VR×JC

竜飛岬

第1話 鋼を駆る少女たち


 『あの日、わたしは誓ったんだ。絶対に、強くなってみせるって』 ―――― 天野・蜜樹=≪影狼・ベート≫




 曇天の空の下。

 僅かに湿った風が吹き抜ける大地の上に、広大な森林が広がっている。

 赤茶色の葉を揺らす、痩せこけた樹木の森。

 そこに茂っているのは、紅葉ではない。それは病葉……汚染された大地からの影響で変色しているのだ。

 かつては緑あふれる地だったのだろうが、いまや見る影すらもない。


 その影響は樹木だけでは留まらず、本来在るべき草花や苔の類ですらも、ほんの僅かにしか見受けられない。

 激しい気候変動と外的要因によって新たに息吹く余地すら与えられていないのだ。

 あるべき自然の色を失ったこの場所は、悪病に侵された文字通りの死の森デスフォレスト


 それでも自然の生命力は凄まじい。

 大地に残された僅かな栄養と水、そして太陽の光だけを頼りに繁殖し続けている。架空の世界、仮初の生命であっても、ただただ懸命に。

 だが、それすらやがては潰える運命なのだろう。


 この無残な光景は、この森だけでの話しではない。

 現実リアルよりも遥か未来の架空世界を舞台とするVRMMO、≪ブレイク・オブ・オブリビオン≫――――通称≪B.O.O≫では、世界そのものが現在進行形で死に逝こうとしている。


 かつて存在していただろうその面影は灰塵と帰して、忘却の果てへと突き進む世界。

 そんな世界の姿をモニターを通じて見ながら、鋼の胎内で黒髪の少女ベートは軽く嘆息する。


「いやはや、まさに諸行無常って奴ですねえ」


「急にどうしたの、ベーちゃん?」


「この世界を設定した奴は、精神病んでるよねえって話ですよアルさん」



 ベートはくぁと小さく欠伸をして、相方である桃色の少女アルルーナに返答する。

 モニター越しに見えるのは、森という自然の象徴とは真逆の鋼の人型。

 B.O.O世界の主役であり、≪戦術殻ユニット≫と総称される機動兵器。


「………むう」


 ベートは手元のデバイスを操作して、カメラを俯瞰視点に切り替える。

 第三者としての視点から見えるのは二つの鋼。

 一つは、ベートの眼の前でちょこまかと忙しそうに動き回る機体。

 桃色という明らかに兵器には不釣り合いな色の戦術殻。幼い少女のような外見と、腰部から大きく広がるスカート状の装甲が特徴的な小柄な機体だ。


 こんな病んだ森などではなく、どこかの花園にでも鎮座していれば実に様になっているだろう、そんな妖精のような可憐さを持っていた。

 その小さな機体が一生懸命に地面に何かを埋めている様は、なんとも言えない微笑ましさを与えてくる。


 対して自分の機体はどうであるか。

 ベートは、”積み重ねた鋼の異形の死骸”の上に鎮座した、その獣の姿を観察する。


 それは肉食獣のような力強いフォルムとスマートさを両立した、黒銀の装甲を持つベスティア

 鮫のように獰猛な牙を持つ狼を模した頭部、獅子とも虎とも違った強靭さを誇るその四肢、神話の中の獣を立体化すればこうなるであろうと言えるその鋼―――ベートはそんな自身の機体に若干の不満を覚えていた。


