇにもう一つだけ聞きたいことがあった」


 キャリーは足を止め振り返る。思えば、キャリーも聞いていない事があった。


「あなたのその質問に答える前に、あの、私の質問にも一つ答えてくれませんか?」

「なんだ?」

「あの……。あなたのお名前を教えていただきたいんですけど……」


 今から別れるというのにそれを聞いてどうするのだろう。

 しかし、ため息をついてからしぶしぶ名乗る。


「ハーディ・ロックだ」

「ハーディさん。良いお名前ですね。それであの、聞きたいこととはなんですか?」

 キャリーは満足した顔でハーディに質問を返した。

「レクイエムに入った時、入口でお前は銃に狙われたはずだ。奴らはレクイエム入所直後のルーキーを食い物にして刑期を稼ぐハイエナどもだ」


 何も知らない受刑者は、大抵レクイエムに入ったと同時に入口で銃殺される。受刑者はあらかじめレクイエム内のルールを投獄前に聞かされるが、まさかいきなり入口に待ち伏せしているとは思わないだろう。レクイエム入口周辺はルーキーを狙う狙撃者達が縄張り争いをしている程であり、また、それに見合うだけのおいしい狩場だった。


「ああ、その事ですか……。助けてもらったんです」

「どんな奴だ」

「えっと、あの、ニホントウを持った、変な服を着たおじさんです」

(『キリシマ』か……、あの女ったらし)

「私を抱えて廃ビルの中まで連れてってくれたんですよ」

「もういい。それだけだ……」


 ハーディにとってキリシマという名前はセルゲイに次いで二番目に聞きたくない名だった。深く息を吐きながら天井を仰ぐハーディ。脳裏にはキリシマのにやけ面が浮かんでいた。

 キャリーはドアの取っ手に手をかけると振り向き、


「あの、それではハーディさん。改めて、ここまでありがとうございました」


 そう言い残すと、返事のない部屋から出ていった。

 階段を降りる足音を聞きながら、ハーディはベッドに横になる。直ぐに足音は、外の喧騒にかき消され耳に届かなくなった。



 キャリーはそのまま階段を下り、行く当ても無いまま宿屋を出る。目の前には相変わらず乱痴気騒ぎを続ける受刑者が、酒を片手に徘徊している。


(まずは泊まるとこ探さないといけないなぁ……)


 キャリーの貯金はレクイエム入口からオラトリオまで歩いた、たったの数時間だけである。とても一週間の宿代など払えるはずもない。安い宿屋を探して街の中へ歩きだした。街中は見渡す限り酒場である。どこも明かりがつき、溢れんばかりの人で賑わっていた。皆とても楽しそうで、ますます刑務所とはかけ離れた景色に映る。


「おいそこのねーちゃん」

「待てよそこのねーちゃん」


 唐突に屈強そうな男と、対照的に弱そうな男がキャリーを呼び止める。

 いきなり呼びかけられて、キャリーの肩はビクッと震えた。危険を察知し、顔を引きつらせながらそろりそろりと顔を向けた。


「ねーちゃんかわいいなぁ! これから俺たちとどうよ?」

「朝まで二週間でどうよ? ねーちゃん」

「あの、私寝るとこ探してるんですけど、そうゆう意味じゃないってゆうか……」

「なーに言ってんだねーちゃん、普通は一週間が相場なんだぜ?」

「俺達そこに宿取ってるからよ、ちょっと来いよねーちゃん」


 屈強そうな男はキャリーの腕を掴み、弱そうな男はキャリーの体を舐めまわすように検閲する。

 嫌がるキャリーが二人に連れていかれそうになった時、「ランバダ兄弟、知ってるぜぇ~」と、陽気な声が二人の動きを止めた。


「ガルノ・ランバダ、ゲルノ・ランバダ。俺っちは知ってるぜぇ~? お前らの刑期もなぁ」


 その黒人はかけていたサングラスをずらし、笑いながら二人を睨んだ。身長こそ高くはなかったが、ドレッドヘアーがよく似合い、その様相は自信に溢れているようだった。


「ポールか。おめぇなにが言いてぇ?」

「ぶっ飛ばされてぇのかてめぇ」


 ランバダ兄弟と呼ばれる二人はキャリーの手を放し、『ポール』と呼ばれた男に凄み近寄る。屈強そうなガルノほどではないが、弱そうなゲルノの身長もポールよりは高い。キャリーの位置からはその黒人の姿は、すっかり二人に隠れて見えなくなってしまった。


「その子に構うなって言いてぇんだよぉ。それよりお前らいいのかよぉ?」


 ポールは懐から爆弾を取り出した。


「俺っちの刑期はお前らより短ぇ。一発でふっとばしちまえば無問題。なんの問題もありゃしねぇ」


 ニヤリと笑うポールに対し、ランバダ兄弟の顔は引きつった。

 ポールの話から察するに、ランバダ兄弟の二人はポールより刑期が長い様だった。刑期の長いランバダ兄弟からは先制攻撃ができない。たちどころに刑殺官が駆け付けるからだ。対して向こうは一撃必殺の爆弾を持つ。明らかに分が悪かったのである。


「まぁそんなことしなくてもぉ。俺っちが今ここでお前らの刑期を叫んじまえばぁ。勝手にお前らより刑期の短い奴らに襲われ続けることになるぜぇ? おめーらはもうオラトリオにはいられねぇだろうなあ?」


