閑話 魔王アズラVS元魔王ギリナント 1

 

『麒麟招来』を覚えて一か月。アズラはグレていた。


「なぁ〜ミナリス? 姫に会いたい。もう俺我慢の限界かもしれん……」

「それは私の台詞です。しょうがないので私のレイアちゃん人形を一体貸してあげましょう。抱いて寝ると安らぎますよ」

「うん、貸してくれまじで。そういえば、昨日話してたオークのキング種の討伐はどうなったんだ? かなり繁殖してるって聞いたが」


「えぇ、ある程度攻め辛くさせる要塞まで作り上げている所から、かなり知恵が働くようですね。部下の話によると五千匹近いオークが武装しているらしいですよ。近くの村を壊滅させ、自分達の情報が露見するのを防いでいた様です。忌々しい……」

「そうかぁ。処理に向かうのはキルハの第二魔術部隊だったか?」

「はい。キルハは胸の事にさえ触れなければ有能なので問題ないでしょう。魔術師も二千名程選抜した者を連れて行ったようですしね」

「んー! 確かにオークじゃそんなもんかな。油断さえしなければ問題ないと思うが、一応第一騎士部隊からも千名程応援に向かわせる様に指示してくれ。村々の為に万が一があってはならないからな」

 アズラの指示を聞いてミナリスは苦笑する。


 ビナスが見出した『王の素質』とやらはこう言う事かと、最近になり実感していたからだ。そんな中、突然背後に暗部の部下が現れて耳打ちする。


「ーー何⁉︎ 三千体近いオークの軍勢が東からも現れただと……しかも、キング種が四体確認出来たのですか」

「おいおい、そりゃあ挟み討ちって事か? 確かに知恵が働く奴が居るみたいだなぁ」

 徐にアズラは『護神の大剣』を背負い立ち上がった。


「どこに行くのですか魔王様? 勝手な行動は許せませんよ。指揮も乱れます」

 ミナリスの制止に対して、アズラは首を横に振る。


「東の方角って事は、敵が陣を構えてるのは『深淵の森』付近だろ? そっから攻めて来られたらビッポ村を巻き込んでしまう。あの村に何かあったら姫とアリアが悲しんじまうよ。だから、俺が行くんだ」

「貴方と言う人はレイア様の事になると、本当に見境が無くなりますね……」

「一緒に楽園を目指すんだろう? 付いて来いミナリス! 西はキルハ、王都の防衛はジェフィアに任せる! この戦い、裏に何かがあるぞ。気合いを入れろよ!」

「はっ! 我が魔王様の御心のままに」

 その後、アズラとミナリスは第一騎士部隊千名、第四暗部部隊八百名を連れて、オークの群れを殲滅せんと馬に騎乗して出発した。


 敵に裏をかかれた時の王都防衛により多くの人員を割いたのと、少数精鋭による早い動き出しで行動の鈍いオークに先手を打とうと考えたのだ。


 ビナスは内政や軍務をミナリスに任せて、己の力が必要な時だけ顔を出すスタイルだったが、アズラは違う。

 訓練と称しては各部隊の訓練場に顔を出し、叩きのめして己の力を示し続けた。


 しかし、それより皆は目にしているのだ。魔王こそが、誰よりも血反吐を吐きながら己を鍛え上げている姿を。

 最初は魔王交代に異議を申し立てていた者達も、自然と忠誠を誓うようになっていた。


 その中の一人、アズラが魔王になった事で空いた『第一騎士部隊隊長』の席に実力で座った男、イスリダは歓喜していた。憧れた男と共に戦える。これほど胸が躍る事は無い、と。


「イスリダ。副長を倒してお前さんが隊長になるとは意外だったぜ。努力したんだな」

 隊長になった際、祝福と共にかけられた労いの言葉にイスリダは感涙と共に誓ったのだ。


 ーーこの方を守って見せる、と。


 __________



『その男』はオークキング四体を従えて玉座に座っていた。


 額から生やした二本の角、色黒の肌に豪華な金の鎧。『王の威圧』を放つこの老獪な男こそ、二代前の魔王ギリナントだった。


 ビナスに敗れてからというものレグルスを去り、どこかへ消えたと思われていた男は禁術を磨き上げた。

 そして、代償を払って手に入れたリミットスキル『強制隷属』の力を使い、オークの軍団を作りあげる。


 全てはビナスの治めるレグルスを滅ぼす為に。しかし、時は既に遅い。


「何故だああああああああああああ⁉︎ やっと準備が整ったかと思えば、あの女がいないだと⁉︎ ふざけるな! 認めてたまるものか!!」

 斥候から魔王がもう代替わりしている事を聞かされたギリナントは、激怒し近くにいたオークナイトの頭を叩き潰し投げ捨てた。


「王ヨ、落チツイテクレ!」

「我ラハ計画ドオリ、全テヲ滅ボス!」

「はぁっ、はぁっ……わかっている。作戦に変更は無い。別動隊が軍を引き付けている間に、我等が王都を落としに向かう。かかって来る雑魚共を皆殺しにしてな!」


「「「「ハッ!」」」」

 オークキング四体はギリナントに跪くと、軍を四つに分けて各々別方向から王都へ向かった。


 主部隊千五百体はギリナントとオークキングのリーダーが率い、五百体ずつ分断した部隊はこちらに向かってくるであろう魔王軍と戦う囮として、オークキング三体が率いている。


