第313話 『White lie』 5

 

 上空から見下ろした奈々と怪物の戦いは、一方的に奈々の攻勢に映った。

 聖弓から放たれた無数の閃光は、青白い輝きを纏ったレーザーの様に巨人を焼いている。


 防御一辺倒に陥った怪物の姿は、俺からすれば好都合だ。

 力を溜め続け、『巨人殺しの大剣レイグラヴィス』の真の力を解放する時間が欲しかった。


「好きなだけ俺の神気を吸え! 敵を一撃の元に屠る力を解放しろ!!」

 この大剣が『巨人殺し』と呼ばれる所以はその形状変化にある。一度しか試した事は無かったが、初めてレイグラヴィスを握った時、こいつは俺の神気に呼応して刃のサイズを適応させたからだ。


 今は逆に神気を吸い、敵を両断できる大きさまで刃が巨大化していく。その分質量も増加していくが、俺の力のステータスの前には問題がない。


「壊れろおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 奈々が絶叫と共に『滅火メッカ』を連想させる拡散砲を放ったのを合図に、俺は上空から一気に下降して力を溜めたレイグラヴィスを振り下ろした。


 狙うは側頭部からの一刀両断。


 邪魔な腕や結界は双剣に纏わせた『闇夜一世オワラセルセカイ』で喰らい、全てを終わらせてみせると決意した一撃。


「終わりだ! 『アースブレイク』!!」

「だめえぇえええええええ〜〜っ!!」


 ーーパキィィィィイイインッ!!


「えっ?」

 奈々の叫びはしっかりと耳に届いていた。それでも攻撃を止められなかった俺は、驚愕に目を見開きつつ思考と身体が一瞬硬直してしまう。


 宙を舞う様にして、『深淵アビスの魔剣』の折れた刀身が俺の頬を掠め、朱雀の神剣は結界に弾かれ、あまりの衝撃に掌から溢れ落ちていた。


巨人殺しの大剣レイグラヴィス』は突然振り上げられた『神に届き得る怪物グランフニル』の巨剣と刃を交わし、鈍い音をたてながら力負けして、翼ごと背後に退かされる。


 直後、何がなんだか分からずに呆けていた俺の身体の右側面に、狙いすました巨大な拳が叩き込まれた。


 メキメキと骨の折れる鈍い音が響くと、凄まじい攻撃力から悲鳴をあげる事すら出来ずに、俺は一気に下方の地面へと墜落する。


「グハッ! ガ、ガフッ!」

 呼吸と同時に吐血し、内臓がやられたのだと瞬時に判断して『上級治癒魔術ディヒール』を施そうと手を当てた所で、地面に大きな影が現れ、咄嗟に横へと転がる。


 ーーズウゥゥゥゥゥゥゥンッ!!


 大地が破れる程の圧力を秘めた巨人のストンプが、容赦なく俺を追撃する。咄嗟の閃きで肉体は直撃を回避したが、右側の翼が巻き込まれて引き千切られ、肉を抉られる様な激痛が奔った。


「ぐあああああああああああっ!!」

『良イ声ダ。モット余ニ、女神ノ悲鳴ヲ聞カセテクレ』

 念話ではなく、直接怪物の口から出た声は低音で重々しかった。だが、俺はその口調から誰が発したのかを直ぐ様予測できた。


「お前バッシュハルか⁉︎ その身体で意識があんのかよ!」

『クハハッ! 先程カラ天使トイイ、女神トイイ、非常ニ良イ反応ヲシテクレル。『予知夢』ノリミットスキルハ、コノ肉体ヲ得テ『未来予知』トナッタノダ。攻撃ヲ読マレテイルトモ知ラズニ、滑稽デアッタゾ!』

「うるせぇ! 意識があるなら、すぐにセイナちゃんを解放しろ! そうすればお前の事を助けてやってもいい!」

 巨人は動きを止め、俺を見下ろしながら何か考えているみたいだ。まだ人間としての理性が残っているのなら、交渉の余地はあると願いたい。


 でも、俺ってあんまりこいつバッシュハルの事知らないんだよな。会った事もないし。


『……断ル。忌々シイ道化シュバリサヲ、貴様ガ殺シテシマッタノダロウ? 最早余ニ国ハ無ク、束縛スル者モイナイ』

「だからって、そんな姿になってまで生きてたいのかよ」

『オヤ? 余ハコノ姿ニナッテ最高ノ気分ダ。全テヲコノ圧倒的ナチカラで蹂躙シ、神ニナレルノダカラナ』

(駄目だこいつ……話にならねぇどころか、分不相応な力を手に入れて酔ってるな)