「やっぱり、どうみても悪役ですねえ」


「……ベーちゃん、黄昏てないで手伝ってよー」


 呟くベートの言葉通り、ベスティアの姿は物語に登場する悪役そのものだった。

 狼頭に並ぶ牙も、両腕に生えた爪も、ただただ暴力で圧倒する為だけの代物であり、そこに一切の可憐さや儚さは存在していない。無骨かつ無頼さを漂わせている。


 男子の感性ならば格好良いと呼べるのかもしれないが、その凶悪な面構えと外観は、まだ十二歳の少女としてはとても受け入れられない。

 ましてや相方であるアルルーナの機体と比べれば尚の事。


「やっぱアルさんの機体は良いですよねえ。小っちゃくて可愛くて」


「また拗ねてるの? ステラさんの機体にもそんな事言ってたよね」



 ステラ……姉の機体もベートにとっては憧憬の対象だ。

 アルルーナの駆る戦術殻・ヘラとは違う、女性としての理想形を体現したような機体。その記憶に残る姿と今の自分とを比べてみる。

  蟻とも蜘蛛ともつかない無数の機械蟲バグを一塊りにした玉座。そこに退屈そうに座しているが、その両腕からは先ごろ潰した敵の血液オイルがいまだ滴っている。


「どこのラスボスだってんですか……」


「私は嫌いじゃないよ? 都市での人気だって結構あるみたいだし」


「欲しくねーんですよそんな人気……第一、人気ならヘラの方が上じゃないですか。それこそ、持てる者の傲慢って奴ですよ」


 素直じゃないなあ、とそんな風にアルルーナに笑われたが、彼女は本心から言っているのだろう。

 誰かを騙したり嘘を吐いたりするような性格ではないのは、ベートが一番よく知っているのだから。傲慢云々は、結局のところベートのやっかみに過ぎない。

 親友のそんなところが眩しくて――――それに嫉妬を覚えている自分を嫌悪する。


(あんたは悪くないのにね、ベスティア)


 アルルーナには気付かれないように、小さくため息を吐く。同時に警告音が操縦席に鳴り響く。

 落ち込み気味だった思考を断ち切り、すぐさま状況を把握するべく切り替える。




 モニターに表示された、敵を示す反応は一つ。だが、その危険度を意味する光点は大きな赤色。それが意味するのは、出現した敵が自然湧きする通常の雑魚とは比較にならない難敵であると言う事。


「ん、一時間待った甲斐があったかな……この反応、ボス級だ」


「取り巻きの反応もないみたいだから、多分レックスだね」


 期待通りだと、ベートは喜ぶ。

 残骸の山から降り立ったベスティアにヘラが近づく。

 アルルーナとの事前の打ち合わせは十分。対峙する敵も予想通りであるなら想定の範囲内。

 画面上での距離はまだあるが、そんなものはお互いにすぐ詰められる距離だ。

 一度戦闘が始まれば後は予定通りに行動するだけ。

 だからこそ、ベートはアルルーナに問い掛けた。


「アルさん、覚悟は?」


「気合い十分!」


「それなら、準備は?」


「もちろん、万全!」


 それじゃあ―――


「ユニークアビリティ発動、≪悪名轟く凶獣フローズヴィトニル≫」


 ―――始めようか。




 彼は――雌雄などないが便宜上、彼と呼ぶ――赤く病んだ葉を揺らす森の中を悠々と闊歩していた。

 枯れて痩せ細る樹木とは真逆に、野太く雄々しいその二脚で大地を揺らす。

 立ち並ぶ周囲の樹と比べても、なお大きなその巨獣。


 その正体は、巨大な竜だ。


 正確には竜を模した機械兵器。≪自律型機動格闘機・ドレイクレックス≫

 動物的な運動性能とその巨体を活かした高い打撃力を両立させた機竜は、かつて暴君と呼ばれた太古の覇者を連想させる威圧感を放っていた。

 事実、その戦闘力はフィールド徘徊型のボスとしては中級・上位に相当する。


 彼はこの森の主の如く歩き続ける。

 その機体に刻み込まれた使命プログラム通り、接敵するあらゆるものを破壊するという、もはや壊れた指令を忠実に実行するために。

 定期的にこの地域を徘徊する陸の王者は既定のルートを闊歩し続け―――不意に、不愉快なノイズに襲われた。


 瞬間、機械仕掛けの脳裏に浮かんだものは激しい敵意。

 その衝動に任せるままに、あまり優秀ではない索敵能力を起動させ敵を捜す。

 このノイズを発する者を見つけ出す為に。


 この時、彼の心中を占めていたものは何か。

 感情を持たない一兵器でしかない機竜に、無理矢理に人間のそれを当てはめるならば、怒りあるいは憎悪だろうか。

 少なくとも悪感情と呼べる種類のものだったろう。


 壊す、壊す、壊し尽くす。

 砕く、砕く、砕き千切る。

 薙ぐ、薙ぐ、薙ぎ払う。


 壊し砕き薙いで―――破壊する。

 ただただ、この衝動の根源を見つけ出して壊したい。


 その衝動に従がい、見つけた出したの反応。

 猛る勢いのまま、その強靭な二脚で大地を蹴りつけ森を突っ切る。

 木々を薙ぎ払い踏み倒す、そんな強引かつ豪快な突撃。


 走る、奔る、その身を焦がす衝動のままに。

 大地を砕き、森を切り拓きながら。

 そうして機械の眼が捉えたのは黒銀の鋼獣。


 見つけた見つけたミツケタみつけたみつけえtみtkえ―――狂った思考はすぐさまその身に命令を下す。眼前に立つその不愉快の源を噛み砕けと。

 巨体に違わぬその顎を大きく開き、速度を落とさぬままに突撃して―――


「ユニークアビリティ発動、≪禁縛の茨アルラウネ≫!!」


 ―――その勢いのまま、轟音を響かせ大地にその巨体を倒した。




 えっへん、そんな様子でアルルーナは戦術殻でピースサインを作っている。

 ベートはアルルーナが発動させた唯一技能ユニークアビリティがもたらしたその結果を見て一言、「えっぐいなあ」と、そう呟く。

 森を走破した陸の王者ドレイクレックス。大地に横たわりのたうつその全身には、無数の茨が縦横無尽に絡みついていた。


 その発生源は巨竜が踏みつけた地面、その足元。

 より正確には、この戦闘が始まる前にアルルーナが事前に準備していたもの―――対象に強力な束縛効果を強制させる、ヘラのユニークアビリティ≪禁縛の茨アルラウネ≫を発動させるキーである”種”からだ。


 一、二本程度ならばその巨躯を用いて強引に引き剥がす事も可能だっただろう。しかし、鋼の獣皮に絡みつく蔦の数は十や二十では効かない数だ。


 ≪禁縛の茨≫は一種の罠、地雷だ。

 地面に埋め込んだ種、それを踏んだ数だけこの茨は発生し、その拘束強度を増していく。

 ドレイクレックス級の巨体で種子の埋め込まれた地雷原を考えなしに突き進めば、必然こうなる。


 自機の戦闘不能と同時に拘束効果が消失するというデメリットも持つヘラだが、そのような心配など一切せずレックスの周囲を煽るかのように―――もっとも本人にそのような意図はないだろうが―――ちょこまかと動く。