「必ず滅ぼしてやるぞ王都シュバン! 引きずり出してくれるわ小娘ビナスが!」


 __________


 アズラは軍を分ける事無く、一つにまとめている。


 数が少ない状態に分断されるよりも、向かってくる敵を各個撃破していく方が、味方を守りやすいと作戦を立てたのだ。


「こんな時程、姫の『滅火メッカ』が羨ましいと思った事は無いな。俺は広範囲攻撃の手段を持ってないし」

「嘆いてもしょうがありませんよ。私の予測では一番後方から堂々とこちらに向かってくる部隊に、きっと敵の首領がいます。私がその部隊と戦って時間を稼ぐ間に、魔王様は五百名程足の速い者を引き連れて、オークキングを倒してください。指揮系統を崩せば、自ずとオーク達は混乱し散っていくでしょう」

 アズラは顎をなぞりながら、ミナリスの話に耳を傾けている。


「直接敵の親玉を倒してしまえばいいじゃないか? なぁ、イスリダもそう思うだろ?」

「その通りです魔王様! 我等に向かう敵など殲滅あるのみ!」

 ミナリスは同時に頷き合う二人に対して、溜息を吐きつつ肩を竦めた。


「魔王様……それこそ本末転倒ですよ。分断された敵はおそらく囮ですが、多分集落を狙って来る筈です。先にオークキングを倒してしまわないと、敵の首領を倒した後に村は残っていません。総力戦で挑めるなら、本来その役目を隊長四人が行い、魔王様に首領の元へ向かって頂きたいのですが」

「……成る程、オークキングを先に倒すのはそういう訳か。俺が単体を倒すだけなら、時間もさほどかからないしな」

「えぇ。しかし敵の力は未知数です。私は正直嫌な予感がしています」

「臆病風を吹かせるなミナリス! アズラ様を見習え!」

 イスリダはミナリスを叱責しつつ、アズラを輝きに満ちた瞳で見つめる。


「う、うん。イスリダの眼に俺はどう映っているんだ。普通にビビる事もあるからな? なんか最近、姫の気持ちが少しわかった気がする。俺も気をつけねば……」

 その後、魔王軍は全速で馬を走らせるがビッポ村まで三日以上はかかる。アズラは草原で野営をしながら懐かしい景色に思いを馳せていた。


「懐かしいなぁ。あの時はディーナのおかげで二日もかからなかったけど。姫は今どこらへんにいるだろう」

「その『姫』という人物は、魔王様が就任する前に剣を捧げていた人物ですか?」

 独り言のつもりで漏らした呟きを聞いて、イスリダがアズラの真横に近く。


「あぁ。今も俺の忠誠はあの人に捧げている。魔王になったのも、強くならないと傍にいる事が出来なかったからだ。俺はまだまだ弱い」

「……それなら、私の忠誠は貴方に捧げますよ。この身を賭して必ずや魔王様を守りましょう」

「言うようになったじゃねーか。明後日には戦闘が始まるだろう。イスリダの役割は俺が倒し切れなかったオークを、部隊を率いて殲滅する事だ。わかってるな?」

「勿論です。お任せください!」

「『麒麟招来』は敵の親玉を倒す切り札だ。出来るだけみんなの力が借りたい。頼むぞ!」

 その話を聞いていた魔王軍の心に熱い思いが宿る。魔王に頼られている。駒としてじゃなく、魔王軍の兵として猛り、拳を握りしめていた。


「さて、あちらはどうなっているかな。キルハの奴、ドジ踏まなきゃいいが……」


 __________


 翌日の夜、アズラより一足早く西方で敵軍とぶつかっていたキルハは、森と草原の挟間で夜戦を繰り広げていた。


「……全軍攻撃」

「南でオークメイジが防御魔術シールドを展開しているぞ、潰せ! 騎士部隊は近接してくるオークナイトから魔術部隊を守ってくれ! タンク役も頼む!」

 キルハの言葉は軍では役に立たない。そのサポートをするのが副長のカルーアだった。


「……無視されてる?」

「無視ではありません。戦術的判断です。黙って魔術撃つ! キルハ様はそれしか能がないんですから!」

「……はうぅっ」

 キルハは座り込むと、杖でイジイジと地面を弄る。それは徐々にアズラの絵に変わっていった。


「そんなに好きなら、さっさと告白でもすればいいじゃないですか。やきもち作戦とかジェフィア様と一緒に小細工して、ミナリス様に気があるようなフリをするからそんな事になるんです!」