 そんなことをされては、常に背中に用心する必要がある。レクイエムにおいて、刑期を他人に知られるという事は、即、死を招く行為なのだった。

 結局、二人は大人しく引くしか道は無く、「チッ、行くぞ!!」「覚えてろよポール! 絶対ぶっ殺してやる!!」と言う捨て台詞を吐くのが精いっぱいであった。二人は頭がきれる方ではなかったが、概ねその行動は正しかった。

 ランバダ兄弟が悔しそうに去っていくのを見ながら、更に煽るようにポールはひらひらと手を振った。


「あの、ありがとうございます! 助けてもらっちゃって!!」

「いいってことよぉ! 俺っちあいつらの事嫌いだからよぉ!!」


 ポールはまっ白な歯を見せて笑ってみせた。この街を縄張りにするポールの目に、前からあの二人の言動は目障りに映っていたようだ。


「あの、私はキャリー・ポップと言います」

「キャリーかぁ。よろしくなぁ! 俺っちは『ポール・レゲエ』さ! いかした名前だろう?」


 キャリーはそうですねと愛想笑いをする。


「キャリー、おめぇさん、見たとこルーキーだろう? 周りを見渡してみろよキャリー、こいつらをどう思う?」


 ポールは好きなだけ酒を飲み、自由に振る舞う受刑者達を指さした。酒を呑み、肉を食い、女を揉み、皆幸せそうに笑っている。


「あの、どうって、なにがですか?」

「こいつらはなぁ、もう釈放を諦めてんだよぉ。たまに街の外に出て刑期を減らしてきて、結局また街で無駄遣いだぁ!」


 受刑者は贅沢な暮らしをすればするほど、外の世界には戻れなくなる。オラトリオの住民の過半数は目先の欲に眩んで外に出ることを諦めてしまっているのだ。無駄遣いをして貯金がなくなれば命がけで外に稼ぎに行く。戦闘禁止区域では、自分より長い刑期の者を殺すことで刑期を稼ぐごとはできるが、皆、それをさせない様腕途刑を隠している。万が一、自分の刑期より短い者に暴力をふるえば刑殺官と言われる管理者に抹殺される為である。

 レクイエムで刑期を他人に知られることは即、死に繋がる。一見楽園に見えるこの街は、所詮死ぬまで苦しみ続ける鳥かごなのだ。


「見ていていらいらしてくるぜぇ! 希望はないのかよぉ!?」

「腕途刑を見られるのって、本当に致命的なんですね……」


 ハーディにも注意されたが、さらに納得するキャリーにポールは警告する。


「絶対に人に刑期は教えちゃダメだぜぇ? それよりキャリー、こんな所でなにしてたんだぁ?」

「あの、実は私宿を探していて、この辺で安い宿屋を知りせんか?」

「勿論知ってるぜぇ? なんせ俺っちは情報屋だからなぁ。でも無料では教えられねぇなぁ。なんせ俺っちは情報屋だからなぁ」


 無料では教えられない。その一文にキャリーは気を重くする。


「あの、すいません。私、レクイエムに来たばかりで……」

「おーおー違う違う。刑期はいらねーよぉ。キャリーには俺っちの仕事を手伝って貰えればそれでいい」

「あの……、どんなお仕事でしょう?」


 数分前に二人の男に迫られ、ましてや犯罪者だらけのこの町でキャリーが警戒するのも無理はない。さらに言うと、本人には言えないものの、キャリーの目の前に立つその男は、怪しさをそのまま具現化したような身なりである。


「俺っちは情報屋だぜぇ? そんなの情報集めに決まってんじゃねぇかよぉ」

「それならあの……できるかな……?」


 情報集めと聞いてキャリーは少し安堵した。言うまでもなく元記者だからである。自分にもできる仕事かもしれないと、少し前向きに感じたのであった。


「それじゃあ決まりだ! ついて来いよ!!」


 キャリーはポールの背につき、夜の街の中へと消えていった。この後恐ろしい目に合うとはまるで予想していなかった。



 すでに外は明るくなり、窓から日が差し込んでいる。

 目を覚ましたハーディはあくびをし、背を伸ばすとベットから降りた。チラリと窓から外を眺めると、もう昼だというのに、まだ酒を片手にふらついている連中がわんさかいた。

 階段を降りると部屋の鍵をフロントに戻しチェックアウトする。その足でハーディはそのまま飯屋に向かった。

 飯屋に入ると朝から大勢の受刑者が酒を飲んでいる。なかには夜からずっと飲んでる奴もいるのだろう。眠らない街オラトリオ。それは夜も、そして朝も言える事であった。


「Bセットだ。あとタバスコ」

「あいよ、一時間ね」


 ハーディは左腕を出し、飯屋のおばちゃんの右腕の腕途刑にコツンとあてた。

 Bセットは豆のスープ、パン、目玉焼き、サラダ、そしてウインナーのセットで、なかなかにボリュームがある。

 ハーディは受け取ったタバスコをぶんぶん降り、なくなるまでそれらにぶっかけた。

 きれいに食べ終えたハーディは飯屋を出て、またある場所に向かって歩き出した。街を十分程進み、でかでかと掲げられた、黒人が描かれた看板の店に入ると、待っていたかの様にバニーガールが出迎える。


「旦那様ー!! いらっしゃーい!!」


 ハーディは口をあけて呆然とした。

 バニーガールと化したキャリーは顔を赤らめて俯いた。

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