第一話 虹色のドレス①
森に囲われた静かな村。
澄んだ青空、古びた木造家屋、逞しい人達、深緑の木々に響く生活の音。
こんなにも当たり前な光景は、けれどもこんなにも僕の心を締め付ける。
僕はその空間の中で、同行するレイナ、タオ、シェインにそれを告げた。
「ここは僕の生まれた村だ」
「坊主の? てことは『シンデレラの想区』か」
「あちらが賑やかですね。覗いてみませんか?」
タオとシェインは僕の感慨も余所に、淡々とカオステラー探しを始めている。
あるいは、故郷を失ってしまったレイナへの配慮かもしれない。
腕白なガキ大将がそのまま青年になったような背の高いタオ。
独特の感性を持つ背の低い女の子、シェイン。
見た目は清楚、頭脳は子供、食いしん坊なお嬢様、レイナ。
みんなクセが強いよね。
僕も地味すぎる自分を少しずつ変えていきたいな。
世界の在り方を歪めるカオステラーという怪物を、探しては退治するという旅を僕達は続け、今、次のカオステラーを追ってここに辿り着いた。
シェインの言う通り、村の中央に位置する広場では催し物が行われていた。
「何か、見たことある様な人影が……」
演者は二人。
木製の大きな演台の前に女の子が立ち、斜め後ろに若い男性が控える。
どちらも青ずくめの衣装を身に着けていて、女の子の方は頭に三角帽子を載せていた。
一方、観客は六人ほど。
みな年配の女性ばかりで、背もたれのない丸イスに腰掛けて、正面の出来事に見入っていた。
僕達は観客の後ろに回り、様子を覗くことにする。
演台を前にして青い魔女のような女の子が、台の下から何やら取り出して、軽妙に観客へ語り始めた。
「さあさあ、これなるは魔法の帽子。パパっと色を塗り替えます」
聞き覚えのある、フワフワっとした可愛くて甘めの声だ。
「おやおや? 黒いシルクハットですよ? 一体何が起きるのでしょうか?」
後ろに控える男性は嘲笑的な笑みを作り、さも愉快そうにわざとらしく観客の方を煽ってきた。
「ファムじゃない!? どうしているのよ?」
「ロキも一緒だ!」
「何か始まりますよ。少し様子を見ましょう」
そう。
舞台で演じている女の子と若い男性は僕たちのよく知るファムとロキだった。
こういう時、シェインは鉄の精神を持っていると思う。
取り乱した僕とレイナは目を合わせ、互いの心を鎮め合う。
ファムとロキは『何か騒がしいのがいるな』程度の視線を一瞬こちらに向けたけど、すぐに流れへ戻ってしまった。
ファム、やっぱり似ているな。好きだったあの子に。
ロキ、何か悪だくみをしているのではないかとハラハラする。
「用意した赤いハンカチを帽子の中へ入れます。次は青のハンカチ。黄色のハンカチ」
ファムが黒いシルクハットへハンカチを一枚ずつ入れていく。
「さらに今日は~、フワリ!」
「まあ!」「あらっ!」
「手からハンカチを出した!?」
「
青い魔女はスナップを利かせて四枚のハンカチをヒュルリと帽子へ放り込む。
「これで帽子の中に色の違う七枚のハンカチが入りました。次に帽子をよく回します。『やめてくれよ~。目が回っちまうよ~』。そんなこと言わずに。キミはこうやって色を塗り替えるのがお仕事でしょ?」
「クスクス」「あははは」
「さあ! 帽子に入った七枚のハンカチはどうなっているでしょうか?」
「スカートよ」「スカートだわ」「だってこの前もスカートだったもの」
「正解は~…………、ジャジャーン! 虹色のドレスになりました――!」
「わ――!」「まあ、奇麗!」「すごーい!」「それファムちゃんが作ったの?」
「なんとこれはビックリ! 不思議ですね~。奇怪ですね~」
「な、何じゃそりゃあ――――――――!?」
レイナが真顔でぶちキレた。
大丈夫。気持ちは僕も同じさ。
そこへ、いつの間にやら青い髪の小さな男の子がやってきて。
「手品だよ! 面白いよね。ぼく勉強中なんだ。メモメモ」
「ん? この子、新入りさんに似てませんか?」
「うるさいわね! って、え? エクスの弟?」
それは十才にも満たないくらいの落ち着きなさそうな男の子。
レイナが弟と思う程、僕に似てるらしい。いや、僕一人っ子だけどね。
僕と同じ緑がかった青色の髪に茶色の目、白シャツの上に青ベストを着て、首に赤いネクタイをつけているいでたちも僕と同じだ。
顔つきは自分ではよく分からないけど、見憶えのある気はする。
「エクス? ぼくのこと?」
男の子は不思議そうに僕達の方を見上げた。
「「「「ええ――――――――!?」」」」
「き、君もエクスなの?」
「そうだけど。お兄ちゃん、ぼくに似てるね?」
「今日はこれでおしまいだよ。いつも見に来てくれてありがとね」「次回の開演をどうぞお楽しみに~」
演台の方から終了を告げるファムとロキの挨拶が聞こえてきた。
「あっ、おわった! ロキファムおつかれー! すごい面白かったよー!」
「ちょっと、知りあいなの!? ファムとロキを問いただすわ!!」
レイナが猛然と息巻く。
ファムとロキと『エクス』と名乗る小さな僕。
頭をグルグルさせながら、レイナに付いて演台の方へ向かった。
ここは僕の出身地である『シンデレラの想区』なのだから、別の僕がいてもいいのかも知れないけど。初めての経験でよく分からない。
「ファム! これは何!? 何故ロキと一緒に魔法の見世物をしているの!?」
「まほうじゃなくて手品だってば」
小さい僕は結構いいツッコミをする。でも今それを掘り下げる余裕はない。
「誰だい、このお姫様は? エクスくんの知りあいかい?」
「ちがうよ。さっきそこで会ったんだ」
ファムは目線を上げ下げして、レイナと小さい僕の顔を交互に見比べた。
レイナのことなど知らぬように。タオ、シェイン、僕のことも知らぬように。
ファムは僕達のこと忘れたの?
一緒に旅をしたことのある『仲間』じゃないか?
それにロキ。
カオステラーをけしかけて想区住人の命を弄ぶかと思えば、『願いの解放』やら『魂の救済』やらを掲げて独自の倫理観を投げかけてくる、謎の多い僕達の敵。
……敵、だよね?
僕はロキが苦手だ。こいつの話を聞くと何が正しいか分からなくなる。
けれど人の命を奪いかねない危険な相手には違いない。
それが何だって、僕達の仲間だったファムと二人で、それも故郷の『シンデレラの想区』でのん気に手品なんてやっているんだ?
ファムはレイナの友達じゃなかったの?
ロキとファムが仲良しだなんて知らないよ。
「ロキ! 今度は何を企んでいる?」
「……ふむ? どうです、我が家で一緒にお茶でも?」
ロキは薄く笑い、穏やかな声で問いかけてきた。
目には、好奇心とこちらを挑発するような色が浮かんでいる。
「ふ、ふざけてるのか!?」
「誘っているんですよ。ミントティーと甘~いクッキーでね。どうやら我々は立ち話だけでは理解し合えないほど複雑な関係のようだ。違いますか?」
「その通りよ。 行くしかないわ!」
「お嬢チョロすぎだろ!」
食いしん坊のレイナを抜きにしても、やっぱり僕はロキのペースに抗えない気がした。
カオステラーも大事だけれど、ロキが話をするつもりなら是非聞いてみたい。
でも、到底気を許せる相手ではなくて。
「変な真似はするなよ」
「変な真似とは……、例えばこんな?」
「ポン!」
「うわっ! ロキの手元から花束が!?」
「すげー! メモメモ」
驚く僕とは対照的に、小さい僕は目を輝かせてしきりとお手製のメモ帳にペンで何かを書き込んでいた。
『してやったり』という得意気な表情をするロキの手元では、白、赤、黄色など大小様々な花びらが
「ちびエクスさんはメモがお好きですね」
観察好きなシェインが感心したように話しかけた。
「ちびじゃないやい! そっちだってちびじゃないか!」
残念。ちびが地雷だったみたい。
こんなに反抗的だった記憶はないけど、負けず嫌いなところは僕と同じかも。
「なんと! ちょっと拝借。『手品メモ』。『帽子→ハンカチ→ドレス。すごい! 手→花束。きれい!』。……感想文ですか、これは?」
「見るなー! ねたちょうなんだから! 見たがりは子どもなんだぞ!」
シェインがそっと取り上げたメモ帳を、小さい僕は強引にぶんどって、それを恥ずかしそうにシェインから遠ざけながら、彼女を敵意むき出しの目で睨んだ。
そうやって子供っぽいことされると無性に恥ずかしいよ?
でもこの僕はかなり積極的だね。
僕よりも地味さを克服できてるかも知れない。
「シェインはちびエクスさんよりお姉さんなのですよ」
「大してかわらないじゃないか。やーい、子ども子どもー」
「なっ、何て生意気な! これはどちらが年上かはっきりさせないとですね」
え? へそを曲げたシェインとか僕の手には負えないよ? とか思っていると、ファムとタオが動き出した。
「エクスくん~。あまり失礼なこと言っちゃダメでしょ~」
「ファム、ごめんなさい」
「シェイン、子供相手にあまりムキになるなよ」
「すいません、タオ兄」
一連の様子を眺めていたロキは嬉しそうに目を細めて話しだす。
「クフフ、これは賑やかになりました。あなた方は何者なのか? 謎ですね~。楽しみですね~」
「このロキ、どこまで本気なんだ……?」
僕達はこの村にあるというロキの家に案内された。
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