3
真人達は、養殖場とおぼしきエリアを後にした。
鍾乳洞の通路は養殖場で終わりではなく、そのまま奥へと続いている。
例の地図の記憶を頼りにすれば、あと半分の距離もないうちに、祭壇とやらのエリアに行き着くはずだ。
再び通路の照明は消えた。
配線は壁伝いに見受けられる。設置されているだけで灯されていないのだ。
また通路は狭くなり、四方八方が岩だらけになる。
緩く登っている感覚。足元はまた岩に戻り、豊富な水の流れでツルツルとする。
真人は、同じく濡れていて冷たい壁に手をつきバランスを取りながら、慎重に奥に進んだ。
いつしか足下はコンクリートではなく剥き出しの岩に変わっており、壁といい地面といい、したたる水分で湿り気が増してきた。
細い糸のような流れが足元を這っており、気のせいか、それよりさらに水量の多そうなどうどうという流れの音が聞こえ始めているようにも感じる。
天井から滴る水滴で髪は濡れ、服も湿っぽくなってきている。次第に指もかじかんできた。身体が冷えてきているのだ。
その寒さに身体全体が小さくなったような錯覚を覚える。ただ水音だけがする静かな洞内を、懐中電灯の明かりだけを頼りに再び進んでいるだけに、自分がどこまでも縮んでいき周囲の暗黒のほうが迫ってくるように頼りなさを感じる。
「本当に、この道で正しいのか…。祭壇なんてあるんだろうか?」
真人が疑問をつぶやくと、佳澄が励ましてきた。
「大丈夫。地図の見方は正しいはず」
「しかしなあ…こう暗くて濡れていると…危険も増してくる。それに、ここは暗いけど養殖場は明るかった。いつ、どこからまた白琴会が出てくるかもしれない」
「それはそうですね。むしろ、奇妙かも。いくら注目がよこまちストアに向かっていると言っても。真緒ちゃんがもし捕まっているのなら、何か動きがあっても不思議はないのに」
「んー、まあそれは、まだ未明だからな。世の中じゃ新聞配達の人ぐらいしか起きてないんじゃないか?」
「忘れたの、本多さん? 彼らは夜のほうが活動しやすいんですよ。むしろ夜明けがリミットで」
「じゃあ、夜明けだから動きが鈍くなったかな」
「ここは地底ですよ。夜が明けてきたなら、むしろこっちに集まって来るかもしれない」
「そうか。それもそうだな…。真緒がもし捕まっているとしたら、儀式というのが準備されているとしてもおかしくはない。それなのに、祭壇につながっているこの通路に、人がいないというのも…」
「それなんですけど」
「うん?」
「考えてみたら、白琴会の祭壇に行くために、白琴会の人がいつも仙境開発の側から入るでしょうか。そこまで大っぴらなことはしないと思うの。あの地図だと、他にもこの洞窟に続く道が書き込まれてましたから…」
「つまり、あれか。君が言いたいのは、この先にまた別の合流路があるんじゃないかと」
「ええ。白琴会がいるとしたら、きっとその枝洞から来るんです。この通路は、どこかでそれと合流するんでしょうね」
「合流点がはっきり分かればいいんだけどな。こう暗くて壁がせり出していると、どこかに抜け道があってもそう簡単には気付かないぞ。防空壕のときだって、真緒の記憶がなかったらまず見付からなかっただろう。あのときみたいに連中と突然バッタリみたいなハマリは避けたい」
「慎重に、行きましょう」
「ああ」
それからさらにどのぐらい歩いただろうか。地底は時間の感覚も狂わせる。
「…ん? ちょっと待った」
真人は立ち止まった。お馴染みになりつつあるあの感覚。ポケットのスマホが震えた気がした。
「どうしました?」
「…何か、予感がするんだ。歩いた時間からすると、そろそろ白琴会から合流していてもおかしくない気がする」
「そうですか。あ…!」
佳澄が真人にしがみついた。
「うおっ、なんだ?」
暗がりの中では、ミス渋柿も身体の柔らかい女性である。思わずドキリとしないわけにはいかなかった。
「明かりを消してください、本多さん」
慌てて真人は懐中電灯を消す。
重苦しい墨の暗さがあっという間に落ちてきた。
「どうしたの。何かあったのか?」
「分かりませんけど…先のほうで何か光ったような気がして」
「光った…?」
真人は闇の中を手でかき分けて泳ぐように慎重に進みながら、目を凝らした。
「ほら、先のほうが明るくなってる、本多さん」
佳澄に言われる前に真人も気付いた。
明かりを消しているのに、うっすらと先が明るくなっている。
いっそう空気が冷たくなったようにも感じる。壁はいよいよ冷たく濡れ、ごうごういう音は進むたび大きくなり、大きな水の流れが近くにあることを伺わせた。
洞が広くなった。横にも、天井も。まるで大きなホールだ。
幅は十メートルかそれ以上。壁は起伏が激しく、奥行きは一目では定かではない。
頭上の天井は何層にも重なり合った大岩で、その奥の奥までは光が届いていない。一枚が落ちてきただけでも真人はスルメになるだろう。
明るくなっている理由も分かった。ここにも電気が引かれている。床がコンクリート製になっており、壁にはケーブルが這っている。ケーブルからは何か所か、薄い光を放つ照明が朝顔のように生えている。この光を佳澄は見たのだろう。
明らかに人の手が加わっているエリアであり、養殖場のように照明が点けっぱなしになっている。となれば、いよいよ白琴会の祭壇とやらに到達か、と真人はぐっと警戒した。
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