「相手の嫌がる事を率先して実行する、流石はベーちゃんだね!」


「それ……褒めてるんですかね?」


 打ち合わせ通りの展開に二人は軽口を叩き合う。

 どれだけ高い戦闘能力を持っていようと、物理的に動けなくさせてしまえば恐れる事は一切ない。

 巨竜は蜘蛛の糸に絡め獲られた蝶のように、足掻けば足掻くほどにその身を茨が拘束していく。

 だが……それでも王者の敵意は鎮まらない。


「うわわ……ベーちゃんベーちゃん! どうしよう、まだ動けるみたい!」


「いやいや、落ち着いてくださいアルさん」


 ギチリギチリと、滾る勢いが拘束を無理矢理に引きちぎり、その身を立ち上がらせ再度その脚を踏み出す。

 だがベートに焦りの様子は見られない。

 アルルーナの存在が見えていないかのように、ベーゼにのみ向けられた敵意は、相手の行動を単純化させていた。

 レックスの踏み出した脚は、しかし再び種子の地雷を踏み抜いて、新たな茨が竜の動きを改めて抑制する。


「阿呆ですねえ……ここら一帯は殆どに種が仕込まれてるんですから、そりゃあそうなりますよ。本当にアルさん様々ですね」


「あは! ベーちゃんのアビリティのお陰だけどねっ」


 本来、≪B.O.O≫に登場するNPCはここまでお粗末な行動はしない。だが、相手の取れる選択肢を局限まで制限していた場合は話しは別だ。

 ベーゼの駆る戦術殻ベスティアが保有するユニークアビリティ≪悪名轟く凶獣フローズヴィトニル


 それが、この極めて特異な状況を生み出した原因の発端。


 その効果は極めて単純。

 機体の耐久・防御力を犠牲にして火力・運動性を通常時の2~2.5倍に引き上げると同時に、自身に対して強力な集敵ヘイト効果を付与するというものだ。


 仮に集団を相手取れば、耐久性能の低下というデメリットも伴って非常に使いどころの難しいアビリティではあるが、単体相手ならばヘラの拘束効果によって攻撃そのものを受ける心配がなくなる。

 同時に、ヘラのデメリットである自身の戦闘不能による全効果の解除もヘイトがベスティアに向く以上は無用の心配であった。

 巨竜のようなボス級相手にすら通じるヘイト効果は、行動阻害を持つヘラのような戦術殻と組めばこのような非常に凶悪なコンボを生みだす。


「問題は、種一つにつきそれなりのお金が掛るってことですかねえ」


「レックス素材で十分に元は取れるから大丈夫!」


「ま、それもそうですね」


 それじゃあ、とベーゼはベスティアの両腕、無骨な手甲と爪で武装された≪殲腕・ジャガーノート≫を構え、改めてドレイクレックスと対峙する。


「後は―――巻きに入るとしましょうか」


 その後の展開もまた、彼女たちの予定通りのものとなったのは言うまでもない。

 茨に拘束され身動きの取れない巨竜に対して、ベスティアその凶腕を振るいダメージを蓄積させていく。

 アビリティによって増強させた火力は強固な装甲にすら激しい殴打痕を刻みつけ、上昇した運動性はその一撃毎の手数を増やす。

 合間合間には攻撃スキルを使用し、瞬間火力の増強も追加する。


 相手が一の行動をする間に十以上の攻撃。

 ようやく拘束が緩み反撃に転じようとしても、一歩踏み出す度に新たな拘束効果が発生し、また降り出しへと戻る。

 加え、レックスが行動しようとする度にベスティアはその攻撃範囲から離れている。慎重を通り越していっそ臆病と言えるほどの念の入りようであった。


 殴る、離れる、殴る、離れる、たまにヘラが攻撃に参加する、また殴る。これをひたすら、相手の体力が尽きるまでただ延々と繰り返すのだ。

 これがNPCではなく、プレイヤー相手であった場合なら恐らくこう言われただろう「クソゲーか!!」と。




 戦闘開始から十数分後、ドウッと一際大きな音を立ててその巨体は大地に沈み完全に動かなくなった。

 当然の帰結である。


「討伐完了、っと」


「だね!」


 所要時間はおよそ十分足らず。

 準備に一時間掛った手間を考えると、非常に短い時間だ。

 ベーゼとアルルーナは喜ぶのもそこそこに、ドレイクレックスに近づきその残骸を漁り始める。


「レアなのドロップしないかな~」


「竜牙と牙と爪……あ、竜鱗鋼きた!」


「アルさんおめ~!」


「ありがとう! それで、ベーちゃんは?」


「わたしは……その、ねえ?」


「ああ……」


「「…………」」


 無言のやり取り。

 彼女たちが再び別の機竜を狩りに向かったのは、言うまでもない事であった。

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