-ELECTRO WORLD-

Hetero (へてろ)

プロローグ 人類の歴史の果てに

西暦4068年 物語の起点

 人類は太陽の活動が極端に弱まったことに起因する"大氷河期"を迎え、

 存亡の危機に瀕していた。

 500年前より始まったこの大氷河期は地球の人口を20億人程度まで減少させ、

 現時点でもなお減少の勢いは止まらずにある。

 この事態に人類は、西暦3500年代に火星の地下で発見された

 "フォールド"の技術を用い、

 自らの熱を電気に変えることで生存を行える巨大施設

 "テラジェネレータ"で、

 電脳世界"エレクトロワールド"を構築し、

 生活することで凌ごうとした。

 9割の人類がこの道を選んだが、

 残りの1割の人類は電脳化を拒み地殻深くへと生活の場を移した。


 国際連合多国籍国家(The United Nations multinational nation[UMN^2])

 アメリカ州ニューヨーク リアルワールド テラジェネレータ350階

 リアルエレクトロコンバート層 S1438E3987ブロック


 このテラジェネレータは、地上にある108個のテラジェネレータの内のひとつで、

 UNM^2の本拠地が内包されている意味では、世界の中枢とも取れる。

 地上1050メートルにも達するこのフロアは、

 円錐型のテラジェネレータの5合目辺りに位置し、上下のブロックを行きかう

 人の思惟を検閲するために設けられたいわば

 関所の役割を果たしている部分に相当する。

 ここより上層のフロアはワールドシュミレータサーバがあるエリアであり、

 ここより下層のフロアは存亡の危機に瀕した人類がその身体を保存している

 エリアである。

 遠目には円錐に見えるテラジェネレータは、

 5つの四角い底辺を持つ構造体をペンタグラムの角に配置し、

 地上1050メートルのこのフロアをめがけ収束し、

 ここより上部のフロアは旧世紀の初期の宇宙船の頭部のように

 一体型の円錐となる構造をしている。

 5本の巨柱から円錐へ切り替えるために設けられているこのフロアには、

 おかげで梁の役割をする構造体が四角い情報通過用のユニットとひしめき合う

 形となっており、身を隠せるスペースは山とあった。

 薄暗い足元にもファイバーケーブルが重なり合い、前進を妨げるし、

 上を見上げれば天井高は15メートルほどあるらしく

 常闇が見えるのみだった。


 男は、数々の偽装の果てにここまで辿り着けた価値を見出していた。

 しかし、男ではあるがそれは既に半分以上人の形ですらなく、

 機械の身に、人の首が乗っている様な奇異を晒していた。

 だが、ここにはその光景を見る人影は一切存在していない。

 元より、テラジェネレータでは一定数以上の人はリアルワールドでの

 活動を許容されていない。

 更にこのフロアに置いてはテラジェネレータが作られた当初より

 そこに人間が踏み込むことは想定されていなかった。

 まだ周囲にはアーシェレンの気配はしない、

 暗視カメラモードのゴーグルに目的のブロックの入り口が見え男は

 即座に駆け込んだ。


「はぁ、はぁ、……」

 一定のリズムで息をするように体を機械化した為、

 気温-10度の外気を取り込んでいるフロアに進入してから小一時間経つものの、

 身体的な影響はまだ皆無だ。

 男は背中を丸め、周囲に警戒しつつ壁に事前に調査した通りの

 アクセスホールがあることを確認し端末を繋げる。

 遠くで警戒のアラームが鳴り出したが、

 作業の只中にある男には全く聞こえなかった。

 脳に直結されたケーブルと、壁面のアクセスホールの間にある端末は

 人が認識できない程のめまぐるしい速さでプログラムを

 エレクトロワールド内に流し込んでいく。

 後の時代に託す『種を残すために』。

 プログラムの進捗を示すプログレスバーが90%を越え、

 覚めてきた頭にフロアに鳴り響く警戒アラームの音と、

 更に遠く離れたところから聞こえる吹雪の音が聴こえてきた。

 もう残された時間は少ない。


 同S1365W2876ブロック

 人ではない異形な機械、アーシェレンは必死に何かを捜していた

「博士は?」

 脊髄の先についた人の頭の形をしたものが付いただけで、

 宙に浮いている機械は他の同じ形の機械に問う。

「未だ発見できず」

 アラームが鳴るより前から彼らは捜索を行っていたが、

 この入り組んだフロアの中、

 本来進入するはずのない生身の人を探すことは困難を極めていた。

 想定外であるため監視装置なども存在せず、

 アーシェレンは個々の持つ対人レーダーに頼らざるを得なかったが、

 障害物が多すぎこのフロアでは無用の長物に過ぎなかった。

 ことの仔細を映し出すディスプレイをエレクトロワールド内で伺っている議長は

 いよいよ苛立ちを隠せずに椅子から立ち上がった。

