第197話 『Last Calling』 4
「一体どういう事だ! 答えろナナ⁉︎」
「……ノア級の魔術は神にさえ届き得る禁忌です。それを更に生命力変換までして放ったのでしょう。術者自身の命を賭けて」
「ーーーーーーッ⁉︎」
「パ、パパ?」
イザヨイは恐怖から動けなかった。その場にいる仲間達も同様に、女神の怒りに身を震え上がらせる。かつて見た事も無い表情。そして、この後どの様な行動に出るか一番理解していた騎士だけが腰にしがみ付いた。
「行かせんぞ! 今の姫は『神覚』を使ってスキルが使えない筈だ! 以前より制約が少なくなったとはいえ、弱体化してるのは明白だからな!」
「……せ」
「駄目だ!」
「…………な、せ」
アズラは無言のまま、全力で女神の身体を抑え続けた。ナナのバージョンが上がった事により眠る制約は解除されたが、スキルは使えないままだ。
確かに己の騎士の言う通りなのだろう。命を賭してまで自分と娘の為に頑張ってくれている存在に、こんな感情を抱くのは間違っているのかも知れない。
「離せえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーっ!!!!」
怒りに任せた咆哮の後、残った全てのSTポイントを力に割り振ると、『身体強化』すら発動出来ない身体でアズラを跳ね除け、バルコニーから飛び出した。
フェンリルの鎧の『真・神速』から、まさに目にも止まらぬ速さで絶氷に向かい、右手にレイグラヴィスを、左手に朱雀の神剣を握り交互に剣を振るう。
神炎でも溶かせぬ氷だろうが関係ない。その瞬間剣撃から氷が弾けて頬を掠る。
『壊せない訳じゃない!』
その事実に希望を見出したその時、一瞬で絶氷は修復するとより強固な硬さを誇った。
ーー剣先が弾かれる。
ーーレイグラヴィスと神剣が唯の鈍器と化す。
ーー彼女の背が遠くなる……
「絶対許さないぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉーー!!」
女神の哮り狂った咆哮を聞いた『紅姫』は瞬時に後に続いた。
ーー『ビナスを失ってはいけない』
ハッキリとした感覚から、各々が最大の攻撃を絶氷に向けて放つ。
そんな最中、当の魔王は邪墜竜の封印に命を削り、倒れそうになる意識を必死で繋ぎ止めていた。
__________
「離せ! このクソ餓鬼があああああぁぁぁぁーーっ!」
「黙れ。旦那様の為に邪魔なんだよ。この駄竜!」
「畜生! なんでたかが氷を割れねぇんだ! ふざけるなぁ‼︎」
「当たり前だ。師匠譲りの我の最大の禁術だ。貴様如きに破れる訳があるまい」
紅眼を輝かせながら、黒髪を振り乱して必死にデスレアの攻撃を避け続ける。下半身から凍らされる恐怖に絶望しながら、最後の足掻きとして黒竜を生み出し続けて黒燐の刃を飛ばし続けた。
普段なら軽々と転移で避けられる攻撃も、今の魔力枯渇に陥った状況で避けるのは難しい。致命傷を避けてギリギリ躱すのが精一杯の状態だった。
白い肌は蒼白になり、肩で息をする。そんな中思い出すのはテセレナの言葉だった。
『ビナス、貴女に私の全てをあげる。だから絶対に生き延びるのよ。私の可愛い妹。大好き!』
(あの時のお姉ちゃんは、きっとこんな気持ちだったのかなぁ。私は何もあげられないけど、貴方の大切な人を守れるなら……いい最後よね)
「ビナスゥゥゥゥゥゥゥーー!」
「えっ⁉︎」
(嘘でしょ? あぁ、でも旦那様なら当然か……みんな、あとはお願いね。でも最後に……)
「割れろ、割れろ、割れろよおぉぉぉぉぉっ! 許さないぞ! 絶対にこんな事許さないぞビナスーー‼︎」
ーー大剣と神剣を懸命に振り回しながら、氷塊を砕こうと懸命に叫ぶ愛しい人の姿があった。
氷越しにビナスは額を擦り当てて、掌を翳す。
「ごめんね。許してくれなくてもいい。でも、ずっと大好きだよ。愛してる旦那様……」
「うわあああああああああぁーー‼︎」
女神と魔王の涙が氷を滴り落ちる。その瞬間、背後からビナスの腹をデスレアの刃が貫いた。
「お、遅いのよ。間抜け……」
「ち、く、しょおおぉぉ……」
口から吐血しながら振り向くと、邪竜に一言だけ冷淡に言葉を発した後、デスレアは頭部まで完全に凍り尽かされて封印される。そしてビナスは氷像の様に絶氷の中で微笑んでいた。
最早ピクリとも動かない存在と化したその姿を見つめながら、レイアは決意する。
「第一柱封印解除……」
ーーパリィィンッ!
「マスター駄目です! 消耗した状態ではーー」
「第二柱封印解除……」
ーーパリィィィィンッ!
ナナの言葉を遮り、女神の神体が徐々に変貌を遂げていく。まるで黒き闇が金色の神気を食う様に這い出てきた。
「第三柱封印解除……」
ーーパリィィィィィィンッ!
「駄目です! ビナスが守ろうとした存在まで喰らう気ですか⁉︎」
「第四柱封印解除……」
ーーパリィィィィィィィィィンッ!
視界が全て闇に染まり、凡そ女神とは呼べない姿に変貌していく姿を、眺めることしか出来ない仲間達を絶望が襲う。
「始まった……」
アズラが呟いた一言を反芻しながらも、足が言う事を聞かない……もう全てが終わりだと諦めかけた瞬間、飛び出す銀光があった。
「レイア! しっかりしなさい!」
銀翼の天使、アリアだけがこの時を覚悟していたのだ。止められるのは自分しかいないと決意の炎を瞳に宿して、黒手を引き裂いていく。
ーーギリ、ギギギギギギギィッ……
首を動かし瞳があった瞬間に理解した。血涙を流しながら誰よりも絶望に染まった表情。ーー壊れたのだ。
(あぁ………そんなにもビナスの事を……)
バラードゼルスを振るい闇を斬り払う。内部からはナナが神気を流し込んでスキルを押さえ込んでいた。しかし、止まらない……遂に黒手が蠢き出したその直後、漆黒の女神は活動を停止する。
アリアは神の奇跡を思い起こして固まっていた。
『そんなにも、あの子の事を想ってくれてありがとうね』
暖かく穏やかに光粒が闇を退かせていく。包み込まれる様に『闇夜一世』の闇が消失していった先には、何処と無くレイアに似た銀髪青眼の美女が立っていた。
『後は私に任せて……これからも妹を愛してあげてね?』
呆然とその姿を見つめながら、ボヤけた意識を覚醒させる。
「えっ……貴女は……」
問いかけようとした瞬間に、両腕に懐かしい温もりを感じた。先程貫かれた傷も無いビナスが、スゥスゥと眠る様に胸の内にいるのだ。
「えっ⁉︎ び、ビナス⁉︎」
「ん……う、ん……あれぇ? 旦那様? もう地獄にいる筈なのに……最後に良い夢も見れるのね」
「ゆ、めじゃ無い……」
直後、両目を見開いてビナスは愕然と己の瞳に映る存在を見つめた。
「て、テセレナおねぇちゃん⁉︎」
『元気そうで嬉しいわ? やっぱりこんな時が来ると思ってたけど』
「どう言う事⁉︎」
『ビナスはきっと私と同じ道を選ぶ気がしたの。だから、魔力とMPを譲渡した時に私の思念体も潜ませておいたのよ。あるキーワードを発した瞬間に、目覚める様にね』
女神はただ黙りながらテセレナの話を聞いていた。『女神の天倫』を発動させなくても分かる。直ぐにでも消えてしまいそうな淡い存在感。
ーーきっとこれはこの人の遺言なんだ。
「ねぇ。なんで私を置いて行ったの?」
『馬鹿ねぇ。置いてなんか行く訳無いじゃ無い。偶に話もしてたでしょうに』
「えっ……?」
『幻聴だとでも思ってたの? ちゃんと貴女の声に応えていたわよ」
「そ、それはそれで恥ずかしい……」
過去の愚痴や独り言だと思っていた会話が成り立っていたのだと知った時、ビナスは茹でタコの様に顔を真っ赤にさせた。
ーーしかし、スルーはさせない。会話に飛び込むならここだ。
「お、お姉さん! ビナスはどんな恥ずかしい事を言ってたのですか⁉︎」
「にゃあぁぁっ⁉︎ だ、旦那様ぁ⁉︎」
『そうねぇ〜。熱い夜の明け方は、余韻に浸りながら貴女の着ていた服を抱き締めて寝たり、食事の際は、貴女が席を立った瞬間に自分の食器とすり替えたり、しょっちゅう発情して下着をバレない様に物陰で履き替えたり……あっ! 『旦那様の軌跡』っていういつか本にしようとしてる詩集は見た? あれ凄いわよ〜! 貴女の暴露本ね。あれが本になったら私なら死ぬわ〜〜!」
「う……ん……」
「お、お、おねぇちゃん⁉︎ 違うの旦那様! 思念体だからちょっと過剰に言ってるだけなの! 元々おねぇちゃんはこんな風に冗談を言うのよ? 断じて旦那様の靴に成りたいとか思ってる訳じゃ無いの!」
『「うん……言い訳なのに酷くなったな(わねぇ)」』
冷淡な表情を向けているのにどこか嬉しそうな少女を見て、テセレナは何かを間違えたかと反省しつつ、最後の時を迎え様としていた。
__________
『さて、可愛い妹をからかうのも終わったし行くね』
「待って! まだもう少しだけ」
『駄目よビナス。もう気付いてるわね? 自分の身体から、私の魔力が消失していくのを……』
「わ、分かってる……でも、魔力なんかどうでも良い! だから、だからぁ!」
待っておねぇちゃん。行かないで! 私の中から抜け落ち無いで! こんな奇跡はもう絶対起こらない。今を逃したらもう……会えない。
『私も最後に言いたい事があるの……』
「何⁉︎ 何でも聞くからもう少しだけ側にいてよ!」
お願い! なんでもするから消えないで……
『貴女……私の言い付けを破ったわね……』
「ーーーーギクッ!」
ば、バレてる。きっと『アレ』の事だ……
『言い訳はあるかしら? 一応聞いてあげるわ?』
「……だって、野菜も食べたかったんだもん。魚、美味しいんだもん……」
『…………死刑!』
「だからキレるとこそこぉ〜〜⁉︎」
_________
直後、ビナスの限界ギリギリまで魔力が抜き出されて気絶した。レイアはとても穏やかにテセレナを見つめる。
「ありがとう。ビナスと貴女の最後の思い出を、悲しいモノにしないでくれて」
『良いの。私こそありがとう。私の魂はずっとこの子の側を離れずに漂っていたのよ。その使い途が漸く決まったわ』
「…………」
『そんな顔しないで? 私はもう死した存在よ。貴女と愛しい妹の役に立てて嬉しいわ〜!』
「だって。それじゃあ、貴女の魂は……」
分かっていた。そんな事をすればこの人に待っているのは永劫の孤独だ。眠りに就くことすら出来ずに、ただデスレアを封印し続ける人柱と変わらない。
ーーテセレナは、ビナスの代わりになっただけだ。
『ありがとう。妹を幸せにしてあげてね』
その言葉の直後、思念体は絶氷に吸い込まれる様に溶けていった。レグルスの王都シュバンの近くに現れた氷山は瞬時にその姿を消す。
『さようなら……』
「だめ!」
突如目覚めたビナスは天空に手を翳した。まるで握ってくれると確信を持ったかの様に……
その手はそっと握られて頬に添えられた。思わず抱きしめようと両手を広げるが、その想いは叶わない。
ーー消失したのだ。体内に渦巻いていた巨大な魔力も、譲り受けたMPも……
「あ、あぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁ〜〜!!!!」
「泣かないで? あの人最後に言ってたじゃないか……約束を守ってくれたんだよ」
思い出されるのはシュバンでの記憶。テセレナが青い瞳をキラキラと輝かせながら、幼い私の手を取って告げた言葉……
『えぇ。絶対にお姉ちゃんが守ってみせる。いつか離れ離れになったって、貴女を守り続けるわ!』
「ありがとう……テセレナおねぇちゃん……」
全てが終わった後に流れるのは涙、溢れるのは笑顔。結末は獣人の幼女が生きているという事実のみ。
ビナスは気絶していて聞いていなかったが、テセレナが設定したキーワードは二つーー
『愛してる』
『さよなら』
ーー愛しい人から離れようとした時に、発動する最後の魔術。
ラストコールを受け取った二人は、ただ、ただひたすらに抱き合うだけだった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます