第321話 学園長へご挨拶。

 

 呼び出されるのを待っていた俺の前には、三メートル程の重々しいミスリル製の扉があった。許可が下りたのか、誰が開けるでもなく徐々に扉は自然と開かれ、学園長室へと招かれる。


 元々試験場の結果は『念話石』に通じる魔導具で伝わる様に図られていたのだろう。対応があまりにスムーズ過ぎると感じた。


「それではこの先にいる学園の長、インメアン様に失礼の内容に頼むぞ。俺は規則からこの先へは行けないし、正直に言ってロリカ君の安全や自由も保証出来ない立場にある。……すまない」

「それの何が問題なのでしょうか? 学園長なる方がこの学園だけではなく、リコッタね、いえーーGSランク冒険者様の弟君にあたられる立場であるならば、当然の配慮だと存じ上げます」

「そう言って頂けると有難い。学園長は実力、性格共に正に上司の鑑と呼べるべき存在であり、俺もその教えを受けてこの学園にいるんだ」

 試験官の男の態度は純粋に学園長のインメアンに憧れを抱いている様に見えた。


(宗教染みてたらイザークを表舞台に立たせて潰すけど、どうやら必要なさそうかな)


 試験官と入れ替えになる形で俺は部屋の中へと進み入る。魔獣の皮を敷き詰めた絨毯に、ミスリル製の幅広な机。

 客人を迎え入れる為の三人掛けソファーが対面で二対設置してあり、周囲は学園長の個人的な私物なのか大量の本が仕舞われた本棚が並んでいた。


 少しだけ視線を上に向けると、窓際に緑色のローブを羽織った白髪のエルフの老人が立っている。


「そんなに怯えなくても良いぞ? 学園長などと言われていても、儂なんか只のお爺ちゃんじゃ」

「初めましてインメアン学園長様。この度レイセン魔術学園の試験を受けに来ました、ロリカ・ヴィーナスと申します」

 外へ向けていた顔を振り返ると、目尻の穏やかなインメアン学園長と視線が交じる。一瞬何故か驚いた様な表情に変わったが、軽く咳払いして切り替えたのか、ソファーへどうぞと手で誘導された。


「さっそくじゃが、試験の様子は聞かせて貰ったよ。どうやら無属性の反応が出たらしいのう?」

「えぇ。ですが正直新しい魔術を生み出す素養があると言われても、イマイチ自信がありません」

 右手で顎髭をなぞりながら、学園長は余裕のある微笑みを崩さなかった。敵意は感じないし、初印象は学園の優しいお爺ちゃんって感じだけど、油断は出来ない。


 ーー『女神の眼』を発動させれば、瞬時に悟られるであろうと予測させる程の魔力を感じるからだ。


 恐らく学園長は『鑑定』のスキルも有しているに違いない。その上で、和らげな態度に余裕の笑みを浮かべているのだろう。

 今まであった老人の中で、最も食えない爺さんだと内心で舌打ちする。


「無属性について儂の知っている事を教えてあげよう。それはかなり高い確率で、『リミットスキル』に目覚めた者だという事じゃ」

「ーー⁉︎」

「ほう……今の反応じゃと、ロリカ君には心当たりがあるようじゃのう?」

「……」

 ニヤリと笑う学園長を前に、俺はほんの一瞬だが反応してしまった。ナビナナがいれば事前に情報を得て動揺する事もなかっただろうが、既に勘付かれたに違いない。


「ホッホッホ! そんなに警戒せずとも良い。元々その年齢で学園の中途試験に挑む者には、何かしらの事情があるか、それに伴った実力があるかと推測出来るからのう」

「御見逸れしました。確かに私はリミットスキルを有しております。詳しくは話せませんが、その為に魔術を学びに来ました」

 俺は何十個もあるけどとは言わずに、かつ事情を察して貰える様に含みを持たせて正直に話した。


「もう気付いておるじゃろうが、儂はロリカ君が扉を開けた瞬間に『鑑定』のスキルを発動させた。結果、何も見えんかったのじゃ」

「……魔王様より、隠蔽する様に言われておりまして」

 インメアン学園長から何も見えなかったのは、それだけレベル差があるからだ。多少嘘としては苦しいかと思ったが、魔王アズラの名を出せば、高度な『隠蔽』が付与されたアイテムを装備していると想像に容易い。


 口裏合わせは後から幾らでも出来るし、強気に出てみよう。


「冒険者ギルドを通じて確認して貰っても構いませんよ。学園長に疑われたままでは、穏やかな学園生活を送れそうにありませんしね」

「ふむ。取り敢えず、このレイセン魔術学園に害を成す存在だとは思えまい。儂も事情を詮索する程野暮ではないのでな。試験の続きを行うとしようか」

「よろしくお願いします!」

 勢い良く頭を下げてお願いすると、学園長はソファーから立ち上がって壁に掛けられた杖を手に取った。柄はミスリルで、先端には緑色の魔石が嵌め込まれている。


(どんだけミスリル好きなんだよ)