「何故だ、何故リアルアウトを許した! しかもRE変換フロアへの進入を許すなど! 死んでいてもかまわん! 探し出せ!」

 アーシェレンには直接脳内にその声が響き渡り、

 捜索に当たっていた4機は改めて命令を確認したが、

 議長の怒声を知覚する機能は彼らには無く、

 黙々と各々のブロックを調査して回るのみだった。


 その数秒後、S1438E3987ブロック

「94%……」

 男の顔には笑みが溢れていた、

 これで自らの犯した罪から人々を救うことができるはずだと。

 だがそれはまだ遠い遠い未来の先。

 遙かな未来のために、男は命をかけた。

「99%……100%……」

 バーが100%に到達し、端末と脳に成功の文字が表示されるのを確認した男は、

 間近かに迫るアーシェレンの駆動音に気づいた。

 左手に握り締めた固形物に付いたスイッチを押す瞬間、

 男は頭上に広がる暗闇にふと暖かな陽の光が差すような感覚に捕らわれた。

 そこには居ないはずの彼女が立ち尽くし、悲しい顔でこちらを見下ろしていた。

 彼女の言葉は男の心に直接響き渡る。

 彼女の後ろには晴れ渡る大空が広がっているように見えた。

「エレナ、僕を許してくれるのかい? 僕は……僕は……キミを……」

 幻視した彼女は彼に呟いた、

「許すも何も、私はただ貴方の傍に……ごめんなさい。

 もう永遠にあなたを悲しませないわ」

 光鱗と暖かな陽の光を纏った彼女は再びただの人間の形になった彼を抱きしめた。

 最後の瞬間男はありがとうと呟いた。

 次の瞬間、眩い閃光がブロックの中から膨れ上がり、

 機械端末であるアーシェレンにすら知覚する間も与えず、

 テラジェネレータのフロアの4分の1を吹き飛ばす大爆発が起こった。

 周囲のブロックは軒並み吹き飛ぶも、

 頑強な梁には傷をつけられず横に広がる爆圧は、

 とうとう外壁を突き破り吹雪の中に佇む山が噴火するような光を

 監視衛星に捉えさせるに到った。


 UMN^2 アメリカ州ニューヨーク エレクトロワールド

 最高権限コントロールルーム

 先の異形なる機械たちの捉えている映像はここにモニターされていた。

 突然、通信が絶え、

 マザーコンピュータの画面が赤いWARNINGの表示で埋まる。

 つい先ほどまで顔を紅潮させていた議長は、

 今度は衛星から捕らえられた爆発の光を映す画像に

 自動で切り替わったディスプレイを見、

 周囲の議員共々顔を徐々に青ざめさせていった。

「なんてことだ……」

 その言葉だけが零れ落ち、なし崩しに議長席に倒れこむと、

 他の議員からも同じような溜息が漏れるのみで、

 暫く誰として発言は出来なかった。

 沈黙を破ったのは、オペレータの女性が現状分析を行う過程で機械的に発した

 声だった。

「何らかの情報が全エレクトロワールドのネットワークに流出した痕跡を確認。

 情報の内容については現在確認中」

 議長は青ざめた顔の上、更に心臓を鷲づかみにされる思いを味わい、

 苦悶の声を上げた。

「もはや情報の流出を防ぐ手はない……暴露情報であれば我々は終わりだ」

 そこに居る十数名のUMN^2を代表する最高評議会議員の誰もが耳を疑いつつも、

 ツケを払う時がとうとう来てしまったと覚悟した。

 また、暫くの沈黙の後、ようやく立ち上がった議長席の隣の男が重い口を開く。

「さて、取引を持ちかけてくるかと思いお集まり頂いたが、無駄だった様だ。

 マスコミが何らかの情報を得たとすると、

 我々が今こうして集まっていること自体が自らの首を絞めかねない。

 この場は解散とし、リアルワールドの情報閉鎖を致しましょう」

 無言の同意を一様に返し、各々の議員は四散した。

 最後に立ち上がった議長は、

 コントロールルームの左側にあるディスプレイによろよろと歩み寄った。

 そこには延々と同じ画像が表示されている。

 リアルワールドの現在の風景、雪に埋もれた文明と永遠と吹き続ける吹雪。

 議長は顔を強ばらせ呟いた。

「……すまない、博士……」


 それから数年に渡りこの事件によって流出した情報の特定が行われたが、

 一報では情報の流出を確認したにも関わらず、

 最終的には何の痕跡も得られなかった。

 そしてその結果自体が一部の評議会議員による偽装である可能性を誰もが疑い、

 疑心暗鬼の呼び水となった。

 事件調査委員会は結局表向きの発表として、

 犯罪者アベル・ハル・フレイスター博士のクラックが不完全だったために、

 シールド内部で情報が停留し消滅した。

 との結論を公表し、ただのテロ事件として片付けた。

 数年後には何事も無かったかのように全人類救済を目的とした、

 セカンド・サン・プロジェクトが再開された。

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