第40話 コヒナタの凄さが想像を超え過ぎていた件について。

 

 ーーカァァアン!! カァン! ガァァン!


 コヒナタは一心不乱に槌を振るう。嬉々として鍛冶をしている様子を見て俺達も喜んでいた。

 きっと、あの子にはこんな『普通』すら許されて来なかったんだろう。


 これからはどんな困難や障害がコヒナタを襲っても、必ず守ってみせる。

 その為にはより強さが必要だ。更なる力を俺は求めていた。


 __________


 事情がありまだ知り合いのドワーフには頼れないと相談された一向は、アズラの知り合いの鍛治師にお願いして金床と炉を借りる事にした。

 そこへコヒナタが自前の槌を持って来る。それは些か小さな身体に不釣り合いな、どデカイハンマーだった。


「それ……本当に振れるの?」

「はい! これが私達血族の槌なんですよ! 久し振りに持つと緊張しますね!」

 コヒナタは込み上げる喜びから、だらし無く口元を緩めている。


「これをまた振るえる日が来るなんて心から感謝します。鍛治神ゼン様、そして女神様」

「そんなに畏まらないでいいからね? 俺達は仲間なんだから。何ならお兄ちゃんって呼んでもいいんだよ?」

「今年で七十歳にもなるのに女神様をちゃん付けなどできませんよ……恥ずかしいです。それに女神様は女性なのですから、呼ぶならお姉ちゃんでは?」

「な、七十歳⁉︎ ドワーフは長寿で小さいと聞いていたけど、想像以上だね! まぁ、深い事情があるからいつか話すよ」

 レイアは唖然とし、同時に女扱いされた事で苦悶の表情を浮かべる。その横でコヒナタは照れていた。


「俺はこの双剣に見合うかっこいい鞘で、アズラは鎧、ディーナは専用の武器を作って欲しい。金額は問わないよ! 必要だと思う材料を仕入れて、最高の品を作ってくれればいい」

「私がレイア様達に満足して頂ける作品を金銭の糸目無しに作れるのであれば、ある程度時間はかかりますよ?」

「構わないさ。その間は宿に泊まりながら修行するよ。このパーティーになって間もないから、ダンジョンの為に連携も確認しておこうと思ってさ」


「畏まりました。必ずや貴女様のご期待に添える品をご覧に入れましょう。アズラ様、他に知り合いの鍛冶師や商人等はおりますでしょうか? 素材や鉱石を集めるのに協力を求めたいのです」

「俺はそんなに多くのツテは持ってないが、ミナリスに聞いて見れば一発さ」

「私の名を出せば、ドワーフならすぐにでも色良い返事を頂けると思います。レイア様達が守って下さるのであれば、封印が解けた事を知られたとしても、大きな問題は無いでしょう」

「わかった。城へ案内しよう」

 コヒナタは満足そうに頷いた後、出て行く寸前に気になっていた事柄を思い出して引き返した。


「あと一つ言い忘れました。レイア様の黒剣と何かの素材が共鳴しています。お渡し頂ければその声に応えたいのですが」

「わかった。常闇の宝剣と持っている素材や宝石類も全て預けるよ。その代わり、最高の装備をお願いするね?」

「はい! お任せ下さい!」

 コヒナタは小さな胸を張りつつ自信に満ちた返事をすると、居ても立っても居られずに走り出した。


 __________



 一週間後、コヒナタから呼ばれて工房へと向かった。道中三人は目を輝かせ、胸を高鳴らせている。

 自分達を更に強くしてくれる装備と、ご対面するこの時を待ちわびていたのだから。


「楽しみじゃな主様よ!」

「うん、胸の高鳴りが抑えきれないよ! 新しい装備〜!」

 工房に着くと、髪は乱れ、服も所々焼け焦げてボロボロになった幼女が出迎えてくれた。

 一週間風呂にも入らず寝る間も惜しんでくれたのが伝わり、その姿に三人は驚く。


 だが、瞳は凛とした強さを保っていた。


「お待ちしておりました」

 コヒナタが丁寧にお辞儀をすると、咄嗟にレイアは両手で抱擁する。


「馬鹿! その様子だと無茶したんでしょう? 急がせちゃったみたいでごめんね……」

「違いますよ。今まで我慢してた鬱憤を晴らすかの様に思う存分楽しみながら槌を振るってたら、あっという間でしたぁ!」

 コヒナタは満面の笑顔でそう答えると、工房の中へ三人を案内する。


「では、新しい装備の説明をさせて頂きます」

 三人は各自、これが己の装備だと思う作品の前へ移動した。


「ディーナ様は、ご希望通り頂いた赤竜の牙と成竜の鱗に、取り寄せたフランジウム鉱石を混ぜ合わせて鉄扇を作りました。望むままに炎を纏い熱線を放てます。力と器用さのステータス補正も付いています。扇にはレイア様の剣と同じ朱雀を描き、名を紅華ベニバナと付けさせて頂きました。如何でしょうか?」


「主の名を連ねた武器など最高ではないか! わかっとるのう〜、愛い奴め!」

 ディーナが幼女の頭を捏ねくり回す。とても気に入ったのだ。


「次はアズラ様の防具です。フルプレートアーマーをご希望でしたが、勝手ながら頂いた竜の素材では硬さは補強出来ても、身体を動かしやすい形状に加工しずらかったのです。ミスリル鉱石とルーミアを混ぜ合わせて鎧、ガントレット、グリーブを作製しました。大剣の振り易さを優先しています。防御力はもちろん、HPと体力に補正がかかるでしょう。名を「英傑の鎧」とさせて頂きます。装着してみて違和感があれば調整致しますので、申し付けて下さいね」


「おう! ありがとな! 楽しみにしとくわ!」

 アズラは満足そうに微笑んだ。騎士としての感が、眼前の防具の素晴らしさを感じ取っていた。


「最後にレイア様ですが、まずこの剣をお納め下さい」

 渡されたのは一回り大きくなり、黒の煌めきが深く装飾された剣の一振り。


「それが以前の常闇の宝剣から求められた新しい形状で、貴女様の力に剣が応えたいと望んだ形です。黒竜の角と、神の鉱石ルーミアを混ぜ合わせた一品、名を「深淵アビスの魔剣」と言います。少し言い辛いのですが、怒りや悲しみに呼応して覚醒すると力を増します。紛れもないSランクの一品です」

 レイアは説明を聞き眉を顰めた。アリアの件で暴走した時、何も役にたたなかった事を剣自身が理解していたのだ。

 それは即ち、自身の精神的な未熟さにも繋がる。今後の戒めにしようと決意を新たに魔剣を受け取った。


「ありがとう。気をつけて使わせて貰うよ」

「はい。あと鞘ですが、頂いた宝石を全て使いました。それぞれの剣の特徴に似合わせ紅と黒に分けています。腰に引っ掛ける専用のベルトも作りました。こちらですが如何でしょうか?」

 広げられた布の中から視界に飛び込んだのは、滅茶苦茶豪華で美しい装飾が施された鞘だ。

 各剣身の色に合わせて、宝石に彩られる紅と黒の至宝が並べられていた。


 レイアは想像を遥かに超えた鞘の出来栄えに暗い気持ちも吹き飛び、一瞬でテンションが最高潮まで跳ね上がった。


「な、何これ⁉︎ めっちゃカッコイイじゃん! 専用ベルトもイカすなー! やべぇ、鼻血出そう!! かっけぇぇぇ! まじかっけぇぇぇっすよ! コヒナタさんぱねぇっす!」

 思わず我慢出来ずに照れる幼女を抱き抱える。頬を擦り寄せて、キスしたい位に歓喜していた。


「れ、レイア様? 落ちついてぇぇぇ!」

「はっ⁉︎ ごめんごめん。余りの出来の良さに舞い上がっちゃったよ」

「ご、ご期待に添えて何よりです……では、最後に今回の装備にかかった費用のお支払いをお願い致します。ドワーフ同士の繋がりネットワークを駆使して格安で仕入れましたが、やはりレイア様の剣とアズラ様の鎧に使用したルーミアがかなりの額になりましたね。合わせて純金貨百十五枚となります」


 その瞬間、工房内が凍りついた。きっと聞き間違いだろうと、レイアとアズラは視線を交わせる。


「…………」

「…………」

「あの〜コヒナタさん。金貨百十五枚じゃなく? 純金貨百十五枚?」

「はい! もちろん御礼も兼ねてますので材料費だけですよ⁉︎ 仲間と言ってくれた皆様に失礼な真似は致しません!」

「うん。それはちっとも疑ってないんだよ。問題はソコじゃあ無いんだよね。アズラ君、手持ちはいくら位ある? 俺も数えるから……」

「……姫、最初に言っておく。知っているとは思うが、純金貨以上の高額な取引は宝石で行われるんだ。封印の洞窟から持ち出した魔王様秘蔵の宝石は今、何処にある? その鞘だ。売れ。売らなきゃ絶対に足りん」

 先程までの穏やかな雰囲気は一変し、レイアとアズラは啖呵を吐き捨てながらガンを飛ばし合う。


「神と戦おうが絶対に嫌だ。カッコイイ物は売らん。寧ろ売る為に作る馬鹿がどこにいる。コヒナタが一生懸命に作ってくれたんだ。俺は絶対に鞘を手離さない」

「ふむ。俺の手持ちは金貨百五十枚と銀貨ちょっとだな。そこまで言うのならば、姫の手持ちで足りるんだろう? 何枚だ?」

「金貨三百枚と、ちょっと……かな」

「……全然足りなくね? そんな大金見た事も無いが、純金貨百十五枚って要は金貨千百十五枚だろ? ねぇ、鞘に一体いくら注ぎ込んでんの? あの純朴なドワーフは魔王様の財宝の価値絶対わかってねぇよ? その鞘一本に使われた宝石で、純金貨百十枚分は余裕だと思うけどなぁ? なぁ姫様よぉ⁉︎」


「ムググッ!」 

 女神は己の騎士に激しく責め立てられても反論出来ず、嘗てない焦燥感に苛まれる。

 

「あ、アズラ君、落ち付きたまえ。こんな時こそ物事をクールに考えなければならない。我々は仲間だ。支えあおう? とりあえず君の鎧と大剣を売ろうか?」

「成る程。俺に死ねと? 差し違えてでも巻き込んでやるぞこの野郎!」

「主人の命令に逆らうとはいい度胸だ。肉体言語で語り合うか? ピピルピーしてやんぞごらぁ?」

 ガンを飛ばし合う二人の巻き起こす闘気に充てられ、コヒナタが慌てふためき出している最中、ディーナが呆れた様相で仲介に入った。


「妾の山に取りに行けばその位の財は余裕であろうよ。我ら竜は財宝を貯めるのが好きなのじゃ。妾が王なのを忘れておらんか?」

「「そう言えば、そうだった!」」

 女神と魔人は左右に並び、すかさず土下座する。


「「お金を貸して下さい! 魔獣ぶっ殺して直ぐに返しますから!!」」

 シンクロする二人を見て深い溜息を吐きながら、ディーナは物思いに耽った。


(借金って、人を変えるんじゃなぁ……)

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