3-2
「シオン、君はどう思う?」
いつも通り放課後の図書室で会話をする僕たちは、掃除の時間に、僕がクラスメイトにされた頼み事についての相談していた。
頼み主は、サッカー部の青木あおき風信かぜのぶ。クラスで一番目立っているグループのリーダー格で、整った面立ちに気さくで運動神経がいいという、なんとも贅沢な人物からだった。しかも恋愛相談。初めは馬鹿にしているのかと思ったが、内容を聞いて納得ができた。
彼は百合の事が好きなのだ。
成績優秀でメガネが良く似合う百合は、風信と同様に人気のある人物だ。何度か口説かれている所を見たことがあるほどモテている。
そして、そんな百合と一番仲がいい男子がこの僕である。僕たちが付き合っているという噂が流れたほどなのだけど、あるはずがないと否定し続けたものだ。
彼女は僕が一人にならないように気を遣ってくれているだけだろうに。
まぁ彼が僕に要求してきたのは「百合と風信をくっつける」役目、いわゆる恋のキューピットになって欲しいとの事だった。
初めはそんなことできないと断ったのだけれど、散々百合への熱い想いを聞かされた挙句、公衆の面前で土下座をされたので了承せざるを得えなかった。
お前だったら僕がいなくても、自力でどうかなるだろ、と思ったけれどもう手遅れである。
「私には分からないわ。その青木さんとも会ったことないし」
書店のブックカバーに包まれた漫画を読みながら(彼女は乱読派で小説、漫画、哲学書などいろいろ読んでいるが、今日は少女漫画らしい)、軽くあしらって来る。
「そんな、僕も青木と話したのは今日が初めてだよ。それに僕は青春と云うものをあまり理解できていなければ、経験したこともない。好きな娘がいないと言えば噓になるけれど、かといって誰かの恋路を手助けできるほど僕は恋を知らない」
「あなたが好きな娘って、委員長さん?」
シオンはポッ、と音が出るほど勢いよく漫画を閉じると、珍しく僕の話に興味津々といった様子で首を傾げる。なぜそこに食い付いたとは思うがなんか嬉しい。
「百合ではないよ。彼女は出遅れた僕に快く接してくれている、優しい委員長の鑑さ。委員長とそのクラスメイト、それ以上でも以下でもないさ」
そう、事故を知る一人として気にかけてくれているんだ。今、シオンが事故を思い出して取り乱しても僕は何もできないので、このことは伏せておく。いつか話さないといけないのは重々承知であるが、正直怖い。どうにか夏休みまでにはしておきたいが、とにかく今は無理だ。
「じゃあいいじゃない、容赦なくくっ付けちゃって。委員長さんが青木さんを好きになるかは別として、まぁそこは青木さんの度量に掛かっているのだけれど、イベントくらいは提供できるじゃない?」
「確かにそうだ。けれどイベントって、どんなことすればいいかな?」
「それはあなた達で考えなさい。私が頼まれたのではなく、あなたが土下座されたのでしょう?それに私だって知らないわ。いつも保健室か図書室にしかいない私が、高校生の男女が楽しめるようなイベントが思いつくと思う?」
いや、さっき思い切り高校生の男女が喜ぶようなイベントが大量発生してそうな漫画読んでいただろうと声に出しそうになったが、本やテレビで見聞きしたことは意外とすぐ忘れるように、彼女もまた咄嗟に思いつくほど読み込んでいないのかと勝手に解釈する。
「それに、その青木さんの方がお詳しいでしょ」
「確かにそうだね、青木の周辺そんなの多そうだし。まぁ適当にする事にするよ」
シオンは漫画を鞄にかたずけながら「いいんじゃない」と、思い出したかのように、今日提出しなければならなかった課題を取り出した。
「今日は筆記用具忘れちゃってまだできていないの。だから、書く物貸してくれる?」
僕はようやく届いた学校指定の鞄から筆箱を取り出して、おもむろに紫色のシャーペンを渡した。彼女はお礼の言葉と共に受け取ると、まじまじとそのシャーペンを眺めて、何事もなかったかのように課題を始めた。
