第113話 レイアVSピステア軍5

 

 正規軍の壊滅。そして将軍バンクムルの戦死の報告がピステア城内のジェーミット王の元へと届いた時には、全てが後の祭りだと、何も手を打てない状況を作り出だされてしまっていた。


「見事にしてやられたものだな。そうは思わんかクロウド」


「はっ……しかし王に責任は御座いません。全ては王の策が吸血鬼共に崩された時、迅速に対応出来ずにいた我等に責があります。如何様にも処罰をお与え下さい」


「バンクムルの暴走までは読んでいた。その為にクロウドに討伐軍を編成させ、任務を与えて準備しておったというのに、余計な邪魔が入ったものだな。何より相手はヴァンパイア……眷属持ちとなるとSランクは超えておるだろう。ーーそうなると逆に動かずに正解だったかもしれぬな。貴様の軍まで壊滅されては、最早目も当てられない状況に陥る所であったわ」


「はっ! その件ですが、まずバンクムル軍と戦っていた冒険者達は如何なさいますか? 念の為地下牢に閉じ込めてありますが、あの中にいるザンシロウという者は私の力を遥かに超えております。運良く屍人シト三名との激戦で傷付いた状態だった為捕えられましたが、回復したら即時に檻など破壊して飛び出てくるでしょう」


「ザンシロウ殿ならよく知っている。その冒険者達は牢ではなく客間へと案内せよ。今はおらぬが、ハーチェルを助けてくれた者も戦場におったそうだからな。まさか余に会う前にヴァンパイアに攫われるとは思わなんだ」


「はっ! すぐ様指示を出しておきます。では引き続き軍の再編成に戻ります。オリビアは既に準備を終えている様で、王の指示を待つとの事でした」

「ははっ! 相変わらずあのおてんば娘は将軍になっても気性の荒さは変わらんな。余に早く決断しろとプレッシャーをかけておるのだろうよ」


 ーークロウドは、将軍らしからぬ深く長い溜息を吐く。


「私より強いせいで注意も聞きませんし、困った者です。同じSランク冒険者だった頃から度々手を焼かされてきましたが、最近は強者と戦えず、ダンジョンにも潜れずストレスを溜め込んでいる様ですね。このままじゃいつ王に勝負を挑むか、私は不安で堪りません……」


「それはそれで構わんよ。余も退屈しておるでな。久々に全力を出して戦う事も、いいストレス発散になるだろう」

「ご冗談を……胃に穴が空きそうなので勘弁して下さい」


 クロウドは笑うジェーミットを背に謁見の間から出ると、王の指示通り檻から冒険者達を早く出してやろうと地下牢に向かった。



 __________



「おい下衆男。さっさと回復してこの牢から我を出せ。殺すぞ」

「戦神を攫われてイラついてるのはわかるが無茶を言うなよ……もう少し回復するのを待てって。そこの巨乳の姉ちゃんみたく、冷静になれや」


「ザンシロウ様。私は別に冷静ではありませんよ? 今もどうやってあの吸血鬼共を引き裂いて磨り潰してやろうか考えている所です。久しぶりに会えたご主人様とまた離された……許せない。許されないわ」


「チビリーの傷も深い。下衆男、彼奴ら強いのか? 我の魔力が戻れば消し飛ばしてやるものを……己の不甲斐無さに泣けてくる」

 完璧猫かぶりモードを解いて、怒り魔王モードへ戻ろうが、『聖女の嘆き』による魔力の封印はレイアが居ない現状では解除することは出来ない。


 ーーこんな牢さえ破る力の無い無力な身に、悔しさから唇を噛み締め、悔し涙を流していた。

「申し訳ないっすビナスお姉様……粘ったんすけど、やっぱ不死って反則っすよ反則……」

「無理して喋るのはやめなさいチビリー。私の回復魔術じゃ貴女の傷を完全に塞ぐことは出来ないわ。元々マムルお姉ちゃんに言われて覚えたけど、所詮付け焼き刃なんだから」


 チビリーは静かに頷いた。屍人に肩口から斬り裂かれた際、致命傷を避ける事には成功したが、出血量から生命の危機に追い込まれたという事実に変わりはなかったのだ。

 ビナスは暗い地下牢で黄昏ながら最愛の人の事を思う。疑念は残っているが『アレ』がレイアの身体である事は間違いない事実だ。


 ーー格子の隙間から空を見上げ、今はいない他の恋人達の事を考えていた。


「はぁっ。旦那様と引き離されたディーナとコヒナタは、こんな気持ちを今も味わっているのか。今度会ったら謝らなきゃな。さっさと追い付いてこい馬鹿共が……お前達がいればきっとこんな事にはなってないのに……」


 __________


『時は遡る』


「きゃあぁぁぁあっ!」

 シャボン玉の中に入れられた様な不思議な空間の中で、私の身体はどんどん宙へと浮かび上がっていきます。

「怖い! これ意外に怖いってばぁ!」

「少しの辛抱をお願いするでやんす。今からこいつを片付けるでやんすから」


 目の前では武者の鎧を着たベガスと呼ばれてた人と、ザンシロウさんが斬り合っています。そこへ、マスダルと呼ばれたネズミっぽい人が血液で無数の赤いパチンコ玉を生み出しながら、空中に浮かせ始めました。