「掴まってあなた!」

GJグッジョブ奈々様!」

 話し合いや交渉の余地は無いと判断した所へ、奈々が上空から飛来して、俺を怪物の攻撃範囲内から引っ張りあげてくれた。


「魔剣が折れる程の結界ってどういう事か分かるか? あんなに硬く感じた防御は、初めてかもしれない」

「……どうやって手に入れたか知らないけど、あの怪物の核には『女神の盾アイギス』が装備されてるのよ」

 握っていた掌から奈々の動揺が伝播し、俺はそれ程のランクなのかと生唾を呑み込む。そして聞き捨てならない言葉に疑問を抱いた。


「ん? もしかして……本当の女神様が関係してるって事?」

「もしかしなくてもそうよ。アレは女神様の神具だもの」

「何それ、めっちゃチートですやん」

「破壊できる可能性は皆無ね。だって、女神様が十柱の全封印を解いた状態の旦那の闇を防いでいたのは、『女神の盾アイギス』があったお陰だもの」

「嘘って言ってくれ奈々様」

「私も夢ならどれだけ良かったかって……さっきだって認めたくなくて半泣きよ」

 予想以上に拙い事態に陥っているんだと知って、俺と奈々は二人で肩を落とした。


 嫁達を連れて来ていなくて良かったと思う反面、俺達だけでは現状の打開策が閃かない事と、セイナちゃんの時間がない事が焦りに繋がる。


 一先ず刀身の折れた魔剣と、結界に弾かれて皹が入った神剣を鞘と一緒に『次元魔術ワールドポケット』へ仕舞うと、『巨人殺しの大剣レイグラヴィス』を柄を両手持ちにした。


 手数より一撃の破壊力を重視したからだが、怪物の膂力はこちらに勝るとも劣らない。バッシュハルの『未来予知』が、巨人の鈍重な肉体の動き出しを最大限に加速しているんだろう。


「私達に勝機があるとしたら、『女神の心臓』で時間停止中に核を取り出すしかないわね」

「それすら読まれたら、尚更状況が悪化しないか?」

「『女神の盾アイギス』を装備している聖女に意識があれば、隙も作れるのだけれど」

 先程俺に呼びかけてくれたセイナちゃんの意識の光は、もう感じ取る事が出来なかった。


 どうしたものかと腕を組んで唸っていると、突然下から強烈なプレッシャーを受ける。


「イツマデ余ヲ無視スルツモリダ、愚カ者メ!!」

「チッ! こっちの作戦タイムはまだ終わってねぇんだよ。奈々、放り投げてくれて構わないからサポートを」

「分かったわ」

 在ろう事か地面から跳躍したグランフニルは、その巨体に見合わぬ程の速度でこちらへ迫り、巨剣を横薙ぎした。


 ーーギイィィィィイン!!


「こんにゃろ〜〜っ!」

『グオオオオオオオオッ!』

 巨剣には『女神の盾アイギス』の付与はなく、単純な力と力の勝負に持ち込める。奈々は敵の意識を逸らす為に四方を飛び回り矢を放ってくれているが、結界は堅く、ダメージを与えられてない。


「力の女神舐めんなぁ!」

 俺は両手持ちした大剣レイグラヴィスを全力で振り抜くと、怪物の親指を付け根から斬り飛ばす事に成功した。そして一つの光明を見出す。


(なんで今、『女神の盾アイギス』は発動しなかったんだ? もしかして……)

 急いで俺は推測を『念話』で奈々へ送る。悟られないように攻撃の手を緩めず、作戦会議を続けた。


『こいつ、もしかしてアイギスを制御しきれていないんじゃないか?』

『それはあり得ないわ。私もその可能性を考えてあらゆる箇所に矢を撃ち込んでるもの』

『じゃあなんで親指を切断出来たんだと思う? もう再生してやがるけど』

 バッシュハルはニタリと嗤いながら、俺を挑発するかの如く掌を開いたり閉じたり見せつけている。


 流石が道化が仮にも仕えていた帝国の王様だね、すげぇ嫌な性格してる。でも、俺の事を分かってないなぁ。やれやれだぜ。


『俺は大人で女神なんだから苛つかない。あんな挑発にいちいちキレたりしない。ボッコボコにしてやりたいとか、セイナちゃんが盾にされてなけりゃ、天煉獄で蒸発させてやんのにとか考えない……ブツブツ』

『説得力が無さ過ぎて、少し面白い顔になってるわよあなた? プフッ』

 一瞬だけ嵐のように巨人に降り注いでいた矢の勢いが衰えた。俺が視線を向けると、先程と変わらず真顔の奈々様がいらっしゃる。


『ねぇ、今笑った? 絶対笑ったよね?』

『いえいえ、何のことだか分からないけれど、一つ閃いた事があるわ』

『何故このタイミングで閃くのさ。まぁ聞くけど……』

 奈々が言うには『女神の盾アイギス』は装着者を守る絶対障壁であり、その対象はセイナちゃんだという事だった。


 無条件にグランフニルを護っているのは『聖女の血肉』を取り込んだ部分だけで、その他の箇所はバッシュハルが予知によって、まるで隙が無いように見せているのではないか。


『きっとそれだ! ならーー』

『ーーなるほど、面白そうね。でも通じるのは一回きりかな』

『問題ないよ。チート比べで負けるつもりはない』

 先程から『女神の眼』で『未来予知』をコピーしようと試みてるんだけど、中々上手くいかなかった。


 あの状態だからこその固有スキルになってしまっているのだと一旦諦め、奇策を実行する為に再び翼を発動する。


『これだけは覚えておいてね。相手がどんなに強者であろうと、あなたの本来の力なら負けないわ。気付いてるかしら? 聖女を救いたいって気が逸りすぎて、力が分散してるのよ』

『お前はどこの達人だ……でも、ありがとう。少し冷静になれた』

 深く息を吸い込んで吐き、深呼吸を繰り返す。


「行くよ奈々! 『分身』、『追の一撃』、『久遠』発動!」

「女神と思考のリンク完了。『獄炎球』展開。目標固定ターゲットロック

 自分の攻撃を緩めずに、奈々は並列思考で俺のサポートをこなしてくれた。しかも処理速度がめちゃくちゃ速い。


『何ヲスルツモリダ⁉︎ 聖女ガドウナッテモ良イノカ!』

「それは三流の台詞だぜ王様? 灼き尽くせ! 『天煉獄』」


 ーーズアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


 灼熱の炎を獄炎球で収束し、神気を込めて一気に解放する。セイナちゃんを守ってくれよ『女神の盾アイギス』。


『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 呻く様な深い叫びをあげながら、『神に届き得る怪物グランフニル』は奈々の予想通り結界の隙間から燃え上がっていた。


『ダガ、マダ甘イゾ! 余ニハ貴様ノ行動ガ全テ見エテイルノダ!!』

 怪物は背後に潜んでいた俺に向かって巨剣を突き上げ、胴を貫くと同時に高々と勝利を吠える。


『ハッハッハ〜〜! ハッ?』

「そっちは分身だ。やっぱり予知じゃ実像か偶像かまで判断出来なかったな」

 バッシュハルは自分の未来を視てしまったのか、Sランク魔獣の表情が凍りつく様な怯えを感じ取らせた。


 まさか俺が『天煉獄』の炎の中に自ら飛び込んで、『久遠クオン』と『聖櫃セイヒツ』を二重展開させた中でダメージに耐えていたとは思うまい。


 それでもかなりの火傷で実際泣きたい程に痛かった。我ながら恐ろしい技だ。


 ーーザンッ!!


 爛れた肉が俺に結界の裂け目を教えてくれる。俺は一気に怪物の肉体を駆け上がると首を両断した。『追の一撃』を発動したのは硬い骨を叩き斬る為だ。


『コノ程度、スグニ再生シテミセルゾ!』

「お前に再生させる隙なんて与えないさ。ぶっ飛べ!!」

 俺はクルクルと宙で回転しながら落ちてきた頭部に向かい、大剣をクルリと持ち直してバッティングフォームを取る。

 気分的には一本足打法のイメージで、ホームランを狙う感じだ。


「うらあああああっ!」

 カキンなんて音ではなく、グチャっと肉の潰れる気持ち悪い音の後、高速で生首が空へ昇った。夢に出そうな位に最悪の光景だった。


「この場合ナイスパスって言うのかしらね?」

『ーーーーッ⁉︎』

 遥か上空で待ち構えていた奈々が、再生させないように頭部を『無限監獄インフィニットプリズン』に閉じ込め、更に『女神の盾アイギス』に干渉されない距離まで一気に翔ける。


「調子に乗った罰は受けましょうね?」

 遠目でもわかるくらい満面の笑みを浮かべた奈々様は、いつも通りの死の宣告を告げた。


『マッ、待ッテーー』

「い、や、よ! 『フルバースト』!」

 檻が圧縮すると、バッシュハルの脳とSランク魔獣の頭部は一瞬で消失した。俺は安堵と共にホッと胸を撫で下ろすと、セイナちゃんの元へ一足飛びで向かう。


「迎えに来たよセイナちゃん! 今引き剥がしてやるからな!」

「……させませんよ化け物。セイナから離れなさい」

「ーーえっ?」

 聞き慣れた声が耳に届くと、俺はセイナちゃんが閉じ込められた核の前で固まった。


 消失した頭部から俺の『闇夜一世オワラセルセカイ』に似た闇が蠢き、次第に憤怒の仮面を被った頭部に変貌を遂げたのだ。


「お前……しぶとすぎるだろ」

 殺したと思っていた道化シュバリサが生きていた。


 この時はっきりと予感がしたんだ。この戦いが俺とピエロの最後の決着になるって。

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