この状況、どう考えるべきか。


寛子達、少なくとも寛子は、何かを含んでいるのではないか。

さっきまでの交換条件での会話といい、寛子との会話は探り合いだ。


これではカードゲームのようなもので、どちらかが手札をオールオープンするまでは、永遠に駆け引きが続くのだ。


こちらのカードを見せるのは、寛子達をどこまで信用するか次第。

漠然とした直感めいたものだが、真人は、寛子達を信じるべきだと感じている。


「美奈子さんとは、もう十年会ってない」

真人は、どちらにどうとでも進められそうな答えをひねり出して探ってみることにした。


「それはまたどうして?」

「どうしてと言われても…。もうお互い大人だからね。生活だってバラバラになるよ」


「あら、そう。だからって、阿賀流に戻ってくるのまで一人じゃなくてもいいんじゃなくて?」

「あくまでこれは取材活動で、仕事だから…」

「取材を名目にして阿賀流に戻ってきたくなるような何かでもあったんじゃないの?」


寛子の内角攻めが段々厳しくなってきた。

「ええと…。まあ、そうなんだけど、それはまた美奈子さんに直接は関係ないことで…」


だんだんしどろもどろになりながら、真人が下手な弁解を続けていると、急に佳澄がクスクス笑いを始めた。


「お母さん。あんまりいじめたら可哀想よ」

「そお? あせるマサ君可愛くて、ちょっとおイタしたくなって!」

「ズルいズルい、娘の獲物横取りしないで」


新旧二人のミス渋柿が、自分を肴にしてロクでもない会話をしているとは、これほど恐ろしいこともない。まな板の鯉だ。

果たして生きて帰れるのかと、真人は鳥肌の浮いた腕をさすった。


「ごめんごめんマサ君。お昼のときもそうなんだけど、ちょっと観察させてもらったのよ」

寛子が穏やかな表情に変わって言う。


「観察?」

「そう。テストと言い換えてもいい。マサ君がきちんと私達の期待どおりのマサ君かどうか、知りたかった」


「すると今の流れは、そのテストにパスしたということでいいのかな?」


「いいのね、佳澄?」

と、寛子が佳澄に問うたので、真人は、おやっと思った。

てっきりこの場を仕切っているのは寛子かと思っていたが…。


「大丈夫。昨日からの感じといい、少し間の抜けたところなんか、何の問題もないと思う」


ひどい言われようだ。喜んでいいのやら悪いのやら。


「それに、真緒が止めないもの。何より確かでしょ」

「あら。そういえば、何か揉めたって聞いたけど、それはもういいのね?」


「はい。あんな馬鹿馬鹿しいことを私と佳澄ちゃんに直接ぶつけられるぐらいだから、本多さんは大丈夫です。裏はありません」


「おーい、さっきから本人を無視して話を進めないでくれよ。俺には裏なんかない。むしろ君らの言動が良く分からなくて勘繰ってたところがある。だから、一つだけはっきりさせてこの先の話をしたいんだけどさ」

「なんだい?」


「俺は、君らを信用していいのか、否か」


さっと彼女達三人の視線が交わされた。

寛子がすぐに口を開いた。

「真緒、佳澄、私の順番で信用して。私達三人以外の阿賀流の人間には他意があると思ったほうがいい」


「ご忠告ありがとう。でも、信用するのに順番があるって、なんか変な話じゃないか」


「信用順というより、何かマサ君が重要な判断をこれからしなければいけないときが来たときには、真緒を何より大切にしてほしい、って、そういう意味合いかな」


真人は首を傾げた。

「意味深じゃないか」


当の真緒はうつむいていて、表情があまり分からない。


「まあ、いずれ分かるときも来るでしょう。さ、それよりも。こうなってきたからには、ここからはガチンコよ」

寛子は鼻息も荒くそう言い、腕をまくる仕草をした。

「つまり、理由はどうあれ、マサ君は自分の親のことを美奈子ちゃんから聞かされたことがないのね」


「名前と、何かあったらしく阿賀流で亡くなったってことぐらいさ」


「それを話すには、まず白琴会のことをきちんと知ってもらう必要があるから。小さいマサ君にはまだ早いと、美奈子ちゃんはそう考えたんだろうね」


「いつかはきちんと話してくれるつもりだったのかどうかも、今となっては分からないけどね」

「美奈子ちゃんが行方不明になった今では、分からずじまい、と」

「そういうこと」


「…そうか、やっぱり美奈子ちゃんは行方知れずなんだね」

「…ん? あっ」

真人は思わず声を上げた。誘導にかかってしまったようだ。


「迂闊だなあマサ君は」

「迂闊、迂闊」

寛子と佳澄がはやしたて、真緒は苦笑いをしている。


「分かった。もう隠しても仕方がない。信用しろというなら信用するさ。元々、君らを信用しろって、俺の直感がぼんやり言ってる感じもあったんだ」

特に真緒とは、どうも何かの縁があるようだ、と真人は心のなかで付け加えた。

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