 これってもしかして『血弾』とか血液を武器にするとかそういうファンタジー能力? 大丈夫かなザンシロウさん……


「喰らえでやんす! 『血弾』!」


 ーーあっ、そのまんまだった。当たって嬉しい様な……ふ、複雑です。


 __________


「しゃらくせぇ! こんなもんいくら飛ばされようが効かねぇよ!」

「充分だ。お前の隙を突くにはな?」


 マスダルの『血弾』に一瞬気をとられた隙に、翠蓮を持つ右手首ごと斬り飛ばされた。右膝ですぐ様ベガスの顔面にカウンターを食らわすと、鼻骨が折れて血が噴き出す。


「おぉ! さっきよりいい男に見えるぜ?」

「じゃあ、貴方ももっといい男になれる様に私色に染めてあげるわ?」

 突如、空間の裂け目から現れたキサヤは伸びた爪をザンシロウの首元に添えると頸動脈を切り裂いた。噴水の様に鮮血が舞う。

「おおぉぉ? 三位一体の連携ってか。中々やるじゃねぇか!」

 厭らしく嗤うと、キサヤの顎に左拳でアッパーを食らわせて跳ね飛ばす。

「何でこいつはこれだけの量の血を流しておきながら無事なのだ! 人間なのだろう?」


 ベガスは疑問に思っていた。人間など手を切り落としただけでも本来は動けなくなる程出血する筈だ。なのにこいつは傷が塞がり出している。


 ーー己の鼻骨が再生を始めるのと同じ様に、いや、もっと早い速度で……


「貴様、我等と同じ屍人なのか?」

「んな出来損ないと一緒にすんじゃねえよ! 見た所お前さん達は何か条件を満たせば消滅出来るだろ? おりゃあ何をやっても死なねぇ。いや、死ねねぇんだよ!」

 驚愕する屍人達に遠距離から血弾、近距離から剣術、死角から奇襲を絶え間無く仕掛けられ、血だらけになりながらも、切り飛ばされた翠蓮の元へたどり着いたザンシロウはそれを拾い上げて構える。


 ーー斬り飛ばされた右手首は瞬時に接合され、再生した。


「歯ぁ食いしばれよ! ぶっ飛ばせ翠蓮!」

 轟音を轟かせながら振り下ろされた翠蓮は、三人の屍人の四肢を切断すると、更に細かく切り刻んで消滅させる。


「なっ! 何なのだお前は! この力、本当に人間か?」

「ベガス、パンツ姫様だけでも逃さなければ!」

「あっしが注意を引きつけるでやんす! 血弾!」


 __________



 私は血だらけになりながらも暴れ狂うザンシロウさんの戦いを、ただシャボン玉の中から黙って見ていました。この人が負けるビジョンがまるで思い浮かびません。


 ーーチートって、ああいう人の事を言うんじゃないでしょうか?


「はぁぁ〜凄いなあの人。最早同じ人間だと思えないよ。ーーってあれはチビリーさん⁉︎」


 ポタポタと血を垂れ流しながら、だらりと人形の様に意識を失った状態のチビリーさんを、騎士の様な金髪の男性が襟首を掴んで運んで来ました。


「遅れてすまないのだよ。此奴は臭いから、もしやパンツ姫様の知り合いかと思ってギリギリ生かしておいた」

 まるで人形の様にを放り投げた瞬間、シルバが駆け出して咥えます。良かった……まだ生きてる。


「これ以上、みんなに何かしたら許しませんよ!」

 私はレイグラヴィスを抜いて、空中に浮かんだ状態で構えました。


「申し訳御座いません。貴女様に牙を剥いた軍は壊滅させました故ご容赦を。これよりセンシェアル様の待つオルビクス城へお連れ致します。おい、お前らも回復出来ないなら早く影に戻って転移しろ。私はパンツ姫様をお連れする」


「勝手な事言ってんじゃないわよザード。絶対私達の方が苦労したんだからね! 目的が達成出来たならいいか。帰るよ」

「な、何をするつもりですか?」

 その質問に対して答えてくれる前に、私の上空へ空間を割った様な影が広がっていきます。少しずつその中へ吸い込まれていきました。レイグラヴィスを振り下ろしても弾かれます。


 ーーどうしよう、打つ手がない……


「ワオォォォーーン!」

 シルバが私を助け出そうと駆け出して来ますが、それよりも早く私は空中に浮かんだ空間の裂け目に飲み込まれてしまいました。


「ちっ。逃げられたかよ」

 ぎりぎり最後に見えた光景は、四人の屍人がザンシロウさんへ同時攻撃を仕掛けてダメージを負わせた後、逃げる様に影に沈んでいく姿でした。


「旦那様あぁぁぁぁっ!」

 ビナスさんの泣き叫ぶ声がハッキリと聞こえました。旦那様じゃ無いけどね。

 私はこれからどうなるのでしょうか? ーー正直、戦いなんてもうこりごりです……

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