第270話 ヤマト奪還作戦 2 

 

 海中からレヴィアタンの同心円を基調とした巨大な眼球に見上げられつつ、俺は悩んでいた。

天煉獄テンレンゴク』で海水を沸騰させ、本体を引き摺り出す事は容易い。


 海水による威力の弱体化は否めないが、それでも致命的なダメージを与えられる確信はあった。

 いざとなればディーナの『迦具土命カグツチ』を『獄炎球』で収束して撃ち放てば、減衰特性など関係なく焼き尽くす事も可能だからだ。


 問題はただ一つ。レヴィアタンを殺す意義が見出せなかった事にある。


「ねぇ、俺はお前の知ってる神とは違うぞ〜? そもそも昔、何でお前は殺されたんだ? そんなに悪い事をしたのか?」

「拙者の国では有名なお伽話でござる。かつて神の怒りを買った邪蛇は、戦神バッカス様によって討伐されたとか」

 シナノの話を聞いて、俺は聞き慣れた神の名から目を見開いた。ナビナナとアリアはやれやれと頭を左右に振る。


「それって……確か十柱の一人じゃなかったっけ?」

「マスター。大方、今の様に封印の間に縛り付けられる以前、遥か昔の話でしょう。神界の噂ですが、この世界に来た当初の神々は女神様の言う事も聞かずに、好き勝手に振る舞った伝説が残されております」

「ナナの言う通りよ。基本的に神様達は自由だからね。大蛇の蒲焼きでも食べようとでもしたんじゃないかしら?」

 二人の天使から齎された情報を聞いて、俺は尚更のことレヴィアタンを殺す気にはなれなかった。寧ろ馬鹿な戦神を殴ってやりたい。


(さて、一体どうしたもんかな。『心眼』で読み取る限り、こいつはシルバと同じ類の魔獣だ。神に憎悪を向けつつも、穏やかな生活を望んでいるのが伝わってくる……)


「うっし! 面倒くさいから拘束しちゃおう!」

 俺は『聖絶界』と『久遠』を同時発動すると、ナビナナに座標の固定を任せて神力を解放した。鬼退治に余力を残すつもりだったが、アリアとディーナがいれば問題はないだろうと判断する。


「ナナ、ちょっと負担かけちゃうけど頑張ってくれ」

「良いよ〜! 『天照アマテラス』で一気に海蛇を捕獲するんでしょ?」

「おう! どこまでやれるか分からないけど、こいつが落ち着くまで封印しちゃおうかなって。まずは殺す意思は無いって所を強制的に見せつける!」

「確かにこれだけ大きいと『天照アマテラス』を発動しなきゃ厳しいかなぁ」

「俺はナビから切り替わったお前の座標特定が不安なんだけれど」

 突然ナビから主人格に切り替わった事に言いようのない不安を覚える。大人しく神域でワインでも飲んでて頂きたかった。


「偶には良いかなって。正直、最近私の影が薄い気がするんだよね〜?」

「いやいや、ついこの間も新しいトラウマを植え付けられたばかりですよ……ペロペロと」

「あ、あれは私じゃないし!!」

「主様よ! 来るぞ!」

 脳内での会話を遮り、ディーナが空中を旋回しつつ吠えた。視線を下方に流すと、海面の大渦が凄まじく回転しており中心部分が光輝いている。


 ーーザアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


「シルバ! 急いで海面から離れろ! なんか拙いぞ!」

『それが海中から引っ張られていて、思うように手脚が動かせないのだ!』

「チッ! ディーナ、単発で渦の中心にブレスを頼む! 『迦具土命カグツチ』は間に合わない!」

「了解じゃあ!」

 徐々に渦の中心へと引き摺り込まれていくシルバを脱出させる為、ディーナに火炎のブレスを放って貰う。俺は『女神の翼』を広げて、瞬時にシルバの元へと向かった。


「いっけえええええぇ! 『アースブレイク』!」

 凄まじい轟音と共に、ブレスで流れが一瞬弱まった箇所へ『巨人殺しの大剣レイグラヴィス』を叩きつける。

 舞い上がる水飛沫に乗せて、無理矢理シルバを空中へと放り出した。


『感謝する!』

「良いからそのままディーナの背中に飛べ! 来るぞ!」

 光源は輝きを増し、発射される寸前なのが分かる。俺は一旦『天照形態アマテラス』への移行を取り止め、『聖絶界』で肉体を包み込んで防御態勢を取った。


『死ネ! 神族メ!』

「ーーーーッ⁉︎」

 次の瞬間、レヴィアタンの一言を合図に大渦の中心から、巨大な水流と閃光の螺旋を描くブレスが一斉に俺目掛けて発射された。

(ブレスは竜の専売特許じゃなかったんですかね! ディーナさんんん〜〜⁉︎)


「おかしいのう……彼奴、蛇の分際でブレスを吐けるのかぇ?」

「どっちも似たようなものじゃ無い。同族嫌悪ってやつかしら?」

「アリアよ。幾らお主でも蛇と竜を一緒にするのは許さんぞ!」

「じゃあ違いって何?」

「フッフッフ! 翼と格好良さじゃ! 牙も竜族の方が多いしのう!」

「普通そこは手脚って言わないかしら……それはともかくレイア〜! 頑張って〜!」

 身体全体へ満遍なく光り輝く水流弾を浴びせられつつ、チラリと覗いた嫁達の様子は実に楽しそうだった。


 まるで運動会のパン食い競争と並ぶレベルの声援を受けて、俺は何かが間違っていると今後の夫婦関係において真剣に考える。

(君達見て? 横で口元を抑えて超心配してるシナノちゃんを見て? それが普通のリアクションですよ?)


「げ、下衆ゲスが死んじゃうでござる……」

「うおおおおおおおおおいっ⁉︎ 泣きそうな顔して最低な発言すんな!!」

 全然俺の予想と違った発言を受けて、思わずスキルが解けそうになった。徐々に勢いが弱くなってきた隙を見計らって、俺はレイグラヴィスを思い切り振り下ろす。


 ーードパンッ!!


「〜〜〜〜〜〜⁉︎」

「驚いたか? 残念ながらこれくらいの攻撃じゃ『聖絶界』の防御に傷一つつけられないよ」

『コレナラバドウダ!!』

 巨蛇は海中から尻尾を出すと、俺の全身にトグロを巻いて締め付けた。定番の攻撃だと軽い溜息を吐くと、力任せに隙間を抉じ開ける。


「漸く捕まえた〜!」

『一体何ヲ⁉︎』

「必死に逃げて見せろよ。綱引きは得意なんだ!」

 巨大過ぎて腕を回せない為、『空間固定』を発動して尻尾の周りに四角いキューブの取手を作った。俺は眩い光を放ちながら全力で翼をはためかせ、真上に向けて空へと飛ぶ。


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオ〜〜!!』

「力の女神を舐めんなよ? 封印して捕縛しようかと思ったけどやめだ! その怒り狂って曇った目を覚ましてやる! うらああああああああっ!!」

 俺はレヴィアタンを海中から全力で引っ張り上げると、そのままの勢いで上空へ放り投げた。


「ナナ、『神体転移』発動!」

「了解〜! 蛇の上に直行だね!」

 グングンと伸びる巨躯は無視し、海中から頭部が引き摺り出されたのを確認した直後、俺は到達点へと先回りする。

 レイグラヴィスを『ワールドポケット』に仕舞うと、拳を握りしめて備える。


「いらっしゃ〜〜い!!」

 ーードゴォッ!!

『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!』

 全力で振り抜いた『唯のパンチ』は、巨蛇レヴィアタンのスキルにあった『鱗刃リンジン』の鋼並に硬い鱗を粉砕した。

 悲鳴にならない絶叫を聴きながら、遠慮せずに頭部を海面へと叩きつける。巨蛇は多少フラついていたが、まだ瞳に反省の色が無いのが伺えた。面白い。


「さて、お前はあと何回耐えられるかなぁ〜? 次はもう少し高度上げてやるよ!」

 この短距離なら『神体転移』の回数制限に余裕はある。根競べといこうじゃないか。


『神族メエエエエエエエエエエエエ〜〜!!』

「言っておくけど勝手に攻撃を開始したお前が悪い! 死ぬ前に降参しろよ?」

『我ハ神族ヲ滅ボスマデ、敗北ナド認メヌワ!!』

「あっそ! 次は回転も加えてやるよ!」


(ちょっと楽しくなってきたな)


 __________


 その後、『先発組』の面々がだんだん見ていて可哀想になる程レヴィアタンは宙を舞い、叩きつけられては水飛沫を上げ続けた。


「あっ……綺麗ね!」

「本当じゃのう。この景色を肴に一杯やりたい所じゃな!」

「ヤマトのみんなを苦しめ続けた元凶が……もうやめてあげて欲しいでござる……」

『私も初めてあった時に意地を張っていたら、こうなったのかもな……』

 気絶してピクピクと海面に浮かび上がるレヴィアタンに乗り、裸足で海水に足をつけるレイアの視線の先には美しい七色の虹が出来ていた。


 最後まで意地を張り通した災厄指定魔獣へ、女神は敬意を評してある決意をする。


「お前は今日から『紅姫』専用の船の代わりにするぞ! 名前は格好いいからそのままで良し! 口笛吹いたらすぐに来るよう調教しなきゃな!」

 意識を取り戻した巨蛇が話を聞いた後、逃走を開始して捕縛されたのは言うまでもない。

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