「儂が風の障壁を張る。ロリカ君はどんなスキルを使っても良いから、扉の前あたりから攻撃して来なさい。ただし、その場から動いてはいかん」

「遠距離攻撃なら何でも良いんですか?」

「そうじゃが、儂の障壁に短刀や弓などの飛び道具は通じんぞ」

 物理障壁になってるって事か。それなら『エアショット』を放っても軽減されて丁度良いかもしれない。


 ーーブウゥゥゥゥン。


 インメアン学園長が杖をトンっと床に一回叩くと、緑色の透明な結界が展開された。その周囲を風の膜が二重に包み込む。


「いつでも来なさい。なぁに……ただの試験じゃよ」

「その割には結界の強度が堅そうですね。合格の条件は何ですか?」

「そうじゃな。障壁を一枚でも破れればロリカ君の合格としよう。ただし、傷一つ付けられんかった場合は儂のお願いを一つ聞いてもらう」

 ほら来たっと俺は視線を鋭くした。先程から若干歪んだ口元を見て、何か企んでいるに違いないと警戒していたのだ。


 俺はその手には乗るかと、こちらから優位な条件を得る為に交渉を始める。


「随分と受験生に厳しい条件の様に思いますが?」

「元々リミットスキルを会得している時点で合格なんじゃよ。老い先短い爺の戯れに付き合ってくれんかの?」

「せめて私に一体何をさせたいのか教えて貰えないと、その条件は飲めませんね」

「ふむ……」

 インメアン学園長は腰に下げたポーチに杖を持っていない方の手を入れる。すると、丁寧に折りたたまれた衣服らしき物を取り出した。


 どこかテカリを帯びていて、俺はシルクかと思って一瞬頭を傾げる。次の瞬間、学園長はキラリと瞳を光らせながら、先程までの穏やかな様相など無かったかの如く咆哮した。


「コレを着てもらいたいのじゃああああっ!」

「うおおおおおお! 吹き飛べ! 『エアショット』!!」

 高々と掲げられた『ソレ』はどう見ても白スク水だった。俺はカウンター気味に拳大の風塊を作り上げると全力で撃ち放った。


 ーーギャリッ! ガガガガガガッガガッ!!


 やり過ぎたかと俺が見つめた先には、耳を劈く風と風の押し比べが巻き起こっていた。驚いたのは、エアショットが当たった箇所を強固する為に、学園長の展開した周囲の風が回転しながら結界を幾重にも重ね合わせた事だ。


「ホッホッホ! 上級魔術を遥かに上回る威力じゃが、まだまだ甘い甘い! 儂の風壁はドラゴンのブレスにすら耐え切れるのじゃ!」

「えっと、調子に乗ってると死にますよ〜?」

「んあぁっ⁉︎ ば、馬鹿なああああっ⁉︎」

 結界に亀裂が奔り、このままじゃ学園長が死んじゃうと判断した俺は風壁とやらが壊れた瞬間に『神速』で背後に回り込み、自ら放ったエアショットを潰した。


 続いて床にへたり込んだエルフを見下ろすと、耳元に小声で告げる。


「あんまり調子に乗ってると、リコッタお母さんに告げ口しますよ?」

「ーーーーッ⁉︎」

 口をパクパクと動かしながら、まるで悪戯がバレて怒られた子供に近い表情を見せる学園長に向けて『女神の微笑み』を発動する。


「合格で良いですか? あと、これに懲りたら余計な詮索も無しでお願いしますね」

「は、はい!」

「じゃあ、私は試験場に戻りますから。次は『元の姿』でお会いしましょう」

「……」

 無言のまま顔を伏せた学園長を背にして俺は部屋を出た。


 やり過ぎたかもしれないけど、アッチが最初から最後まで巫山戯てるんだからしょうがないか。


 __________


 学園長はレイアが退出するのを見届けた後、力なくソファーに倒れ込んだ。


「まじかあああああああああ〜〜!! リコッタ母さんの友人⁉︎ それに儂の変幻にも気付いてるみたいだったし……超こえええええええええっ!!」

 先程までの老人の姿では無く、成人したばかりの少年の姿に戻ったインメアンはクッションを抱き枕にしながらゴロゴロと転がった。


 レイアの気配を感じて、『ちょっとばかり腕に自信のある子供』だと勘違いしたのが間違えの始まりであると知る。


「あぁ〜! 白スク水着て貰いたかったなぁ〜!!」

 しかし、反省は無かった。インメアンはリコッタと人族の父との間に産まれたハーフエルフだが、マリータリー内に置いて横に並ぶ者がいない程に高い魔力を有しており、寿命が長い。

 使い分けるのが面倒臭くて普段から一人称が儂だが、性格は若い。


 そしてエロエルフの血をしっかり色濃く受け継いでおり、主にロリ系統に特化していた。更にSSランク冒険者の肩書きも持っており、その為学園内では老人の姿をしているのだ。


「学園に入学すれば、幾らでもチャンスはある! 諦めるな儂! 輝かしい夢を叶えるのだぁ!」

 だが、拳を掲げて野望を抱くインメアン学園長は知らない。


(ふむふむ……学園長はロリコンの変態っと)


 背後の本棚の陰に超一流の暗殺者タロウが潜んでおり、今の一言一句をレイアに全て伝えられてしまう事を。


 その後、タロウはレイアに「学園長はロリコンの変態です!」っと元気よく報告した所、「知っとるわい!!」とビンタされて半泣きになったそうな。


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