「……カルーア言い方が酷い……オブラート希望」

「知りませんよ。ほら、オークが突っ込んできますよ? 蹴散らしてください!」

「……いけ。『メルフレイムストーム』」

 キルハはフレイム系等の広範囲最上級魔術を唱える。「メル」が付く最上級魔術を四系統の属性まで使えるのは、レグルスでキルハだけだった。


 ビナスはリミットスキルにより魔術を合成して新たに作りだす事が出来る為、最早次元が違いすぎるのだが、一般的な魔術師からすればキルハも十分化け物と呼ばれる実力者だ。


 ーー激しい紅炎が、木々と共にオークの軍団を焼き払っていく。


「相変わらず魔術だけは凄い威力ですね。でも、森も燃えてますから消してください。場所考えて放ちましょうね?」

「……うぐぐっ。『メルアクアウェイブ』」

 続いて大洪水が鎮火と共に全てを巻き込んで流していく。キルハは『どやぁ?』っと、自信に満ち溢れた表情を浮かべるがカルーアは盛大に溜息を吐いた。


「全部流してどうするんですか。木々を盾にして、魔術でオークの数を削る作戦だったでしょう? ほら、丸見えですよ? こちらがね……」

「……むぐぐぅ。『サーチサンダースネイク』」

 キルハはこれならどうだと、追尾機能をつけた雷蛇を何十匹も空中から放った。オークの軍団は逃げ惑うが雷に飲まれて焼き焦げ、絶命する。


「最初からそれを放ってくださいよ。ーーハッキリ言って時間の無駄です」

「……アズラに抱かれたら私、王妃……カルーア死刑」

「はいはい。そんな事になるくらいなら、いっそ私が魔王様を寝取りますよ」


 ーーその台詞と同時に、カルーアはDカップの胸をキルハの眼前に突き出した。


 第二部隊隊長の瞳は、虚空を見つめながら美しい涙を頬に伝わせ、空を見上げた。


「……私は旅に出なければならない……巨乳になる魔術を探しに、広大な世界へ」

「はいはい。じゃあ早く豚を殲滅しましょ? 切り裂け『ウィンドアロー』!」

 その後、広範囲魔術を放ちながらキルハはオークキングの要塞に突入する。その瞳からは血の涙が溢れていた。

 ひたすら「……巨乳は敵だ」と呟きながら、要塞ごとオーク達を滅する姿は鬼神の如し。


 対して魔獣の軍勢も争う。オークメイジが『フレイムウォール』を頭上から放ち、魔王軍にも少なからず被害が出ているのだ。


「……これ以上、やらせない!」

 キルハは無数の『フレイムランス』を連続で右、左と交互に放ちながらオークキングを灰にすると、散り散りになって逃げ惑うオークの部隊を背後から強襲していった。


 敵が敗走して朝方には戦闘が終わったが、魔術部隊も四百人以上の死傷者を出している。敵に地の利を取られている以上、犠牲を出さない勝利等あり得ない。


 ーー喜ぶ兵士達の中には後に、友や恋人の犠牲を知って涙する者もいた。


 キルハは感情を普段あまり外に見せないが、部下の死に一人木陰に隠れて涙を流す。カルーアはその姿を見て思うのだ。


(こんな隊長だから、私は付いていこう)


 __________



 アズラはジェフィアの召喚した伝令魔獣から西の戦いの結果報告を受け、大剣を掲げると皆に向けて咆哮した。


「西の戦いは我ら魔王軍の勝利だ! 敵は直ぐそこまで向かって来ている! 俺はオークキングを倒した後

 、必ず中央の軍に向かおう! だからそれまで生き延びてろ! 我らには勝利の女神の加護が付いている! 負けるはずが無いのだ!!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお〜〜!!」」」

 王の鼓舞を受けて、兵の士気は高まり雄叫びが上がる。そこへミナリスが号令をかけた。


「全軍前進!!」

「ミナリス、しっかり持ちこたえろよ? 行くぞイスリダ!」

「はい、魔王様! お任せ下さい!」

 その後、アズラとイスリダの騎士部隊は、予想していたより時間は掛かったが囮役であるオークキング三体の撃破に成功し、村を守りきった。


 ここからが本番だと、中央で戦っているであろう自軍の元へ急ぎ駆け付ける。


「な、なんだこりゃあ……?」

 だが、アズラが眼にしたのは、ミナリス率いる中央の部隊が壊滅している光景だった。

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