農協おくりびと  11話から15話

落合順平

農協おくりびと (11)自爆に気を付けろ

帰りの車の中。叔父がちひろに話りかける。


 「まったく懲りねぇ女だな、お前さんも。

 誘われたからといってのこのこ顔を出せば、自分から火の中へ飛び込むようなもんだ。

 ペタペタと触られたあげく、助けてくれと泣きだしても俺は知らんぞ」


 「うふふ。その点ならご心配なく。

 今度はブラもパンツも、丈夫な2重にしておきますから。

 補正用の下着も持っています。それを着用しておけば、いくら触られても無敵です。

 触られたくらいじゃ減らないもの。お好きにどうぞと開き直ります」


 「たいした覚悟だ。

 たしかに百姓連中は色香の免疫が少ないから、若い娘に簡単に騙されちまう。

 だがよ。調子に乗りすぎて、簡単に推進のノルマを達成していくな。

 調子に乗りすぎているとそのうちにお前さんが、痛い目に遭うことになる」


 「あら。セクハラを担保に、推進のノルマが楽々と達成できると思ったのに。

 駄目かしら、やっぱり。色香で釣り上げる奥の手は・・・

 どこかに落とし穴が有るの?。そういう不遜な方法ばかりとっていると?」


 「方法に別に問題はねぇ。世の中、表も有れば裏も有るからな。

 生保のお姉ちゃんなんか、色仕掛けで保険の契約を取っていくと評判だ。

 俺が言いたいのは、そういうことじゃねぇ。

 推進のノルマをのらりくらりと上手にこなしていけ、という忠告だ。

 欲をかいて超過達成する必要なんか、どこにもねぇ。

 お前。自爆と言う言葉を知っているか?」


 「自爆・・・イスラムで多発している、爆弾を抱いた自爆テロのこと?。

 たしか自損事故の事も、自爆と言うよねぇ。どちらにしてもおおいに危険なものでしょう。

 そんな危ないものが、農協の中に存在しているの!」


 「自爆テロはない。しかし職員の自爆は本当にある。

 農協職員は本来の仕事のほかに、推進のノルマが課せられるだろう。

 推進には、貯金、共済、購買事業の3種類がある。

 つまり。農協職員と言うやつは、いくら本業が出来てもまだ半人前だ。

 推進のノルマが達成できない職員は、無用の長物ということになる。

 したがって達成できない時は、ノルマを自力で消化するしかない。

 それを、自爆推進と呼ぶ」


 「え・・・ノルマが達成できなければ、不足分を、ぜんぶ自分でかぶるわけ。

 ひどいよそんなの。前近代的だし、人権蹂躙にもほどがある・・・」


 「たしかに、一般的には通用しないだろう。

 だが農協の中では、いまでもそんなやり方が公然と実行されている。

 6年間。俺も、農協理事をつとめてきた。

 組合長なら月額60万の報酬が出るが、理事は安くて、月にわずかに8万程度。

 だがそんなわずかな理事の報酬が、販売部門の購買ノルマですべて消える。

 お盆の贈答品。暮れのおせち料理。ハムやらメロンやらをごっそり、

 月がかわるたびに、強制的に買わされる。

 農協のために働いている非常勤の理事の給料まで、巻き上げるんだ。

 職員に自爆をさせるくらい、朝飯前のことだ」


 「どうすればいいのさ。その、自爆から逃げるためには・・・」


 「提示されたノルマを達成していけば、自爆をする必要はない。

 だが毎回提示されたノルマを達成していくと、だんだんと次のハードルが高くなる。

 目標の90%くらいの金額を達成しておくのが一番、賢いやり方だ。

 まぁ・・・困ったら、また俺のところへ来ればいい。

 自爆ばかりを繰り返していたら、12万くらいしかないお前さんの給料は、

 あっというまに、すぐに消えてなくなるからな」



(12)へつづく

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