もうすぐ下校時間になるが、思った以上に問題を解くスピードが速くそれまでに終わりそうだ。もともと課題の量もさほど多くないので安心して見てられる。それより良く授業に出ず、回答が書けるなと感心している。
相変わらず駅までは百合と一緒に帰っているため、彼女を待たせるわけにはいかない。部活に入っていない百合がこの時間をどう過ごしているかは、純粋に気になるが、まだ聞けていない。
人気のない図書室ではシャーペンの芯が紙と擦れる音しか響いてい。僕はこの音にどこか心地よさを感じながら、シオンを眺めていた。
そう言えば彼女は好きな人いるのかな、なんて気になっては見るものの、どうせ期待した反応、返答が来るわけでもなさそうなので考えるのをやめる。
「終わった……」
かちんっという音と共に、大きく息を吐いたシオンは「これありがと」と置いたシャーペンを拾い直して、僕の前へと出すので「お疲れ」と受け取る。普通三十分はかかるのに、時計は半分の十五分しか進んではいなかった。
「じゃぁ私、先生の所へ届けて帰るから。さよなら」
彼女は、几帳面に答案用紙を半分に折ってから鞄を持って図書室を後にした。
「じゃあね」
扉が閉まるまで手を振って、一テンポおいてから僕は大方彼女と同じ行動を取ってから外へ出る。
もう、ブレザーでは暖かすぎる季節。
ワイシャツの袖をブレザーの袖から少し出して、先端をブレザーの外に出るように何度か折り曲げる。そこから一気に捲り上げて肘の上あたりで止める。この時期はこのくらいの温度が丁度いい。
「それ一応、校則違反だよ」
すでに待っていた百合が僕の腕を指さして、指摘してくるが「今回は目を瞑ってくれないか?」と体の前で手の平を合わせる。
「いつもそう言って……。まあいいわ、今回も見逃してあげる」
「ありがとう」
ここ最近恒例の会話を済ませて、僕たちは学校を出た。グランドを通った時、青木に「頼んだよ!」と手を振られたが、やはりいまいち気乗りしない。
「匙君って、青木君と仲良かったっけ?」
当然の事ながらこんな会話になるわけで、僕は少し青木を恨む。作戦練ってから行動を起こすつもりだったが、まぁ適当にするか。気を張って粋がるのもあまりよくない。
「今日初めて話したばかりの、クラスメイトだよ。さっきで関わるの二回目」
始まって早々だが、あまり知らない奴の事を語るのも難しいものがあるので、青木に関係あるが、彼自身の話をしなくていい話題に素早く切り替えることにする。
「それより、百合って好きな人とかいるの?」
蘭子さんとの無駄話によって、僕は違う話への切り替えを身に着けていた。直球で自分の事を聞かれれば、意外と相手の話に流されてしまうはず。
「えぇ、なにいきなり!」
見事成功した。
顔を朱色に染めて、若干うつむく彼女は、いつもの凛とした姿とは違って新鮮だ。それは茜色の夕日と同化しそうなほど、みるみる濃くなっていく。そして、聞こえるか聞こえないかの声量で短く答える。
「――いるよ」
「そっか、いるのか」
「なに?その反応。そう言う匙君はどうなの?」
感情的になりながら、ありがちな(経験はないが、雰囲気で……)ボールを返してくる。
「気になる人くらいならいるよ。好きじゃないと言えば嘘になる。そんな存在の人物ならいる」
「それって、秋菊さん?」
同じような質問をついさっきされた気がするが、僕は何となくこう答えた。
「内緒。シオンかもしれないし、その他クラスメイト、それとも先輩かもしれなければ、百合かもしれない」
彼女はそれを聞くと僕の目の前で向き合い「私もその中に入っているの?」と自分に人差し指を向けるの
で、「この世のすべての人が含まれているよ」と返す。
「馬鹿」
そう言って僕の隣に戻って、歩き出した。ちょっと揶揄い過ぎたかなと思いながら目だけで彼女の様子を窺う。
顔は桃色くらいまでは戻ったようだったがまだ、いつもより濃く見えた。光の加減だろうかはわからない。
百合の瞳が少し輝いて見えたのは僕の見間違いだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます